ヒカルの碁パラレル 暗闇の中で 5章 地下へと続く道4 ヒカルが熱のこもった体をアキラから無理やり引き離したのは
僅かに佐為が近づいてくる気配を感じたからだ。 アキラが少し困ったように視線を反らし、誤解されたくないと ヒカルは首を小さく横に振った。 「佐為が戻ってくると思う」 言い訳のような声は小さくて。 ヒカルは顔が真っ赤になり、アキラと同じように 視線を反らす。 もう少しアキラと距離を置こうと2歩下がると、案の定 というべきか佐為が慌てたように部屋に飛び込んできた。 『ヒカル大変です!』 「えっ?ああ、佐為どうした?」 『あれ、何か?』 ヒカルとアキラの距離に違和感を感じたのだろう佐為が2人の 顔を交互に見る。 ヒカルの心臓はバクバク鳴っていた。いずれにせよバレる事だろうが。 何よりこの動揺は佐為に伝わってる。 「いや、それより大変ってなんだよ!」 傍にいるアキラに会話を悟られたくなく素っ気なく返す。 佐為も真顔になり、小さく頷いた。 『人外の者がいました!』 ヒカルは佐為の言葉に瞬間寒気のような震えを纏った。 得体のしれないものへの畏怖。 伊角も夜もらんもヒカルにとって怖い存在ではなかったのにだ。 「学園内か?どんなやつだ?」 アキラはヒカルと佐為の会話に耳を傾けていた。だがアキラに状況を話す には情報が少なすぎる 『身長は180を超すでしょう、白衣を纏った男でした。 学生ではないと思います』 ヒカルはまさか、と思う。先ほど旧校舎前であったあの白衣の男? 『はじめ人混みの中にいて、私がそのものに気づいたら 旧校舎の方に入って行ったのです。まるで私が見えているのか、 気配を感じているのではないかと思うように』 「白衣着て、旧校舎って、髪を染めた軽そうなかんじの?」 『いえ、髪は私のように長い黒髪でしたし、軽いというかむしろ、重く 冷めた感じの、近寄りがたい雰囲気でしたが』 じゃあオレがあったやつじゃねえな、とヒカルは少し安堵する。 『旧校舎に入って行ったので、追いかけたのですがその時にはいなくなっていて、 まるでお化けが消えるように、すっと』 佐為は恐ろしいものでも見たという感じだった。 「お化けはお前だろ?」 『ヒカル、空君と直君が階段を上がってきましたよ』 気配で感じ取ったのだろう、佐為にヒカルは頷き、アキラに手短に説明した。 「白衣を着た黒髪の男・・・。 佐為それはひょっとして芥のような容姿ではなかった?」 『確かに雰囲気は彼に似ていたかもしれません』 ヒカルは佐為の言葉をそのままアキラに伝える。 「だとすると相沢の可能性がないだろうか?」 あいざわ・・・その言葉にヒカルは目を見開いた。 「まさか・・・けど、あいつは」 旧校舎は組織の手が入ってる。相沢だって組織が今懸命に追ってるはずだ。 だが、あの無人島のように組織の手や目がすり抜けるあちら側の場所もある。 「相沢の写真のデーターがある。後で佐為に確認してもらうとして・・。」 険しい表情のアキラにヒカルも頷く。まもなく空と直が部屋に戻ってくること を二人も感じたからだ 「2人はなんも知らねえんだろうな」 「夜とらんがどこまで二人の記憶に関与してるかもあるだろう。 拉致され監禁された時の記憶はあるのだから」 『僕が探りを入れてみよう』とアキラがつぶやいた 言葉にヒカルは小さく頷いた。 ノックがして、部屋に入ってきたのは空と直。そしてもう一人、その人物を見て ヒカルは「ああ!」っと大きな声を上げた。 空と直と一緒に空そっくりの少年がそこにいたのだ。 それで合点が行った。先ほどヒカルが追いかけた少年は彼だ。 服までお揃いで、これでは見間違えてもわからないだろう。 空と並ぶと、少し身長が低いことがわかる。 そうして、まだどこかあどけなさがあった。 事情が飲め込めなかったのは佐為だけで、アキラもわかったらしい。 「驚かせようと思ったんだけどって、やっぱ驚いたか?」 空と直はいたずらが成功したように笑っていた。 「彼が青(せい)くんなのですね?」 「おおっ、アキラは流石だな」 「あの、はじめまして」 なぜか顔を真っ赤にして、青はお辞儀した。 そのしぐさは見た目以上に幼さを感じた。 こうして見ると空とは明らかに違う。 「青は、空の弟なのか?そっくりでびっくりした。 そういいやさっき旧校舎の方に行かなかったか?」 「はい、行きました」 「オレ空かと思って追いかけたんだけど、急にいなくなってさ」 「ごめんなさい、あのオレ追いかけられるの ダメで、その巻くのには あの場所にしようって」 吃音が少しあるのは緊張もあるのだろう。 「いや、俺の方こそごめん、驚かしちまったみたいだな」 直がううん、と首を振る。 「青も僕たちと一緒で孤児だから、人見知りがあったりして」 直は言葉を濁したがヒカルもアキラもそれで理解した。 「それで空くんと直くんが保護者という事なんだね」 「ああ、オレとそっくりで他人のそら似と思えなかったし、家族ごっこ って言われちまうかもしれねえけど、オレも直も本気なんだぜ?」 他人の空似とはとても思えない容姿だが、それは今は飲み込んだ。 佐為は空と直はもとより青に興味があるようで、彼の回りをぐるり と舞っていた。 ひょっとして青も『人外』なんて事はないだろうな?とヒカルは内心で焦ってた。 立ち話もと、向かい合う机に腰を下ろすと、アキラが聞いた。 「この学園はそういう子供たち、というか孤児が多いの?」 空が苦笑する。探るためと言え少しアキラが突っ込みすぎたかも しれない。 「まあ、そうだな、少なからずってところかな。勉強する機会を孤児にも、て、 オレのダチで市川学ってやつがいるけど、16歳で博士号取ったんだぜ?」 「市川学・・・?彼も孤児なの?」 アキラの質問に空が頷く。 「ああ、明るくて元気印みたいなやつだからそんな風に見えねえけどな」 ヒカルはあの地下室の個室でくるくる笑っていた、わんこのような学を、 自分の腕の中で眠っていたあの温かな銀の狼を思い出す。 この学園で彼もまた普通の生活を送っていたのだ。 「じゃあ長瀬芥も?」 「アキラは良く知ってるな。うちの学園は特に科学系が有名だけど 長瀬と市川はもう特別っていうか。 あの歳で二人、ゲノムの解析に貢献したとかで、今は相沢も一緒に アメリカの有名な企業に招かれて研究してるんだ」 「相沢?」 ヒカルは空の口から『相沢』の名前が出たことに少なからず驚く。 面識があるという事だ。 「相沢はうちの学園の教授でさ、長瀬と市川も相沢に憧れてうちの大学に 来たらしいぜ?最も相沢はマッドサイエンティストという噂があっけどな」 「僕らが島にいた時に留学したから、学くんに会えなかったんだよね」 少し遠い目をした直に空が優しく笑った。 「けど、オレたちまた会えるって。生きてる限り絶対、」 そういった空の横顔と声が一瞬『夜』に重なり、ヒカルは少しドキッとした。 「オレも、学に会えると思う」 青が遠慮がちに言って、ヒカルは小さく頷いた。 (オレもまたきっとまた学に会えるよな?) 口に出すことが出来なくても、『空と青の言った言葉』はヒカルに 勇気をくれた。 そのとき向かいに腰かけていた青のお腹がぎゅ~となった。 「あっ」 直と空が顔を見合わせくすくすと笑う。 「話はあとにしてお昼にしようか?」 アキラは優しい眼差しで青を観ていた。 「だな、目の前に飯があるのにお預けじゃな、」 「うん、オレお腹空いた」 空が「悪い」と青に気づかれないようにアキラとヒカル にゼスチャーする。 アキラが小さく首を振った。 家族ごっこなんかじゃない。ここが自分たちの居場所であり、 守りたいという願いがあるのだ。 それは微笑ましくも、切なくもあった。 夜とらんが自身の命に代えても守りたかったものだ。 |