モノトーン番外編
モノトーンチェック



 
     




ヒカルが立ち上がったのはアキラが勝つと、確信した時だった。
佐為が振り返ったのを機に『出るぞ!』と視線で投げ掛ける。
受付の芦原に会釈すると出口まで追いかけてきた。

「アキラくんに会っていかない?」

「あー」

いったん立ち止まって首を横に振った。本当はこんな偶然は滅多あることじゃない。でもオレからは会いに行きづらいと思うのはただの意地かも知れなかった。

「オレやっぱ部外者だし」

「残念だね」

「先生からよろしく伝えといて」

ヒカルは会釈してその場を離れた。
大股に歩くと、佐為が慌てて追いかけてくる。

「ヒカル、アキラくんに会わなくてよかったんですか」

携帯が鳴ったわけじゃないが、ポケットから携帯を取り出し
耳元で握る。外で佐為と会話する時にそうしてる。

『あーもしもし・・・』

「もういいんだよ」

『私がいるから遠慮してるんですか?』

「何でお前に遠慮しなきゃいけないんだよ」

それだけ言って携帯をポケットへとしまう。

佐為の言いたいことはわかってるのに、仕事の疲れも相まって
ため息を吐き歩幅を広げた。

部屋に戻ると佐為も、もう何も言わずヒカルも『なんだよ』と思う。
全く素直じゃない。
アキラに会ったところで、今の自分では、と思うのだ。

「オレだって頑張ってるだろ」 

そう思わずついて出た言葉に思わずしまったと思ったが、佐為は何も言い返さなかった。




ヒカルがベッドでうとうとし始めた頃、携帯の音で起こされた。

「一体だれだよ」

と悪態をつきながら携帯を握り、相手の名を見た瞬間いっぺんに目が覚めたような気がした。

「あーもしもし」

『すまない。もう寝ていただろうか?』

言いながら思わず佐為を伺うと隣ベッドから起き上がろうとしていた。そのまま洗面場の方に歩いたのは佐為と距離をあけるためだ。

「いや、まあ横になってたけど」

「そう、芦原さんに今日君がここに泊まってると聞いたから」

「うん、仕事でこっち来ててさ。大盤解説やってるのが目に入ったから」

「今から会えないだろうか」

胸がドクンとなる。自分が言い出せなかったことをアキラは事もなく言って来たのだ。

「えっ?ああまあ、構わねえけど」

わずかに吃った言葉にアキラは気づいたろうか?

「君の部屋に行ってもいいかな」

「お前の部屋の方がいいんだけど」

変に思われはしないだろうかと思いながら、ヒカルは佐為がいる方を伺う。

「わかった」

アキラから部屋番号を聞き携帯を切る。

高鳴る胸に何を期待してるのだと、胸を押さえた。

アキラがヒカルを『好きだ』といったのはもう何年も前の事だ。
それでもアキラとプロアマ戦で対局した時に交わした僅かな会話から、対局から互いの想いは感じたように思う。

「ただ会って昔話で笑うのもいいじゃねえか」

それでも期待する自分に言い訳するように笑って、ヒカルは
衣類を整えた。


ドキドキ高鳴る胸でノックするとすぐに迎え入れられた。
ヒカルが取っていたツインの3倍はあるだろうという部屋だった。

「すげえな、お前の部屋。棋士って金があるんだな」

そういうとアキラが笑った。

「タイトル戦で取ってもらえる部屋はスイートやそれに準ずる部屋が多いんだ。スポンサーがあるし、普段の出張ならビジネスホテルのシングルだよ」

「ああ、そういうもんなのか。」

ヒカルは言いながらアキラが勧めたソファに腰かけると、アキラがお盆に缶ビールやジュースを何種類か持ってくる。グラスもあったが、ヒカルは
コーラーをそのまま含んだ。

「でもお前の部屋でよかった。オレの部屋ソファも小さかったし」

そういったのは佐為がいる言い訳もあった。

「そう?ひょっとして、君は人気もあるし張られていたりするのかと思った」

「ああ、まあそういうのもなくはないけど、ここホテルの中
だからな。こんな時間にそんなことしたら迷惑極まりないだろ?それでも前もって調べてホテル取ってたりするやつもいるけどな」

「それじゃあ休まらないな」

「だろ?ホテル取り直したこともあるんだぜ」

口をとがらせるとアキラが笑った。その笑顔に思わず見惚れてしまいコホンと咳払いしてアキラから視線を反らした。

「けどお前も注目されてるだろ?」

「僕は注目されると言っても碁界だけだし」

「そんなことないだろ?碁界始まって以来の追っかけや出待ちがいるって記事を見たぜ?」

アキラはヒカルと一緒に数か月でも限定でアイドル活動したこともあって注目もされていたし、容姿や立ち振る舞いで若い女の子のファンがいるらしかった。

「一時期のことだよ。ストーンズの社長の緒方さんが僕の事は碁界だけで押さえるようにしてくれてるようなんだ」

「あの社長そんな事やってるのか」

ヒカルは半場呆れるように言った。

「ありがたいと思ってる」

「けれど、君が碁界で話題になるのは特に制限してないみたいだね」

ヒカルは深いため息を吐くと含んでいたコーラーを置いた。

「それもしてくれねえかな」

ヒカルが囲碁大会などに出場するのはプライベートなので混乱は避けたいのだがファンが何かにつけ押しかけてくる。ヒカルと対局するために参加したり、
囲碁を学ぶ若い女性が増えてるというから棋院も困ってるのではないかと思うのだが。

「君が表紙になった雑誌が出た時は、すぐ完売だったと聞いたし、東京で大会があると
「HIKARU」が出場するのではないかと、参加者が急増するから、うれしい悲鳴だと漏らされてたよ」

「そうなのか?かなり迷惑かけてるだろ。大体オレ忙しくてそうそう出場できねえし。アマ名人戦もオレだけ予選から個室にしてもらってさ、本当申し訳ねえっていうか」

「僕も本当は悔しいんだ、棋士の僕より君の方が囲碁の普及をしてる」

「なんだよ、それ、」

ヒカルは噴き出すように笑った。この間の対局の時とはずいぶんアキラの印象がやわらかいのは
やはり対局の前だったからのだろうと思う。あの時はヒカルもピリピリしていたし。
思いがけぬ機会をくれた佐為や先生にヒカルは心の中で感謝した。





モノトーンチェック3話へ











碁部屋へ


ブログへ