「港まで、昼までに着かなければ、往復2週間は無理だな。急ごう。」 あかりを中にして、伊角、和谷の3人は港を目指しました。 幸いなことに、3人は、監視する者に顔を知られていませんでしたから、すんなり港までは行かれました。 「船の調達をどうする?」 「ここは俺の伯父がいるんだ。 信頼できるから。 訳を話して、船を出してもらえるか、尋ねてみよう。」 伊角が、言いました。 「船はあるが、このところ時化が続いて、状態が良くない。 T国までは、海岸沿いに行けば4日かかるが、真っ直ぐ中海を突っ切れば3日で大丈夫だ。 明日
から2,3日は、多分なぎが続くだろう。」 船の持ち主でもある伯父さんは、そう請合ってくれました。 「海岸沿いだと、監視の目に留るかもしれないし。 いいか。 二人とも。」 伊角の少し緊張した声に、あかりが強い決意を持って言いました。 「命にかけても、まっとうしなければなりません。」 和谷は、そういうあかりを賛嘆するように見つめました。
「では今日のうちに船に乗り込み、明日朝、明けきらぬうちに出発する。」
さて、山の方では。 「往復で2週間ということは、5日で、山を越えなくてはならない。 相当厳しい道のりになるよ。」 「俺は平気だよ。 元々、田舎育ちだし、山道には慣れている。」 都会育ちらしいアキラのほうが心配だと思うヒカルでした。 そういう気持が伝わったのか、アキラは、しゃくに障ったように、冷たく言いました。 「僕は、この山には詳しいんだ。」 そう言って、先にたって歩き始めました。 「おい。 待てよ。 お前って怒りっぽいんだな。」 そう言いながら、後を追いかけるヒカルでした。
最初から、和気藹々とはいかない二人です。 「なかなか歯車が合わないですね。」 サイはそっと溜息をつきました。
「なあ。険しい旅だろ。 どうせだったら、仲良く行こうぜ。」 ヒカルは、のんびりそう言うと、歌を歌いました。
♪〜この道を行くと何があるのだろう この山を行くと何があるのだろう きっと、きっと…楽しく暮らせる村がある…♪♪
ヒカルはいい声をしてますねと、サイは思いました。 アキラも一瞬そう思ったようでしたが、口をついて出た言葉は、違いました。 「ヒカル。 君が歌がうまいのはわかったけど、静かに行くよ。 どこで待ち伏せがあるかは、想像できないから。」 ヒカルはもっともだと、頷きました。 「うん。そうだな。」
最初の峰越えは順調でした。 ルートが一つしかありませんでしたから。 二人は若かったし、使命に燃えて、張り切ってもいましたし、思ったより早くそこを過ぎました。 昼食を取り、沢の水を飲み、そのままヒカルが進もうとした時でした。 「待って。 地図で見ると、この尾根伝いに行く方が早い気がする。」 アキラが言いました。 二人で地図を眺めました。 ルートは3つあるようでした。 その時、サイがヒカルに言いました。
「ヒカル。 それは駄目です。 この道は以前私が行った時、尾根が崩れていました。 地図を見て御覧なさい。この真中の尾根伝いにちょうど回る道があるのです。そこを進みなさい。」 アキラには、サイは見えません。声も聞こえません。 ヒカルは心の中で、サイと言葉を交わしているのですが。
「アキラ。この真中の道をぐるりと回ろう。行くぜ。」 「君は、やに自信たっぷりだな。」 自分に反対されて、少し腹立たしそうにアキラは言いました。 「ああ。 俺には、守護神が付いてるからな。」 でもアキラも譲りません。 普段アキラは冷静で、公正な子でしたが、何故かヒカルとは、ついつい張り合ってしまうのでした。
そしてヒカルでしたが、面倒だからアキラの言うとおりにしようかと思いかけたのですが。 サイがそれを察知して、やかましく耳元で喚き立てました。 サイは、大人ではありましたが、どうかすると、子どもっぽいところもあるのです。 「ヒカル。私とアキラとどちらを信じるのですか?初めに約束したでしょう。案内は私に任せるって。嘘だったんですか? ヒカルが嘘つきだとは思いませんでしたよ。」 サイがむくれると、厄介そうでしたし、ヒカルはサイが好きでしたから。
でも、「真中の道が正しいんだ。」 ヒカルにはそれしか言えませんでした。 サイが言うのですから正しいのです。 「そんなことはない。僕は研究してきたんだ。」 「いいか。 アキラ。 俺もお前も峰山は初めてなんだ。 俺の守護神に従えば無事この峰を越えられるんだ。」
その強気な言い方がアキラにはカチンと来るのでした。 どうしても譲らないアキラに、ヒカルは言いました。 「しょうがない。勝負しようぜ。」 「勝負?」 アキラと聞こえないながらもサイも同時にハモリました。
「ああ。」 「何をするんだ?歌でも歌うのか?」 「まさか。 監視に気付かれちゃうじゃないか。 にらめっこだよ。」 「にらめっこ?!」 またもアキラとサイは同時に声を上げました。 「そうだ。 先に笑ったり声を出した方が負けだ。 そら。 いくぞ、にらめっこ、あっぷっぷ。」
ヒカルの思わぬ申し出に張り詰めた心が緩んだアキラでした。 いつの間にか声を出して笑っていました。 「いいよ。 ヒカル。 負けたよ。 この峰越えは、君の選択に任せるよ。」 それにしても楽しい人だとこっそり、アキラは思わずにはいられませんでした。
ヒカルはサイに言っていました。 「お前を信じてるんだからな。 サイ。 大丈夫だよな。」 「はい。 ヒカル。 私を信じてください。」 ヒカルが自分を信じてくれたことと、にらめっこの顔の可笑しさとで、嬉しくてしょうがないサイは、はしゃいでいました。 本当に大丈夫なんだろうなと一瞬、ヒカルは思いました。 「ヒカル? 今、私を疑ったでしょう?」 「そ、そんなこと、ないぜ。」 ヒカルは慌てて言ったものでした。
「あかりのやつ、今頃海を渡っているかな。」 ヒカルが呟きました。 「船も海岸線沿いだと監視に見つかる危険性があるから、沖を行くだろう。 厳しいよ。」
アキラの言葉にヒカルは頷きました。
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