この空の向こうに
(プライベート)

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勲がプロ試験に合格したのはそれから2週間のちの事だった。
勲の合格は話題になり久しぶりに碁界が沸いた。
というのも小4というのは最年少合格者であったし
『進藤ヒカル』の弟という事でも話題になった。

それに囲碁を始めてわずか1年という快挙だ。
碁界だけでなくこの快挙はニュースにもなって勲はいっきに注目を
集めることになった。

アキラは勲との接触をプロ試験が終わるまで待とうと決めていたが
当分お預けになりそうだった。


合格が決まって1週間が経とうと言う頃
アキラはたまたま勲がネット碁にいるのを
見かけてチャットで声を掛けた。

>勲くんプロ試験合格おめでとう。今から少し時間を取れるだろうか?

勲はアキラの意図がわからず返信に困った。

ヒカルと対局したいということだろうか?
けれどネットで兄が対局するのはどうしても目立ちすぎる。
あれからアキラの助言もあって「saiのネット碁」は控えて
いたのだから。

そんなことを考えていたら自室の内線子機が鳴った。

「はい?」

「勲、塔矢先生から電話よ。」

「わかった、」


勲はヒカルを伺った。美津子の声は聞こえていたようで
ドキドキしながら内線から外線につなげた。

「もしもし。」

「勲くん、プロ試験合格おめでとう。」

チャットと違って電話で直接言われるのはなんとも照れ臭かった。

「ありがとうございます」

「急に電話をしてすまない。」

「いえ、それで?」

「勲くんさえよかったら君のお兄さんと今から対局できないかと
思って。」

勲はヒカルを伺ったが渋い顔をしていた。

「でもネット碁は目立つし注意しないといけないんじゃ?」

「うん。それでプライベート対局室を登録したんだ。」

「プライベート対局室?」

プライベート対局室というのを勲は聞いたことがなかった。

「最近導入された新しいサービスで。
同じグループに登録した者だけがその部屋に入室できるんだ。
だから周りに気兼ねすることなく対局できるし。棋譜が公開
されることもない。」

「そんなのがあるんだ。」

感心して勲は嬉しそうに声を弾ませた。

「どうだろう?君のお兄さんに聞いてもらえないかな。」

「はい、兄ちゃんも喜ぶと思います。」

ややあって勲は少し困ったように電話を出た。

「えっと兄ちゃんの言葉をそのまま言うのはオレちょっと・・・。」

アキラは勲の口ぶりに苦笑した。

「そのまま伝えてくれて構わないよ。僕は気にしないから。」

アキラがそう言っても勲はまだ躊躇していた。

「それじゃあ・・・。
そんな事してる間あるのか?明日から大事な棋聖
戦だろ?って・・・。」

勲はヒカルの言い方を真似て言ったのだろうがその後
ひどく申し訳なさそうだった。
アキラはヒカルの言葉が嬉しかった。

「だからこそ、その前に君と打っておきたいんだ。」

またややあって勲の返事があった。

「兄ちゃんわかったって。
でもオレその登録してないけど大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。登録してる僕が君を部屋に招待すればいいだけ
だから。勲くんは画面から『招待を受ける』をクリックしてくれたら
いいんだ。」

「わかりました。」

そう言った後勲は小声でアキラにつぶやいた。

「兄ちゃんさっきはあんなこと言ってたけど本当はすごく
嬉しそうだった・・・です。」

思わぬ対局にヒカルの心が高ぶっているのは勲の目からでも
見て取れた。相手が塔矢先生ならそれは尚更で。

勲はそれをアキラに伝えておきたかった。
『余計なことを言うな』とヒカルに怒鳴られてもだ。

「勲君に迷惑をかけてしまうけど。」

勲はそれに首を振った。

「ううん、オレ迷惑なんて思ってない。兄ちゃんと先生の対局
見るの面白いしわくわくする。たぶん兄ちゃんの代わりに打ってるから
そういうのすごく感じるんだと思う。」

「そう言われると勲くんをがっかりさせる碁を打つわけにはいかないな。
それじゃあネット碁で。」

2人は受話器を置いた。




対局はヒカルの2目半勝ちで終わった。

途中で野次のチャットが入って来ることもなく
そしてアキラと対局できたことがヒカルは何より嬉しかった。


終局した後アキラからチャットが入った。

>また対局してくれるだろうか?

ヒカルに宛てたメールだ。
勲はヒカルに言われるまま文字を入力するがタイピングはまだまだ
たどたどしく時間がかかった。
やむなくヒカルは短い返信で返した。


>勲のゆるすかぎり。きせい戦がんばれよ

>ありがとう。

>じゃああす、

そのチャットを最後に回線が切断された。

最後の明日?という言葉に引っ掛かりを感じながらアキラも回線を
閉じた。







翌朝ホテルで棋聖戦第1局を挑戦者としてアキラは迎えた。
対局室に入ると一際小さくて場違いにも思える少年が大人たちと
一緒に座っていた。

「勲くん!?」

アキラは思わず声を掛けていた。

「塔矢先生おはようございます。」

「どうしてここに?」

それに応えたのは勲の隣に座っていた伊角だった。

「勲がプロとして活動するのは来年からだろう。
その前に勉強も兼ねて棋譜係や時計係の仕事をさせてるんだ。
とはいってもまだまだ未熟で心配が絶えないから
オレの仕事範囲なんだが。」

勲は申し訳なさそうに顔を染めた。
それに周りの棋士がくすりと笑った。

「そうなんだ。勲くん今日、明日よろしく頼むよ。」

「はい。」

緊張した面持ちの勲にアキラはほほ笑んだ。
この対局ヒカルが傍で見てる。

「この試合絶対に負けるわけにいかない。」

アキラは気を引き締めるようにそうつぶやいた。


『ああ、お前の碁しっかり見届けさせてもらう。』

ヒカルの声がアキラにははっきりと聞こえた。
     
    




このお話が今年最後の更新になります。年明けは1月2日ごろ更新予定にしてます。
本年も私のつたないお話にお付き合い頂いてありがとうございます〜。
来年も縁あることを祈って。よいお年をお迎えください。2012 12 24 緋色




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