RAIN番外編
雨上がりの後

5


 
     






浅い眠りだった。

抱きしめられる肌に夢の中でも胸が高鳴る。
ずっと焦がれていた。
こんな風に抱かれたいと思っていた。
夢の中でも夢を見てるようだと思う。

「アキラ・・」

寝言とも、現実ともつかず、名を呼ぶとその腕に力だが
込められる。

本当にこの腕が塔矢のものなのか不安になるこの気持ちさえ
今は一笑できる。


もう少し・・・もう少しこのままで・・。




「ヒカル」

耳元で優しくそうオレを呼ぶアキラの声に満足して布団に顔を押し付けると塔矢が困ったように耳元で笑った。

「すまない、もうそろそろ出ないといけないんだ。」

「そんな時間なのか?」

カーテンの向こうはまだ薄暗がりだった。
先ほどまで傍にいたはずの塔矢はすっかりと身支度を整えていた。

「君はまだ大丈夫だけど僕は東京まで戻らないといけないから」

オレは慌てて起き上がった。全裸だったことに気づき思わずハンガーにかけていたジャージを掴んだ。

「悪い、オレすぐ準備する。お前と一緒にでるから」

立ち上がるとクラッとしてアキラが支えてくれた。

「大丈夫か?!」

「ああ、平気だって、すぐシャワー浴びてくる。塔矢それよりお前後どれぐらい時間ある?」

「15分ぐらいなら」

「わかった」

ヒカルはバスルームに急いだ。




アキラはバスルームに消えて行ったヒカルの姿に魅された。
昨日彼を抱いてわかったことだが、ヒカルは思っていた以上に
華奢だった。

そして、その体には昨夜アキラがつけた痕が所どころ散らばっていた。
思わず目をそらしたが脳裏に焼き付いた。

それと同時にずっと胸で燻ってた緒方に対する激しい怒りとも嫉妬とも言えない感情が湧きあがっていた。

5分としない間にシャワーから出てきた進藤はすでにジャージを
着ていた。

「髪が濡れてるけど」

「すぐ乾くさ」

一瞬目があって、恥ずかしさから逸らした顔が染まっていた。
軽く抱きあい、キスを交わすとますますヒカルの頬が染まる。

「塔矢もう出ねえと」

進藤が塔矢と呼んだのは急かすためだろう。
でももう一時とばかりにアキラはその唇を貪った。
腕の中の体が少しぶれる。

「進藤本当に大丈夫なのか?」

「心配症だな、体の事なら大丈夫だって、朝はいつもこうなんだ」

「体の事だけじゃない。緒方さんの事もだ」

「ああ・・」

ヒカルは納得したように頷いた。

「流石にこんな朝ぱらからどうこうしやしねえよ。
それに昨夜は先生酔っぱらっていたし」

「だから性質が悪いんじゃないか」

そう漏らしアキラは溜息を洩らした。

「心配するなよ。昨夜だって大丈夫だったろ?」

アキラは心の片隅でそれでも不安を感じながらこれ以上は
タイムリミットなので流石に諦めざるえなかった。

エレベーターに二人で乗り込むとヒカルが面むろにアキラの腕を引いた。
催促されて軽いキスを交わす。

こういう進藤の変化に内心驚きも感じてる。
昨夜の進藤もそうだった。従順で素直だった。

自身の想いを認めなかったころとは大違いだ。

けれどそれは今までずっと我慢してきた反動でもあるのだろう。
そしてそれは今まで緒方に向けられていたものだろう。
それが例えアキラの代わりであったにせよ・・・。

アキラは再び湧き上がった怒りにも似た感情の矛先をどこにも向けることが出来なかった。

それは『お互い様』で決して口にしてはならないのだろう。







濡れた地面に昨夜は結構雨が降ったことがわかる。

でも今は雲一つなく、気持ちいい朝だった。
ホテルの前にタクシーが止まっていた。

「タクシー呼んでたのか?」

「歩くと駅まで結構かかるから。ホテルまで寄ってもらうよ」

「いや、オレはいい。歩いて戻るし」

「進藤・・・。」

言葉がなくなる。
少しでもアキラといられたらと思う。けれど名残惜しさは傍にいれば募るばかりだ。

それに緒方の事は結局ヒカル自身が決着をつけなきゃならないのだから。

「帰ったらお前の所行ってもいいか?」

今日の報告も兼ねてだ。

「今晩って事?」

「忙しかったか?」

アキラは3日後に遠征を控えていた。

「待ってる」

短い言葉の中に含まれた思惑はお互い気づいてる。

指と指が微かに触れ合う。人前でキス出来ないかわりに
アキラがそうしたのだとわかるとそれだけの事なのに
顔が火照る。

「ほら、いけよ」

アキラは何か言いたげだったが、言葉を飲み込むとタクシーに
乗り込んだ。



タクシーが滑り出し、ヒカルはその後を追うようにゆっくりと山道を歩き出した。
気持ちいい朝だった。


少し歩くと坂道を長身の見慣れた風貌の男がこちらに向かってくるのが見えた。
ヒカルはその姿を確認すると足を止めた。

緒方の髪も服も乱れてた。よれよれの緒方は
『まさに二日酔いの緒方』で
ヒカルはふっと長い溜息を吐いた。

緒方はヒカルの姿を見つけると小走りで坂を上がってきた。
ヒカルのもとに来たときには緒方は完全に息を切らしていた。


「バカ野郎。一体どこほっつき歩いてたんだ。フロントに聞いたら
お前が夜中出て行ったきり戻って来てないと言うし心配したんだぞ!!」

血相を変え怒鳴り声をあげた緒方にオレは少なからず驚いていた。

本当に心配してくれたのだろう。
けれどその前にいう事があるはずだ。

まさか昨夜オレにした所は酔っぱらいの所業で忘れたわけではないだろう。

「先生ああいうのはもう辞めてくれねえか。オレが先生と関係してたのは・・」

言葉を選んでいると、緒方がオレの言葉を遮った。

「わかってる」

それ以上聞きたくなかったのだろう。

「悪かったな」

緒方が素直に頭を下げたのをみて、ヒカルは
まだ昨夜の酒が残ってるのかもしれないと思う。

オレが部屋を出て行った後も
待ちながら飲んでいたのだろう。そんな光景が容易に
想像できた。
そう思うとやり切れない思いが胸を過ぎる。

気づいていた。
見ぬふりを、気付かないふりをしてただけだ。
オレは先生に甘えていたんだ。


「心配させてごめん。それと・・・ありがとうな」

何に感謝をしてるのかオレは口にしなかった。心配してくれたこともここまで来てくれたことも、アキラに・・・メールを打ってくれたことも全てひっくるめてだ。

「ホテルに戻ろう」

二人で歩きだしオレは先生の背中に苦笑した。

「それにしてもさ、先生ひでえ風貌だな。頭ぐしゃぐしゃだし、シャツもよれよれ。仕事の前に何とかしろよ」

言わなかったが目も充血していた。

「そうだな。ホテルに戻ったら一緒に朝ぶろにでも行くか?」

そう言って意味ありげに緒方がオレをちらりと横目で見る。

「ああ、そうかお前は無理か」

わけがわからずオレは首をかしげると意味深に
『ここ』と首筋を指されオレはカッとなるのを感じた。

「嫉妬の情欲ほど燃えるからな、昨夜のアキラくんはさぞすごかったろう?」

「ああ、誰かさんのせいでな」

そう返したが、お互い今日の仕事もあってアキラはセーブして
くれた。

緒方は笑ったが、オレは先生が心の中から笑っているようには見えなかった。

「先生本当にありがとうな。オレはもう大丈夫だから」

「何度も言うな、けど、そんなに感謝してるなら」

緒方はヒカルの腕を掴むと足を止めた。覆いかぶさった大きな体躯を拒むことが出来なかった。
キスはほろ苦かった。


「これで勘弁してやる」



これが緒方なりの『けじめ』なのだろうと思う。
ホテルはもう目の前だった。



おわり








本編から読んでくださった方もこちらから読んでくださった方も
ありがとうございます!!またブログでちまちま更新に付き合って下さったお客様にも感謝デス、

RAINはオガヒカで始まり、オガヒカで終わってしまいましたが(苦笑
おそらく今晩は熱いアキラ×ヒカルであろうと思います(笑)
皆様のお好みで妄想して頂けたらデス。






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