大地へ






     
降り立った大地は熱く砂が舞い埃っぽく乾燥していた・・・・大地へ





成田から4時間、北京空港に降りたった俺を迎えてくれたのは
楊海さんと王世振だった。



「よお、進藤くん。1月ぶりだな。」

流暢な楊海の日本語に俺はほっとする。

「楊海さん、王さん迎えに来てくれたんですか。これから1年
お世話になります。」

「こちらこそ。」

楊海から手を差し出されて俺は慌ててズボンで手を拭いた。

はじめての一人旅、言葉の通じない緊張で手に
汗をかいていたのだ。

楊海の手に応えると今度は王世振と握手する。

「また進藤くんと打てる。楽しみ 」

王はけっしてうまくはないが日本語で会話してくれた。
その気持ちに応えるように俺は握られた手に力を込めた。

「ええ。俺も楽しみです。」

二人の手は大きくて逞しい。


「荷物を持とう。」

王が僕の手荷物を持ってくれて、3人で楊海の運転する車に乗り込んだ。









「ここで日々棋士たちが修行に励んでいるんだ。」

見上げた建物は全てが日本棋院より大きくて、圧巻だった。
俺はその雰囲気に飲み込まれないように大きく深呼吸をした。



「進藤くんどうかした?」

「武者ぶるいってやつ。」

「ふふ、なかなか良い事いうねえ。」

「楊海さん。これから事務所にいって手続きとるんだ
けど案内してもらっていい。」

「構わないよ。そうだ。君の部屋なんだが、空いてる部屋がなくてね、
しばらく俺と一緒の部屋になりそうなんだがいいかい?」

「もちろんです。」

「よし、じゃあ、事務所にいこう。」

楊海や王がいてくれて本当に助かったおもう。
でなければ全くわからない広東語に四苦八苦しているはずだ。

事務所で説明をうけた李老師も日本語混じりの中国語で話してくれたので
すぐに打ち解けた。


「進藤君はこの1年間所属は日本棋院の棋士だが、中国棋院すべての碁戦に
参加できる許可が降りたからね。しっかり励んで、タイトルだって狙うぐらいの
つもりでがんばりなさい。」

「はい。」


日本から留学する前に説明されたのは、中国滞在費用に俺の月々の
給与も日本棋院が持つというものだった。それでいて中国棋院全ての碁戦
に臨める。それははっきり言って俺にはいたれりつくせりの条件だった。


これで結果を出さなければ示しがつかない。



ふと事務所の窓越しに鋭い視線を感じて俺は振り返った。
そこには和谷がいた。


いや伊角がいっていた和谷にそっくりな楽平っていう棋士なのだろう。
そいつは俺と目が合うと迷うことなく勇み足で事務所に
入り俺の前で足を止めた。



顔は和谷そっくりだったが背丈は和谷より随分低い。
そして何より驚いたのが楽平の服。
上は半そでの青のパーカーでズボンはジーパンを履いていたが

それは 和谷がよく好んで着ている服に似ていた。
俺は笑みがこぼれるのを抑える事が出来なかった。


「ぷっはあ〜可笑しいお前が楽平だろ?伊角さんから聞いてたけど、
本当に和谷そっくりじゃん。」

俺はげらげら腹を抱えて笑ってしまった。
が、どうやらそれが楽平を怒らす原因になってしまったらしい。

「×××××××××・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


血相を変えた楽平に早口で全くわからない広東語で捲し上げられて
俺はとにかく謝る。

「楽平 ごめん。そのあんまし俺の友達に似ていたからさ、笑っちゃって。」


俺の言った言葉を楊海さんがすぐに広東語に訳している。
隣で聞いていた王も俺の言葉にうなずく。

「和谷は本当に楽平にそっくり。だけど和谷の方が楽平より大人。」

王の言葉にそこに居たみんなが噴出した。
俺はさっきの事があったので必死に笑いを抑えたが楽平は
そんな俺に余計に憤慨したらしい。


「×××××××・・・・・・・・・イスミクン・・・・・」

イスミクンという言葉だけ聞き取れたが他は全くわからない。
ため息をつきながら楊海さんが訳してくれた。

「進藤君はイスミクンより強いのかってさ。」

「楊海さん、俺と打てばわかるぜ。ってこいつにいってくれねえ。」


楊海が俺の言葉を全て訳す前に俺は楽平に腕を引っ張られて対局室に
連れて行かれることになった。

     
      

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