一方その頃もう一人の人形の持ち主・・・は
指導碁ではなくヒカルの家にいた。
「すみません。突然お邪魔してしまって。」
「いいえ、ゆっくりしてくださいね。」
美津子に通されたヒカルの部屋でアキラは碁盤にむかう
自分の人形を目にした。
碁盤には見たことがない布石が並ぶ。
一体ヒカルと人形の間でどんなやり取りが
あったのだろう。
そんな思いを馳せながら布石をたどり、抱き上げた人形は
なぜだかいつもより誇らしげに見えた。
「君のライバルは寂しそうなんだ。だから君を
借りに来たのだけど。」
そう人形に話しかけてアキラは小さく首を振った。
ちがうな。寂しいのは彼でなく僕の方だ。
肩を落としたアキラがふと時計に目を落とすとここに来て
すでに1時間が過ぎていた。
これ以上長居するわけにも行かず立ち上がった
アキラは思いなおし人形をカバンに入れたのだった。
「すみませんでした。突然押しかけて、ヒカルくんによろしく
お伝え下さい。」
小さくため息をついて外にでたアキラは急いで
駆けてきた見慣れた姿に心臓が止まりそうなほど揺れた。
「進藤!?」
「塔矢 なんでお前がここに?」
お互い罰が悪くて目線をさ迷わせて・・・。
先に口を開いたのはアキラの方だった。
「僕は君の人形を借りに来て、」
隠すわけにいかず勝手に持ち出したことを詫びた
アキラにヒカルが言葉を捜す。
「あ あんな 塔矢 オレもお前んちにいってその
人形を・・・」
ヒカルのカバンの中から覗いてる見覚えある人形をみて
アキラは気持ちが軽くなったような気がした。
「君も・・?同じことを考えてたんだ。」
だがヒカルは複雑な笑みを浮かべ黙り込む。
「進藤、どうかしたのか?」
「いや その な・・・何でもない。」
「何でもないって・・」
「あのさ、悪いけど人形しばらく貸してくれねえ?」
「かまわないけれど、それでこの君の人形は・・?」
アキラは部屋から持ち出した人形をカバンから
取り出すとヒカルは困ったようにそれを受け取った。
「必要ないみたいだね。」
肩を落としたアキラが再び
人形を引き取ろうとしたがそれはヒカルに拒まれた。
「違う!塔矢違うんだ。そのオレには・・・必要なんだ。」
「えっ?」
戸惑いながらヒカルがカバンの奥から見慣れぬ人形を取り出す。
震えるヒカルの手から受け取ったその人形はなぜだか
懐かしいかんじがした。
紫の衣 優しい笑みを浮かべた人形はアキラにではなくヒカルに
笑いかけている。
だが不思議とそれは嫌な気分ではなかった。
むしろ・・。
「オレこいつに 見せたくて、見てもらいたくて・・・。
もう1度オレが碁を打つところを・・・それで。」
あの頃は戻ってはこない。
だけど・・・。
オレは進んでるから。
まっすぐにこの道を歩んでるから。
お前が目指した道を。
神の一手を・・・。
ヒカルの声が聞こえたような気がしてアキラは苦笑した。
「だったら碁を打つ相手が必要だろ?進藤僕ではダメだろうか。」
ヒカルはごしごし目をこすると笑った。
無理やり笑おうとしたヒカルに僕は優しく微笑むその人形を
手渡した。
「ああ。今から打とうぜ!」
元気よく返事したヒカルの瞳にはもう涙の後はなかった。
突然、玄関の戸が開いて美津子が顔をだす。
「あらヒカル帰ってたのってこんな所で?塔矢君に上がって
もらいなさい。ずっと待っててくれたのよ。」
ヒカルとアキラは二人顔を合わせて・・・。
なんだかおかしくなって一緒に噴出した。
そんな二人を呆けたように見ていた美津子もつられて
笑った。
ヒカルの部屋。
二人の横には人形たちの為に小さな碁盤
が用意されて、3体が碁盤を囲んでる。
「オレたちも打とうぜ。」
「そうだね。」
部屋には碁石の音だけが響く。
なぜだろう。
いるはずのないあいつがここにいるような気がする。
いやきっといるんだ。
ここにこの碁盤に。
俺たちの碁の中に・・・。
そう思って横をみると佐為が俺たちをみて微笑んでいた。
END