駆け込みした電車で勲は荒い息を整えた。
そしてヒカルに話しかけた。
「塔矢名人って兄ちゃんから聞いてた感じとちっと違うよな。」
「そうか?」
「うん、優しいっていうか。」
ヒカルが苦笑した。
「お前だからだろ?オレには遠慮なしで言いたいことバンバン
言ってたぜ。」
「本では兄ちゃんの事褒めてたのに?」
「あいつは表面だけはいいんだ。」
勲は言いたいことを言ってるのはヒカルの方がした。
「でもやっぱ強かった。」
「兄ちゃんより強かったか?」
「ん?それはわからないけどわくわくしたな。」
「オレも塔矢と勲の対局にわくわくしたぜ。まあ
お前はまだまだだったけどな。」
それに勲は肩を落とした。
「うん、全然敵わなかった。
兄ちゃん塔矢先生と打ちたくなった?」
「ああ、」
そう言ったヒカルは笑ってはいたが勲には少し寂しそうに見えた。
「なあ勲久しぶりにネット碁してもいいか?」
「いいよ、そんなの遠慮しなくて。」
「だったら久しぶりにネットで暴れてみっか。」
勲は嬉しそうに頷いた。
久しぶりにヒカルの対局を見られるのだ。
勲は毎日ヒカルと対局していたし、他の人と打った対局もヒカルと
検討してる。
が、ネットで兄が対局するのを見るのはまた別だった。
兄の強さを肌で感じるのだ。そして世界の強豪たちの気迫が
伝わってくるのだ。
棋譜だけではわからない生の対局の気迫が。
相手の顔が見えないネット碁なのに。
勲はそんな対局を目の当たりにするといつか自分もこんな対局を
してみたいと思わずにいられなかった。
2人が家に帰ると美津子が玄関で出迎えた。
「勲遅かったわね。おやつは?」
「食べてきたからいらない。」
そのまま素通りして勲は待ちきれないとばかりに
階段を駆け上がろうとして思い出したように美津子に聞いた。
「かあさん、晩御飯何時から?」
「7時ぐらいにするけど。」
7時まではまだ2時間ぐらいあった。
「オレネット碁するから声掛けるなよ。7時には降りるから。」
「はい、はい。」
美津子は溜息を吐いたあと頬杖をついた。
ヒカルに負けないぐらい勲は囲碁バカだという事を美津子は
重々知っていた。
勲が自室に入って20分ほど経った頃アキラは彼の家の前にいた。
勲の財布を届けるためだが
アキラがここに来たのは実に7年ぶりの事だった。
玄関先でアキラを出迎えた美津子は少なからず驚いたようだった。
「あら塔矢くん?久しぶりね。」
「すみません、ご無沙汰してます。あの勲くんはご在宅で
しょうか?」
「ええ、先ほど棋院から帰って来たと思ったら今度はネット
碁だって。」
美津子は呆れたように笑っていた。
それを聞いたアキラはほっとした。
財布がなくても帰れたのだ。
「それを聞いて安心しました。これ勲くんの忘れものです。」
そう言って美津子に財布を渡すと美津子は目を丸くした。
「ごめんなさい。あの子ったら、そそっかしいから。」
「それでは僕はこれで、」
そう言って立ち去ろうとしたアキラを美津子は呼び止めた。
「せっかく来たのだから入って行って、」
「いえ、でも・・・。急に来てしまったし。」
「塔矢くんいつもヒカルのお墓に来てくれてるでしょう。
お礼をずっと言わなきゃって思ってたの。
それに勲のことも気にかけてくれてありがとうね。」
美津子にそこまで言われるとアキラは断ることが出来なかった。
「でしたら参らせてもらっても構わないでしょうか?」
「ええ、どうぞ、」
美津子に誘われてアキラはリビングに通された。
勲はリビングにはいなかった。
「コーヒーでも淹れるわね。」
美津子がコーヒーを入れている間に断わりを入れて
アキラは仏間に入った。
進藤の遺影はあの頃のままの笑顔で静かに
アキラを見つめていた。
そのヒカルに話しかけるように手を合わせた。
リビングに戻るとすでにコーヒーと菓子が用意されていた。
「あの、勲くんはネット碁はいつも自宅でするのですか?」
「ええ、そうよ。それにしても驚いたでしょう。あの子ヒカルに
そっくりだから。」
「はい、初めて会った時は、あの頃の・・・ヒカルくん
かと思ったぐらい。」
アキラが正直にいうと美津子は苦笑した。
「私時々ヒカルがあの子と一緒にいるんじゃないかって
思うことがあって話しかけてしまうの。変でしょ?」
「そんな事ないです。僕もその気持ちわかります。」
美津子の気持ちはアキラには痛いほどわかる気がした。
彼がどこかで見ているのではないか?
アキラに話しかけているのではないか?
ただアキラには見ることも聞くことも出来ないだけでそこに存在
しているのではないかと思うのだ。
そんな非現実なことをと思いながらアキラはいつも
ヒカルに話しかけている。
もしこの声が彼に届くというなら・・・一方通行でも構わない。
緒方のように夢でも彼に会えたなら幸せだとアキラは思うだろう。
そんなことを思ったアキラは自笑した。
その時アキラのポケットからメールの着信音が鳴った。
慌てて開くとそれは緒方からだった。
>今ネットにsaiがいる。
文面はただそれだけだった。
だが同時に何か直感のようなものがあった。
「あの勲くんネット碁しているんですよね?
その部屋に伺ってもいいでしょうか?」
突然のアキラの申し出に美津子は少し面食らったようだった。
「あの子ネット碁を打つ時は部屋に立ち入られるのを極端に
嫌がるの。今日も7時までは声を掛けるなって言って
いたから。」
「勲くんの迷惑にならないようにします。」
アキラはかなり失礼なお願いをしたかもしれなかった。
けれどもうこんなチャンスは2度とないかもしれなかった。
美津子は笑ってそれを許してくれた。
「きっと塔矢くんならあの子も許してくれるでしょう。
部屋は階段を上がって・・・。」
そこまで言って美津子は声を落とした。
「ヒカルくんが使っていた部屋ですね。」
「ええ、散らかってるかもしれないけど。」
「気にしませんから。」
そう言ってアキラは静かに階段を上がるとかつてのヒカルの
部屋をノックした。
だがしばらく待っても勲からの返答はなかった。
アキラは静かに音もなく戸を押した。
彼の部屋だった時と家具の配置は変わっていなかった。
正面に机、その机上にPCがあって勲はアキラに
背を向けるように一人でネット碁を打っていた。
勲がsaiのはずがない。
杞憂だと思う気持ちと。だがそれを打ち消す思いとがアキラの中に
渦巻いていた。
ゆっくりとアキラは勲の背後にたった。
トクンとアキラの心臓が音を立てた。
『勲、画面を閉じろ!!』
叫ぶようなヒカルの声で勲は背後の人の気配に気づいて慌てて
画面を閉じようとマウスを握った。
が、それより早くアキラが勲の右手を掴んだ。
「これはどういうこと?君がsaiの正体なのか?」
勲はあまりに突然の事に驚いて顔を横に振ることしかできなかった。
13話へ
そしてヒカルに話しかけた。
「塔矢名人って兄ちゃんから聞いてた感じとちっと違うよな。」
「そうか?」
「うん、優しいっていうか。」
ヒカルが苦笑した。
「お前だからだろ?オレには遠慮なしで言いたいことバンバン
言ってたぜ。」
「本では兄ちゃんの事褒めてたのに?」
「あいつは表面だけはいいんだ。」
勲は言いたいことを言ってるのはヒカルの方がした。
「でもやっぱ強かった。」
「兄ちゃんより強かったか?」
「ん?それはわからないけどわくわくしたな。」
「オレも塔矢と勲の対局にわくわくしたぜ。まあ
お前はまだまだだったけどな。」
それに勲は肩を落とした。
「うん、全然敵わなかった。
兄ちゃん塔矢先生と打ちたくなった?」
「ああ、」
そう言ったヒカルは笑ってはいたが勲には少し寂しそうに見えた。
「なあ勲久しぶりにネット碁してもいいか?」
「いいよ、そんなの遠慮しなくて。」
「だったら久しぶりにネットで暴れてみっか。」
勲は嬉しそうに頷いた。
久しぶりにヒカルの対局を見られるのだ。
勲は毎日ヒカルと対局していたし、他の人と打った対局もヒカルと
検討してる。
が、ネットで兄が対局するのを見るのはまた別だった。
兄の強さを肌で感じるのだ。そして世界の強豪たちの気迫が
伝わってくるのだ。
棋譜だけではわからない生の対局の気迫が。
相手の顔が見えないネット碁なのに。
勲はそんな対局を目の当たりにするといつか自分もこんな対局を
してみたいと思わずにいられなかった。
2人が家に帰ると美津子が玄関で出迎えた。
「勲遅かったわね。おやつは?」
「食べてきたからいらない。」
そのまま素通りして勲は待ちきれないとばかりに
階段を駆け上がろうとして思い出したように美津子に聞いた。
「かあさん、晩御飯何時から?」
「7時ぐらいにするけど。」
7時まではまだ2時間ぐらいあった。
「オレネット碁するから声掛けるなよ。7時には降りるから。」
「はい、はい。」
美津子は溜息を吐いたあと頬杖をついた。
ヒカルに負けないぐらい勲は囲碁バカだという事を美津子は
重々知っていた。
勲が自室に入って20分ほど経った頃アキラは彼の家の前にいた。
勲の財布を届けるためだが
アキラがここに来たのは実に7年ぶりの事だった。
玄関先でアキラを出迎えた美津子は少なからず驚いたようだった。
「あら塔矢くん?久しぶりね。」
「すみません、ご無沙汰してます。あの勲くんはご在宅で
しょうか?」
「ええ、先ほど棋院から帰って来たと思ったら今度はネット
碁だって。」
美津子は呆れたように笑っていた。
それを聞いたアキラはほっとした。
財布がなくても帰れたのだ。
「それを聞いて安心しました。これ勲くんの忘れものです。」
そう言って美津子に財布を渡すと美津子は目を丸くした。
「ごめんなさい。あの子ったら、そそっかしいから。」
「それでは僕はこれで、」
そう言って立ち去ろうとしたアキラを美津子は呼び止めた。
「せっかく来たのだから入って行って、」
「いえ、でも・・・。急に来てしまったし。」
「塔矢くんいつもヒカルのお墓に来てくれてるでしょう。
お礼をずっと言わなきゃって思ってたの。
それに勲のことも気にかけてくれてありがとうね。」
美津子にそこまで言われるとアキラは断ることが出来なかった。
「でしたら参らせてもらっても構わないでしょうか?」
「ええ、どうぞ、」
美津子に誘われてアキラはリビングに通された。
勲はリビングにはいなかった。
「コーヒーでも淹れるわね。」
美津子がコーヒーを入れている間に断わりを入れて
アキラは仏間に入った。
進藤の遺影はあの頃のままの笑顔で静かに
アキラを見つめていた。
そのヒカルに話しかけるように手を合わせた。
リビングに戻るとすでにコーヒーと菓子が用意されていた。
「あの、勲くんはネット碁はいつも自宅でするのですか?」
「ええ、そうよ。それにしても驚いたでしょう。あの子ヒカルに
そっくりだから。」
「はい、初めて会った時は、あの頃の・・・ヒカルくん
かと思ったぐらい。」
アキラが正直にいうと美津子は苦笑した。
「私時々ヒカルがあの子と一緒にいるんじゃないかって
思うことがあって話しかけてしまうの。変でしょ?」
「そんな事ないです。僕もその気持ちわかります。」
美津子の気持ちはアキラには痛いほどわかる気がした。
彼がどこかで見ているのではないか?
アキラに話しかけているのではないか?
ただアキラには見ることも聞くことも出来ないだけでそこに存在
しているのではないかと思うのだ。
そんな非現実なことをと思いながらアキラはいつも
ヒカルに話しかけている。
もしこの声が彼に届くというなら・・・一方通行でも構わない。
緒方のように夢でも彼に会えたなら幸せだとアキラは思うだろう。
そんなことを思ったアキラは自笑した。
その時アキラのポケットからメールの着信音が鳴った。
慌てて開くとそれは緒方からだった。
>今ネットにsaiがいる。
文面はただそれだけだった。
だが同時に何か直感のようなものがあった。
「あの勲くんネット碁しているんですよね?
その部屋に伺ってもいいでしょうか?」
突然のアキラの申し出に美津子は少し面食らったようだった。
「あの子ネット碁を打つ時は部屋に立ち入られるのを極端に
嫌がるの。今日も7時までは声を掛けるなって言って
いたから。」
「勲くんの迷惑にならないようにします。」
アキラはかなり失礼なお願いをしたかもしれなかった。
けれどもうこんなチャンスは2度とないかもしれなかった。
美津子は笑ってそれを許してくれた。
「きっと塔矢くんならあの子も許してくれるでしょう。
部屋は階段を上がって・・・。」
そこまで言って美津子は声を落とした。
「ヒカルくんが使っていた部屋ですね。」
「ええ、散らかってるかもしれないけど。」
「気にしませんから。」
そう言ってアキラは静かに階段を上がるとかつてのヒカルの
部屋をノックした。
だがしばらく待っても勲からの返答はなかった。
アキラは静かに音もなく戸を押した。
彼の部屋だった時と家具の配置は変わっていなかった。
正面に机、その机上にPCがあって勲はアキラに
背を向けるように一人でネット碁を打っていた。
勲がsaiのはずがない。
杞憂だと思う気持ちと。だがそれを打ち消す思いとがアキラの中に
渦巻いていた。
ゆっくりとアキラは勲の背後にたった。
トクンとアキラの心臓が音を立てた。
『勲、画面を閉じろ!!』
叫ぶようなヒカルの声で勲は背後の人の気配に気づいて慌てて
画面を閉じようとマウスを握った。
が、それより早くアキラが勲の右手を掴んだ。
「これはどういうこと?君がsaiの正体なのか?」
勲はあまりに突然の事に驚いて顔を横に振ることしかできなかった。
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