ひかる茜雲

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※注 8話からお話も飛んでます。伊角さんを描けなかった(汗




     
「ヒカル」

翌夕の事、緒方邸に戻ろうと佐為の館を出た所でヒカルを呼び止める声が
あった。確認するまでもなくアキラの声だ。

振り返ると傾き始めたお日様が眩しくヒカルにはアキラの姿しか
捉えることが出来なかった。

「今日、対局出来なかったな」

昨日「また対局しよう」と約束を交わしたものの、結局噛みあわず
出来ずじまいだった。ヒカルはそれが少し心残りだった。
アキラもそうだったのだろうか?

「機会はこれから何度でもあるだろう」

アキラは日の光から抜けてヒカルの元に歩み寄った。
近づいてくるアキラの端正な顔にヒカルは思わず見惚れた。

「これを君に」

「えっ?ああ」

手渡された本の綴りをヒカルは受け取った。

「棋譜の本?」

「いや、棋譜も載ってるけどヨセの指南書なんだ」

「ヨセ?」

ヒカルはヨセの事をよく知らなかった。

「昨日から君が打った棋譜を何局か見たんだけど、ヨセが甘いと
思ったんだ」

ヒカルはパラパラと綴りを捲ってみた。途中からの手順しかない棋譜や
逆に途中までの棋譜だったり、それに9路盤や13路の手順もあった。

「えっと・・・ヨセって」

「大よその地合いが決まった後の詰めの事だよ。
手順を間違えば今までの苦労も水の泡になってしまう。
君は中盤まで良かったのにヨセで落とした対局が何局もあっただろ?」

アキラの説明でヒカルはようやく納得した。
かなりいい線まで行ってたと思ったのに最後で
逆転された手合いは何局もあったのだ。

「アキラこれ貰っていいのか?」

「君にあげるよ」

ヒカルはアキラが本をくれた事も、こうやって見送りに来てくれた事も
嬉しかった。もしかしたら昨日のアキラなりの礼なのかもしれないが。

「ありがとう、オレ次までにこれ覚えてくる」

「ああ、気を付けて」

名残惜しさと、少しの照れ臭さを感じながらヒカルはアキラに背を
向けた。
1度も勝つことが出来なかったのに、
もう既に次にここに来るのが楽しみで仕方ない、そんな気分だった。





ヒカルが緒方邸に戻った時にはもうすっかりと日が暮れていた。
疲れも感じてはいたものの、手ごたえのようなモノも感じていた。
それはアキラに貰った本からも伝わって来るようだった。

ヒカルは自室へ戻る途中芦原に会った。

「ヒカルくん、今帰り?」

「はい、ただ今戻りました」

「緒方様が首を長くして待ってたよ」

ヒカルはそれで気が付いた。

「オレ緒方様に報告しないと」

「ああ、報告待ちわびてると思うよ」

ヒカルが緒方の部屋の行くと丁度夕飯時で、出直そうとしたら緒方に目ざとく
見つかった

「どうしたヒカル?入ってこい」

ヒカルはやむなく緒方の部屋に入ると傍に控えていた筒井と目が合った。
今日の夜番は筒井のようだった。

「飯はまだなのだろう。ここでお前も飯を食え」

「ええ?でもそんな」

緒方と寝食をともにするなど恐れ多いことだった。
とは言え、ヒカルは「寝」をすでに緒方と過ごしているので、
それに比べれば・・・という事にもなるのかもしれないが。

「筒井、ヒカルの飯をここに持って来てやれ」

「はい」

筒井は直ぐに立ち上がった。
先輩の筒井に自分の食事を取りに行かせるわけにはいかず
ヒカルは筒井の後を追った。

「筒井さんごめんなさい」

「ヒカルくんは謝らなくていいよ」

「でも・・・」

「緒方様は本当にヒカルくんが好きなんだね。
他の小姓たちの嫉みもあるけど僕はそんな風には思わないんだ」

他の小姓から嫉まれているのだと言われてヒカルは、はっとした。
そりゃそうだろう。中間として下働き奉公だったはずが小姓への
大抜擢だった上、佐為の所まで通わせてもらっているのだ。

「緒方様、どうしてオレなんて小姓にしたんだろ」

「進藤君は緒方様の小姓になったこと、後悔してるの?」

「違う、後悔なんかしてない。感謝してるんだ。でもなんか
申し訳ないっていうか、オレに何が出来るんだろうって」

筒井は苦笑した。

「そんな所が気に入ったんだと思うよ。ヒカルくんには裏表が
ないから。他の小姓たちは緒方様に気に入られようと機嫌取ったり
媚びる者もいるんだ。
そういう小姓に緒方様はうんざりしているのも僕は知ってる。
緒方様に感謝してるならヒカルくんは一生懸命であればいいと思う。
それが緒方様への忠義というものじゃないかな」

生まれが武士ではないヒカルには忠義と言うのは難しかったが、
『緒方の為に今自分が出来ることを一生懸命にやればいい』
と言うのは難しいことじゃない。ヒカルもその想いに酬いたいと思って
いるのだから。
炊事厨房で夕飯を受け取ると筒井はヒカルに聞いた。

「進藤くん疲れてる?」

多少の疲れはあったがヒカルは首を横に振った。

「じゃあ今晩は進藤くんに勤めを任せるよ」

「えっどうして?」

今晩はヒカルの夜番ではなかった。

「緒方様が所望してるからだよ」

緒方は一言もそんな事は言わなかったが、筒井は緒方を理解しているの
だろう。ヒカルはそれに頷いた。

「オレ今晩お勤めする。仕事覚えなきゃいけなんねえし、佐為の道場
の話も緒方様にしたいし」

「うん、でも何かあったら勤め代わるし無理しないでね」

筒井は笑うと後ろ手で手を振った。




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なかなか思うように描けなくてお話を飛ばしました。次やんわりとオブラートで包んで書きたいと思ってます。(えっ?何をって 笑)
期待はしないでくださいね





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