因島からこちらに帰ってきて2日が経った。
一緒に暮らしているといってもお互い仕事もあってそれほど
一緒の時間を過ごすことはなかった。それに少しほっとしてた。
ヒカルは食事以外は自室で過ごしたしアキラとも
距離を置いていた。
それにアキラは何も言わなかった。
二日目の晩、帰りの遅いアキラに待ちくたびれて先に飯を食って
(こっちのヒカルが物置状態にしてた)自室のベッドで寝た。
その晩アキラが帰ってきたのは遅かった。
部屋の戸が開く音がした気配でヒカルは重い瞼を開けた。
暗闇の中アキラがベッドの前で立ちすくんでた。
ヒカルはいっきに眠気が覚めたような気がした。
だが動くことが出来なかった。
ヒカルは寝たふりを決め込んで様子を伺った。
アキラははただそこに居てヒカルを見下ろしていた。
オレを図ろうとしているのか?
それとも試そうとしてるのか?
狸寝入りはとうにバレているだろう気がしたが、
声を掛けることが咎められた。
「ヒカル・・・。」
その声は小さく震えてた。
アキラの手がヒカルに伸びる。
ヒカルは内心すごい焦りを感じたが必死に装った。
アキラの指がヒカルの頬に触れる直前で止まる。
行き場を失ったようにその手に拳を握りしめて
下ろした。
アキラは肩を落とし辛そうに顔を伏せていた。
なぜだろう。目を閉じているのにその様子が手に取るように
わかる気がする。
この時になってヒカルは理解した。
アキラはオレを試したわけでも図ろうとしたわけでもない。
『ただヒカルに会うためにここにきたんだ。』
そう思うと切なくて辛かった。
そんなお前の手をオレは握り返してやることは出来ないんだ。
お前はオレの塔矢じゃねえから。
そしてオレはお前の「ヒカル」じゃないんだ。
だったらあいつだったらオレはその手を握りかえせたのか?
今なら・・。
ヒカルは差し出されたその手を握ることが出来た気がする。
瞳の中にいた『スマシたお前』にヒカルは心の中で言った。
『お前の事好きだったんだ。けどオレ天邪鬼だからさ、
ずっと正直になれなかった。』
あの日こっちのヒカルと入れ替わる前の晩。
『お前とキスした時。
本当はもっとそうしていたいと思ったんだ。
けどそんなオレがプライドが許せなかった。
だからお前を殴ったんだ。』
今にして思えばあれがこっちの世界に来る要因だったかも
しれない。
バタンとしまった部屋の戸にアキラがこの部屋から出て行った
事を悟った。
ほっとしたのと寂しさが入り混じっていた。
その朝オレが起きた時にはアキラはすでに出かけてた。
食卓にはハムエッグとサラダがラップされていた。
それがますます寂しさを募らせた。
その晩アキラはマンションに帰ってこなかった。
翌朝ヒカルは心の中がぽっかり空いたような気分だった。
『ただの出張かもしれないし、遠征対局かもしれない。』
そういのは棋士の仕事をしていればしょっちゅうだった。
けど夫婦なら
一言ぐらい言ってくれてもよかったんじゃねえか?
そう思ったヒカルは顔を落とした。
そのタイミングを奪ったのはヒカルかもしれなかった。
オレは明らかアキラを避けてた。
3、4日1人にして欲しいと言ったオレを尊重して
立ち入らないでくれたのかもしれない。
それに前もってお互いのスケジュールは知らされてたろうし。
ヒカルは少し躊躇したがバックに入ってた手帳を開けた。
けどここ数日の『アキラ』の予定は書きこまれては
いなかった。
5日後に大阪で対局。そしてその翌日は『あいつが楽しみ
にしていた』と言う夫婦のネット対局が書かれていたぐらい
だった。
棋院の個人スケジュール管理システムを部屋のパソコンで
閲覧しようとしたが、ヒカルのパスワードとは違ってた。
ヒカルが使いそうなパスワードをいくつも入れてみたがどれも
拒否された。
そのうちセキュリティ ロックがかかってヒカルは
諦めざる得なくなった。
携帯番号は同じくせに・・・。
ヒカルは携帯を開いてメールを打とうとしたが
結局何をどうメールしていいのか
わからず、溜息を吐いて閉じた。
その晩もアキラは帰ってこなかった。