ヒカルの碁パラレル 暗闇の中で 暗闇の中で20 「学、横を向いて、楽な姿勢を取れ」
芥とアキラが部屋に来てからも学とおしゃべりを続けていたのは 少しでも緊張感を感じさせないようにとの想いだった。 だが、さすがにここまでとヒカルは学の手を放す。 代わりに佐為が反対側に回り学の手を握ってくれた。 「ヒカルサンキュな」 そういった学の笑顔に胸が付かれる。 一瞬嫌な予感がして、手を離したことを悔いたが、 術中はどうしようもない。 学は目を閉じ、大きく息を吐く。 これからのすべてを受け入れるように、 背を向けた学に、ヒカルは佐為を見やった。 『佐為絶対にそっちに連れてくなよ』 全身白で覆われた芥とアキラは目だけが出ている状態で表情は わからない。 機械的に学にマスクが取り付けられる。 カチャカチャという音がやたら耳に付いたが、 学はもう遠い意識の中なのだろう。 学の準備が整ったあとは今度はヒカルの番だった。 「念のためヒカルには点滴を打っておく」 「ああ」 「少し眠くなるかもしれない」 麻酔でなければこの状況で眠気に襲われることはないだろうと思 いながら頷いた。 芥がヒカルの右手に刺した点滴をアキラが素早く処置する。 まったく、やったこともないくせに要領がよすぎるんだよ、と心の中で毒づく。 そんなことを思っているとアキラがヒカルの耳に顔を寄せた。 「点滴に、鎮痛剤が入ってるから」 術中で大きな声を出すわけにいかなかったのはわかるが、近すぎる距離に 少し顔が熱くくなる。 こんな時に何を考えてるんだと思っている間にも、別の機器が通される。 ヒカルの左腕から採血した血がそれを循環し、順応する血に変換されて 学に輸血される、そういう仕組みらしい。 人狼の事はわからないし、そんな機械ももちろんヒカルは知らない。 ここの実験施設の所有物の一つなのだろう、 とにかく今は信じるしかない。 採血された血が循環していくのをヒカルはただ祈るように見つめた。 どれくらいたったろう。 「ヒカル!!ヒカル!!」 悲鳴のような佐為の声でヒカルは目を覚ました。 ヒカルはいつの間にか自分がうたた寝ていたことに気づく。 「佐為どう!?」 声を出してしまったことに『しまった』と思い、目をやる。 ヒカルは息を飲んだ。 ヒカルの隣のベッドに寝ていたのは真っ白な獣だったからだ。 胸が止まりそうになる。 『まさか?』 『狼になってから、呼吸マスクが着けられなくなって、麻酔ももう切れかかってるようです。 呼吸はありますし、幽体が離れる気配も今は感じません。 ですが、オオカミの姿になってから、人の気は全く無くなりました』 口早に状況を説明してくれた佐為に小さく頷く。 つまり、命の危険は脱してるが、人に戻る気配もない、という事なのだとヒカルなりに 理解した。 芥とアキラはこの状況でも冷静に処置を施してる。 最善を尽くしているのだろう。 「悪い」 声を掛けることなど憚られたが、それでもヒカルは今どうしてもやらなければ ならなかった。 顔は見えなくても芥は明らかに怪訝になった。 「なんだ!!」 「少しでいい。学に触れていいか?」 手術をしている二人の反対にいるヒカルが学の手を握るには一端中断する必要がある。 だからダメだと言われても仕方がない事だった。だが、ヒカルは今無性に 学に触れたかった。 機械的な手でなく、温かな手で。 出来るなら芥がやってくれたらだけど、彼の性格上断られる可能性が高かった。 「いいだろう。起き上がれるか?」 予想に反し、そう芥がいったのはそれが有効な手段と判断したからだ。 機械を横にどけてくれ、ベッドの距離が縮まる。 ヒカルはゆっくりと起き上がりベッドに腰かける。ふらつきがあり、アキラが支えようと したが、首を振り気力でやり過ごす。 ヒカルは学の首から背にかけゆっくりと何度も撫でた。 ふさふさの毛は柔らかく白銀が混じっていた。 「学、お前本当に狼だったんだな」 ヒカルは優しく語りかける。 そうすると学の重い瞳がわずかに揺れた。ぼんやりとヒカルを見つめ、不思議そうに 首をもたげようとした。 「ガク、気づいたか?」 話し掛けると嬉しいのか、手が気持ちいいのか僅かにヒカルの手にすり寄るような しぐさをみせ、ヒカルはベッドから立ち上がると、学の体に腕と顔をうずめた。 「学、お前狼っていうよりまんま犬じゃねえか」 泣き笑いそうになるのを堪え、それでもヒカルは話しかけた。 「こっちに戻って来いよ。学お前まだやらなきゃならねえこといっぱいあるだろ、」 「学!!」 ヒカルは想いを込めて必死に叫んだ。 だが、芥は大きく首を振った。 「悪いがここまでだな、」 「ごめん、オレ」 「いや、お前のおかげで学の意識は戻った。ただもうこれ以上輸血は必要ない」 そういいながら芥はヒカルの腕から機器を外しにかかる。 「けど学が!!」 「これ以上輸血をするとお前が危うくなる」 「オレは大丈夫だ!!」 ヒカルが叫んだのに驚いてか、学が「くおん!!」と一声あげた。 それはもう犬かと言うばかりの鳴き声だった。 「アキラ、手術を補佐してくれて助かった。 ヒカル、学の為に、血を分けてくれたこと、感謝する」 そういうと芥は壊れ物に触れるように学の背を撫でた。 学はくすぐったそうに身を震わせた。 そう学の大好きな芥に触れられているのだ。 切なさにヒカルは胸が痛くなる。 「こいつがもとの姿に戻るかどうかは俺にもわからん。だが、オレはずっと傍にいて 探し続ける」 アキラは踵を返すと芥に聞いた。 「一つだけ聞いてもいいですか。この島にずっと二人で暮らすつもりなのですか?」 「落ち着いたらここを出る。その方が学にとってもいいだろう」 芥は覆っていた白衣を落とした。 「片してくる」 「では僕も・・・」 「いや、いい。」 アキラも一緒に片付けに行こうとしたが芥はそれを制した。 「学の様子をみててくれ」 芥は一人になりたかったのだろう、と思う。本当は学と二人きりに なりたかったのかもしれない。 「くうん」 芥を見送るように鳴き声を落とした学にヒカルは顔を何度も寄せた。 「もふもふしてて気持ちいいけどな、狼の学もカッコいいけど、でも 戻って来いよ」 涙声になったヒカルの肩にアキラが手を置いた。 「成功する可能性は低い、と聞いていた。 だが学は生きてる。それに芥は諦めてはいなかった。大丈夫だ」 「ああ」 そうこれでお別れじゃない。 『ヒカル、学はどうやら私の事も気づいてるようです』 「そうなのか?」 『はい、私のことを目で追うんです、ほら今も』 言われてみれば、そうだった。獣は勘がいいし、見えなくても 佐為を感じているかもしれなかった。 「学があちらに行かなかったのも、佐為のおかげもあるんだろうな」 『だと良いのですが』 「そうだよ、お前ずっと術中も学の手、握ってたろ? 学もお前の事感じてたんだと思うぜ」 しばらくして芥が戻ってくることを佐為に告げられる。 オレたちがここにいたら芥も入りずらいかもしれなかった。 名残惜しい気持ちが残ったがいつまでもここにいるわけにいかず、ふらつく足取りをアキラに支えてもらい立ち上がる。 「学、別れの言葉はいわねえからな、絶対また会おうぜ!!」 「くうん」 子犬のような鳴き声にヒカルはだが、確かにその獣が学に重なった。 『ああ、ヒカルまたな!』 そう今度は外の世界で、必ず!! →暗闇の中で21へ 一服☕ 次でこの章も終わるかな。すきしょ!で「暗闇の中で」を描いた時より長くなった ような気がする(苦笑) ちなみにすきしょ!の時とは違う結末になってます。
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