その日ヒカルが家に帰るとテーブルに家では取っていない新聞が広げてあった。
「母さんこの新聞どうしたんだよ?」
「かあさんが聞きたいわよ」
半場呆れたようにそう言った美津子が『この記事』と示す。
そこにはオレの写真が載っていた。
「なんだよ、これ?」
慌てて新聞の記事を取り上げると佐為が割り込んできた。
『昨日の囲碁大会の記事みたいですね』
割り込んできた佐為のせいで見難いが、昨日の大会の記事だということはわかった。
そういえばインタービューの時、新聞に掲載するとか言って
いた。
「これ間違いなくあんたよね?あかりちゃんのお母さんが『ヒカルくんが新聞に載ってたから』って持ってきてくれて、
てっきり仕事の事で載ったのかと思ったら、
『囲碁』ってヒカルあんた最近変よ」
「あ〜それがさ、昨日のレコーディング音が出来てなくて、近くでやってた囲碁大会覗いたら顔見知りの先生に誘われてさ」
全くひょんなことから、面倒なことになったものだとヒカルは横目で佐為を見る。
『そうそう、それでお母さんヒカルは優勝までしたのです〜』
嬉しそうな佐為のノー天気な言葉に頭を抱えた。
「まあ、本業がおろそかにならないなら囲碁もいいとは思うけど
もうすぐ映画のオーディションでしょう?大丈夫なの、」
「大丈夫か?って聞かれても、決めるのはオレじゃねえし
わかんねえよ。オレは一生懸命やるだけだ」
美津子に言われるまでもなく、間もなく
大きなオーディションがあるのだ。
配役はほぼストーンズから選ばれ、主役は事務所としてはまだ世間にほぼ知られていない無名の新人を打ち出したいらしい。
しかも主役は中学生の少年で、ヒカルにもチャンスがあった。
映画に歌に提携コマーシャルにと多分野にわたるネットワークで
売り出すというから、事務所も力を入れていたし、ヒカルにとってもチャンスであることは間違いなかった。
「あんたがやるって言いだしたことなんだから、」
「わかってるよ」
わかっている事を口やかましく言われるものほど、鬱陶しいものはなく、ヒカルはさっさと自室に上がろうとすると佐為が立ち止まった。
『お母さん、ヒカルはよく頑張ってます。だから多目に見てあげてくださいね』
「佐為、もういくぜ!!」
声を上げたヒカルに美津子は驚いて振り返る。
でも不思議とこの時にはオレの苛立ちは胸から消えていた。
ヒカルが緒方先生(事務所の社長)に呼び出されたのはそれから数日後の事だった。
「お前が囲碁をやってると言うのは本当なのか?」
緒方もあの記事を読んだのだろうことは容易に察しがついた。
「まあ、成り行きというか・・・」
「オレにはよくわからんが始めて1年で大会で優勝するというのは結構強いのだろう」
「えっと・・・」
ヒカルは何と言っていいかわからずしどろもどろする。
こんな所にまで、飛び火するとはあの時は思いもしなかっ
た事だ。
「それよりも・・・」
いつも怖い緒方の顔がますます凄みを増し、ヒカルは気おくれそうになる。
「この新聞にある全国大会の日程だが、二日目の7月19日はオーディションの日だが、どうするつもりだ?」
「えっ?」
ヒカルは思ってもしなかった事を言われ一瞬頭が真っ白になったような気がした。
オーディションは近日行われるとは聞いていたが日程は未発表だったからだ。まさか日程がかぶるとは・・・。
隣をみると佐為も神妙な面持ちだった。
「オレでは19日まで勝ち上がれないです」
「でも出場する限り勝ちたいだろう?」
緒方の言うとおりだ。大会だってオーディションだって出る限りは優勝したいし、主役を勝ち取りたい。
「それは、そうだけども、今のオレの実力では無理です」
「オレはそう思わんが?」
ヒカルの棋力も知らない緒方がなぜそんな事を・・・?そう思った瞬間ヒカルは緒方が言ってるのがオーディションの事だと
気づいた。
「その時はオーディションに出ます」
「大丈夫なんだな?」
「はい」
「だったらいい。確認しておきたかっただけだ」
ヒカルが一礼して下がろうとすると緒方が声を掛けた。
「ヒカル、『碁』も出場する限りは上を目指せ、応援してる」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げ、事務所を出た後、ヒカルは小さくない溜息を吐いた。
「全くどっちなんだよ、緒方先生は、」
佐為が苦笑する。
「どちらもがんばって欲しいのですよ」
「そうなのか?」
「緒方先生はヒカルに甘いですからね」
「絶対そんな事ねえって」
ヒカルをこの世界にスカウトしたのは、緒方だった。
ヒカルは緒方に憧れも抱いていたが、憧れと同時に
近づき難い存在でもあった。
『私も同じ気持ちだからわかるんですよ。ヒカルにはどちらもがんばって欲しいです』
緒方はわからないが、佐為の言葉には偽りはないだろう。
だからこそいつも背中を押してもらっているのだと思う。
そんな事は口にはしないが。
「お前も矛盾してるって!!」
ヒカルはそう言って苦笑した。
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