顔合わせの後、二人はレッスン会場に場所を移した。
プロの講師がつきっきりで練習すること数時間、緒方がレッスン会場に顔を出したころには、ヒカルもアキラも集中力が落ちてきていた。
「どうだ。二人とも」
「いえ、なかなか合わなくて」
講師が溜息混じりに苦笑いした。
「主題歌の『モノトーン』はどうだ。二人で演奏してみろ」
今日はほぼ「モノトーン」しか練習していなかった。
アキラとヒカルは顔を見合わせる。
それは合図
アキラが前奏を弾き始める。同じメロディのはずなのに
それは今までの音とは違った。
すっと音の中にヒカルは入っていき、ギターをかき鳴らす。
アキラとハモった声がとても気持ち良い。
ずっとこのまま歌い続けていたいと思う程だ。
けれど曲は闇に消えるように名残も残さす消えていく。
そういうアレンジなのだけれど、それは少し寂しくて
ヒカルは放心したように歌い終わった後アキラを見た。
アキラの顔も高揚して、少し息が上がっていた。
「ほう、思っていたよりいいじゃないか」
緒方はそういうとヒカルの元に向かった。
「ヒカルはギターを弾いてる時、歌がおろそかになってる。
もっと練習してこい」
「はい」
ヒカルはまだ高揚する胸を押さえた。その腕からバクバクと心臓の早い音が伝わってくる。
「アキラくんはピアノでもやってたのか?」
「少し、」
アキラはそう言ったが、少しという感じではないとヒカルは思う。
もしくわこの短期間で相当練習を積んだのか。
「なかなかいい感じだが笑顔がないな。レコーディングに笑顔はいらないがこの曲は特に映画とタイアップされて、あちこちで歌う事になるだろう。
鏡の前で演奏しながら笑顔を作る練習をしてくるように」
緒方からの難しい注文にもアキラは頷いた。
「わかりました」
「それと・・・」
緒方はヒカルにぐいっとにじり寄ると顎をいきなり持ち上げた。
緒方の眼鏡が近づき、喉を撫であげるように触れられた。
ゾクリとヒカルの背に何かが走ったような気がした。
「緒方先生!?」
「なんだ、そんなに慌てて」
ヒカルは直ぐに緒方から離れたが顔は真っ赤だった。
「随分可愛い反応だな」
「からかうなよ」
ドキドキしながら困ったようにアキラを見ると、怒ったように視線をそらされた。
それに胸がぎゅっと締め付けられた気がした。
「ヒカルもアキラくんも声変わりしていないのだな。喉仏もまだ出ていないじゃないか。」
「そうなんですよ」
講師の返事に頷き、緒方は思案するようにヒカルとアキラを見比べた。
「二人とも13だったな。いつ変声期に入ってもおかしくはない時期だが。せっかく今しか出ない声だ。レコーディングは先どりに変更しよう」
それは大幅にスケジュールが変わる事を意味していた。
「演奏と歌が合わなければ、別撮りすればいい。最悪、撮りの
時は演奏はプロに任せても構わん。ベースとドラマーはいるのだし」
それは嫌だなとヒカルが思った瞬間アキラが口を挟んだ。
「それでは僕とヒカルの演奏とは言えません。演奏もさせてください」
もちろん、ヒカルだってアキラの意見に賛成だが今更それを口にしても出遅れた感があった。
「じゃあもっと練習が必要だな」
緒方は2人に一喝した。
「ライブスケジュールの方は?」
マネージャーの黒木だ。
「ライブはそのままでいい」
『モノトーン』のライブは各地で宣伝も兼ねて、映画撮影の間を縫って行われることになっていた。映画にもそのライブの模様が一部使われる事になっている。
「もしその間にも僕たちが声変わりをしてしまったら?」
アキラの質問に緒方はにやりと笑みを浮かべた。
「それはそれで仕方がないことだ。この映画はそういう思春期の
成長や葛藤を描いてる。それも悪くないだろう」
緒方はスタッフに細かなスケジュールの調整をするよう指示をだし部屋を後にした。
ようやく今日のレッスンが終わり、先を行くアキラをヒカルは足早に追った。
先ほどからアキラはどうにも冷たくて少し突き放されたような違和感があった。
『なんかさ、アキラ怒ってねえか』
レッスンの間、話しかけられなかった佐為にヒカルが聞いた。
「そうですね。怒っているかもしれませんね」
『オレ何かしたか?』
「気付いていないのですか?」
呆れたようにも、勿体ぶったようにも取れる言い方にヒカルは
少しカチンと来た。
『気付いてないって、佐為はわかってるのかよ?』
佐為はあからさまに溜息を吐いた。
『ヒカルの『でりかしー』というものが足りないという事ですよ』
「なんだよ、それ、デリカシーが何か知らねえお前に言われたくねえよ!!」
思わず怒鳴ってしまったヒカルに、前を歩いていたアキラが振り返えった。
思わずヒカルは両手をパチンと合わせた。
「えっと、ごめん、何でもねえから」
アキラがそのまま足を止めて、ヒカルも立ち止まる。
「もう少し練習して置きたいのだけど、君はこの後予定は?」
「いや、もちろん構わねえし、付き合うぜ」
ヒカルはほっとしていた。それほどアキラは怒っていないのかも
しれなかった。
「『モノトーン』っていい曲だと思わねえ。
あの曲がオレたちの曲なんてすげえ嬉しくてさ。
オレもっと上手く演奏できるようになりてえんだ」
「僕もそう思ってる」
そう言ったアキラの瞳に吸い込まれそうになり、視線を逸らした。
「えっと、だったらオレギター借りてくる。アキラ先戻ってて」
ヒカルはその場から慌てて走りだす。
心臓がバクバク音を立てていた。
『映画うまくいくかな』
照れ隠しのようにつぶやいたヒカルに佐為がほほ笑んだ。
「大丈夫です。きっとうまく行きますよ」
→12話へ