どこまでも続きそうな桜並木とごった返した花見客が続く。
「これじゃあ ゆっくり桜を愛でることも出来ませんね。」
佐為のぼやきにオレも人ごみにうんざりする。
「だから花見なんてやめようって言ったんだ
お前が連れてけなんていうから。」
押され 踏んずけられ、もみくちゃにされた佐為が
オレに助けを求める。
「ヒカルぅ〜助けて下さい。この人私のこと踏んづけるですよ」
「ああ、もう〜お前我儘!!」
人の波に逆らって振り向いた瞬間オレの体はぐらっとよろめい
ていた。
大きな腕が俺の腕を掴む。
驚いて仰いだ先には塔矢先生がいた。
「塔矢先生!?」
「進藤君 大丈夫?」
オレが頷くと先生が腕を引いてくれる。
「人ごみに逆らわないようにゆっくり進みなさい。」
掴まれた腕に少し恥ずかしさを感じながらも俺は
言われたとおりに歩く。人ごみが減ったところで
先生が腕を解いた。
「すみません。先生」
「構わないよ。それより今から門下生と花見をするのだが
君もどうかね」
誘われた俺は内心穏やかじゃなかった。
塔矢門下の花見。
それにはきっと塔矢の奴も来るはずで俺は先生の言葉に
戸惑う。
『行きましょうよ。ヒカル』
佐為は軽い口調で言うが、オレはそう簡単ではない。
『お前は碁が打ちたいだけだろ?』
目で物を言うと佐為が口を尖らせた。
「打ちたいなんていいませんよ。ヒカルが困るでしょう?
でも、この者と私の接点なんてそうはありませんから。
ヒカルだってそうでしょう。塔矢くんとはこんな事でもない限り
会えないではありませんか。」
「それは そうだけど・・・」
返事を返さないオレに先生が心境を汲む。
「迷惑だったら、断ってくれたらいい。君はアキラと同じ
年だしよい話し相手になると思ったから」
「・・・オレは・・」
断りを入れようとしたら佐為がオレの前に立ちはだかって
涙さえ浮かべていた。
『ヒカル酷いです。私の気持ちを知っておきながら、
後生です。花見に行きましょう・・・』
オレは内心で思い切り溜息を洩らした。
(ああもう、行けばいいんだろ。行けば)
「先生 オレも花見に行きます」
現金な佐為はそう言うなり浮かれていて、オレは脱力する。
「ヒカル大丈夫ですってば」
本当に佐為は調子がいい。
「大丈夫なんかじゃないさ。お前だって知ってるだろ。
オレあいつに無視されてるんだぜ?
あいつは俺の事なんか 眼中にもないんだ」
そんな事は決してないと思っても佐為には言えなかった。
意識するからこそ無視せずにはいられない。
彼もきっとヒカルの事を想っている、と。
「お父さん? 進藤?」
いきなり後ろから聞き覚えのありすぎる声に呼び止められる。
立ち止まると片手にスーパーの袋を持った塔矢がいた。
今日は先生も塔矢も突然すぎだ。
「アキラ?先に行ってたんじゃなかったのか?」
「芦原さんがガスボンベの替えが必要だというので
買いに行ってました。それで進藤が何故ここに?」
聞かれてオレの方が聞き返したかった。
「私が進藤くんにさっき人ごみの中で偶然会って、花見に
誘ったんだ」
気まずくなってオレが下をむくと後ろにいたはずの佐為が
オレを追い越す。
『ヒカルお先に、』
『佐為 ちょっと待てよ!!』
塔矢先生と寄り添うように歩く佐為。
なんだか邪魔をしたくなくて少し歩調を緩める。
そうすると塔矢もそれに付き合ってくれた。
「進藤 父に無理やり誘われて断れなかったのだろう。
すまなかった。」
「いや・・別にそんなわけじゃ。で、塔矢花見ってどこでやってる
んだ?」
「この先の土手の向こう側なんだ。そこは桜の木がまだ満開
じゃなくて。でも人が場所は取りやすかったみたいだ。」
それだけ言うとお互い話す会話が無くなって黙り込む。
こんな時に気の効いた言葉が見つからない。
このままずっとこうして並んで歩いていたいと思うのに
何も話せないまま、告げられないまま過ぎていく時間が
空回る。
急に場所が開けて見事な桜の木が目に入った。
先を歩いていたはずの先生もそこに佇んでいた。
「樹齢1000年の桜の木なのだそうだ」
塔矢の言葉に息を飲む。老木と思えぬ程その木
は堂々と佇む。何事があっても動じず
千年という月日をそこで過ごしたのだろう大木。
樹齢1000年・・・佐為と一緒。
ハラハラと舞い落ちる桜の花びら。
先生が見つめるその桜の木の下で・・・
佐為がふわりと舞う。軽やかにその身を躍らせて
見えない彼のために衣を広げて宙を舞い上がる。
「父は何を見ているのだろう?」
見えないはずの相手をじっと見つめる先生。
見えない目で見、 聞こえない耳で佐為を追う。
きっと見えなくても聞こえなくても何かを感じているのだ。
ここに居る塔矢だってきっと。
佐為が舞い終わるまでそこで佇んでいた先生は
そっと桜に向って何かを呟いた。
何と言ったのかわからないが、佐為には聞こえたのだろう。
うれしそうに微笑むとまた先生と並んで歩きだした。
やがて、土手まできてシートに陣取った門下生たちが
見えた。
緒方先生に 芦原さん 村上さん・・・
佐為はちゃっかりと塔矢先生の向かいに場所を陣取っている。
場違いな雰囲気に歩調が重くなると塔矢がオレの腕を引いた。
「塔矢?」
「いこう。進藤。」
「えっ?」
繋がれた手が温かくて、胸が高鳴る。
『なあ、塔矢オレお前の傍にいたいんだ。この先ずっと。
今はまだ告げられないけどお前が俺をライバルだと
認めてくれた、その時はお前にこの気持ちを伝えるから』
指が離れる瞬間塔矢が呟いた。
「僕はそんなに気が長くない」と。