恋愛のススメ

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ヒカルがあかりからメールを貰ったのは週末の昼下がりだった。

メールは『今家にいる?』の一言で、棋譜の整理をしてる最中だったヒカルも『いる』と簡素な返信だけした。

直後数分もしない間にあかりの来訪があった。

「ヒカル!!」と母さんに呼ばれて覗きこむと玄関先に大きな紙バックを持ったひかりがいた。

「あかり、どうかしたのか?」

「どうかしたじゃないでしょう。ヒカル約束したのに全然
報告くれないんだもん」

慌ててドタバタ階段を下りると母さんが顔を顰めた。

「あかりちゃんごめんないね。ヒカルも、もう少し女の子らしくしてくれたらいいのに」

頬杖つく母さんにうんざりと溜息を吐く。そんなのはヒカルにはどうでもいい事だった。

「ヒカルは十分に女の子らしいですよ」

そう言ったあかりは『ねっ』と意味深にヒカルを見て笑い
内心少し焦る。
あかりが簡単に口にするとは思えないが塔矢との事は絶対に
母さんに知られたくなかった。

「あかり、オレに用だろ?部屋に行こうぜ」

「うん、おばさんお邪魔していい?」

「もちろんよ、ゆっくりして行ってね」

あかりが部屋に入るのを待ってオレは小さく溜息を吐いた。

「あかり、お前いきなりすぎ」

「だって待っててもヒカル連絡くれないでしょ」

「うっ」

図星を刺され言葉に詰まる。

「それで塔矢くんとはどうなったの?」

興味津々のあかりがオレに詰め寄る。

「どうって、別に」

「何よ、それ、返事はしたんでしょ?」

「まあな」

「ふ〜ん」

あかりはオレの顔をまじまじ見た。

「ヒカル塔矢くんと付き合ってるでしょう?」

「なっ、付き合ってるって言っても、恋人とかじゃないし」

あかりが思わずと、吹いて笑う。

「何それ、もう。やっぱり付き合ってるんじゃない。素直じゃないよね、ヒカルは」

あかりはくすくす笑って、どうにも居心地が悪くなる。

「からかうなよ。それに本当に何もないし」

「今はでしょ。でもこれからはわからないじゃない」

あかりはまだ笑っていて、『もう笑うな』と小声で呟いた。
あかりの表情が急に真顔になる。

「私はヒカルが塔矢くんと付き合い始めただけでも大きな進歩
だと思うよ」

「そうか?」

「そうだよ。ヒカルは自分は囲碁の世界で女は捨てるんだって言ってたんだよ。
今だってそう思ってるのかもしれないけど、少なくとも塔矢くんの前では女の子でいてもいいとは思わない?」

「そんな事はねえよ。あいつはそのままのオレでいいって言ってくれたし。
けど、今のままのオレなんて絶対嫌だけどな」

「うんうん。わかる、ヒカルは立ち止まっていたくないんだよね。でもそれは塔矢くんだってそうだよ。『今のヒカルでいい』っていうのはそうやって一緒に頂点を目指すヒカルの事を言ってるんだと思う。でなきゃ、塔矢くんはヒカルを好きにならなかったんじゃないかな」

あかりに指摘されて『そうかもしれないな』と思う。
そしてそんな塔矢だから「付き合ってもういい」と思ったのかも
しれなかった。

「まあ、それはそれとして・・・」

あかりは一息付くと持っていた紙袋をヒカルに渡した。

「なんだよ、これ」

「ヒカルにプレゼントだよ」

「ええっ、誕生日でもないのに?」

あかりは笑いながら頷いた。

「別に誕生日じゃなくてもいいでしょ、私がヒカルに贈りたいんだから」

「じゃあありがたくもらうけど、高いもんじゃねえよな」

「そんな高いものじゃないよ」

受け取った紙袋には箱が二つ入っていた。

「見てもいいか」

「うん、見るだけじゃなく、着て見せて欲しいな」

「服なのか?」

「ドレスと靴だよ」

「ドレスと靴??」

ヒカルは封をあけようとして手を止めた。

「うん、もうすぐファン謝恩パーティでしょ?昨年の特集記事で、
女流棋士は皆ドレスで華やかだったのに、ヒカルだけスーツで地味だったもん。
ヒカルは女流棋士TOP成績で注目一番だったのにあれは流石に、って思ったよ」


言われてみればスポンサーからもそんな事を言われたような気がした。ヒカルは気にも留めなかったが。

「けど、あれがオレのスタイルだから」

「スタイルでもTPOは合わせなきゃ」

あかりに即され、ヒカルはおそるおそる封を開けた。一つは高さのあるヒールともう一つは、胸で切り替えしのある黒のワンピースドレスだった。

「これをオレが着るのか・・・」

ヒカルはドレスを前に絶句した。裾は長目だが胸元が結構目立ちそうだった。胸のないヒカルには
ちょっと着れそうにないと思い、『そうじゃない』と心の中で突っ込みを入れた。

「取りあえず着て見せてよ。大丈夫だから」

「大丈夫ってあかり、何を根拠に」

「黒は絶対ヒカルに似合うと思ったの。それに今は私しかいないから恥かしくないでしょ」


そう言われてしまえば返す言葉がなかった。
せっかくあかりがヒカルの為に選んでプレゼントしてくれたのだから。
ヒカルはどうとでもなれとばかりに着替えはじめ、あかりはその間後ろを向いててくれた。ドレスだけでなく、ヒールを履くと普段より目線が高くなり、背筋が伸びたような気がした。

「着替えたぜ」

振り返ったあかりが満面の笑みを浮かべる。

「うんうん、やっぱりヒカルってスタイルいいよね」

「そうか?」

「そうだよ、普段だっぽりした服多いでしょ、だからわからないけどこんなに綺麗なスタイル
なのに勿体ない。塔矢くんもきっと喜ぶよ」

「なんでそこで塔矢が出てくるんだ?」

「もうヒカルは、自分は女捨てたって言ってるくせに、男の子の心情はちっともわからないんだから」

あかりは口を尖らせながらヒカルの洋服ダンスを開けた。そこには全身が映る鏡があってあかりはそのことを知っていた。

「ほら、ヒカル自分で見てよ」

あまり見たくなかったが、気になるのも確かだった。鏡に映った自分の胸はやっぱり貧相だと思う、
、が全体像としては自分が思っていたほどひどくもないなと思う。

「ヒカル、着てくれるよね?」

あかりにうるうるした瞳で見つめられるとヒカルは返事に詰まった。

「まあせっかくあかりがプレゼントしてくれたものだから、着るけどさ・・・」

ヒカルは溜息を深く吐く。

「何その溜息?」

「記事に何書かれるか」

「『恋をして華やかで綺麗になった』って書かれるかもよ」

「恋じゃねえし」

そう言った後、少し胸がズンとなる。
塔矢の事はまだ自分の中でも山とも海ともつかなかった。

「うん、まだ恋じゃなくても恋になるかもしれないし、恋愛になるかもしれないし。どうなるかわからないってわくわくしない」

ヒカルは思わず笑った。

「そういう考え方ってあかりらしいよな。前向きでさ」

「うん、気持ちの持ちようって大事だもん」

「サンキュな。オレの思い込みでも、似合うと思ってパーティに着ていくよ」

「ヒカルの思い込みじゃないから」

『今から記事が楽しみ』だと言うあかりに、ヒカルは苦笑せざる得なかった。





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一服。。。
私のサイトであかりちゃんが登場するのはこのお話が最初だと思うのですが・・。思い起こしても出てこない(汗)
さて次回が一つに山場になるかな?早くアキラくんを書きたいです





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