恋愛のススメ

     








ヒカルが仕事終わりに立ち寄るように言われた事務所には所狭しと並べられた大きな紙袋があった。
昨年は事務所に受け取りに行かなかったヒカルはこんな風になっているのかと目を丸くした。


「これ全部棋士宛てなのか?」

対応した女性職員が苦笑する。

「ええ、今年はいつにもまして多かったですね。遠くて直接渡せないからって添え書きや『頑張ってください』とか、叱咤激励もありましたし・・・。」

念の為送られてきたものは中傷書きや危険がないか確認されてから、本人に渡されることになっていた。
職員がヒカル宛てのものを探してくれてる間、ヒカルも紙袋の山を目で探す。

「でもオレ女なのにな」

ボソリと漏らした言葉に職員がすぐ反応した。

「女性だからこそ、身近に感じるし、応援したくなるんですよ。
女流棋士も増えてきましたが、まだまだ男性社会ですから
ヒカル先生の活躍を応援してる方は男女問わず多いですよ。
ファンとしてはこの時ばかりに伝えたいものなんです」

「そんなものなのか」

照れ臭さもあって、ヒカルはそう言ったが満更ではなかった。

「これがヒカル先生の分ですね」


職員から袋一つ分を受け取る時、足元に『伊角先生』
と書かれた紙袋が目に入った。
3袋程だろうか。

「伊角さん相変わらず多いんだ」

「一番人気でしたね。ヒカル先生以上でした」


その言い方だとヒカルが2番だったのだろうかと。
少し解せない気がする。
そう言えば昨年和谷が伊角が両手いっぱいの紙袋を電車で持ち帰って周りから、白い目で見られたという話を思いだした。
しばらく研究会のお茶菓子もチョコレートだったし。
今年も伊角の事だから発送なんて事はしないのだろう。

想像すると可笑しくて、そしてチクリと小さな胸の奥が痛んだような気がした。


ヒカルは職員に礼を言って、紙袋を手にエレベーター前でしばらく待ったがエレベーターは8階で止まったまま降りてこない。
やむなく6階から階段を下ろうとした所で偶然にも上から降りてきた塔矢と出くわした。


「塔矢?」

塔矢が階段を使うなんて見た事がなかった。

「エレベーターは今書籍と棚を運んでいるんだ」

それで来ないのかと納得する。
成り行きでヒカルはそのまま塔矢と二人で階段を下る事になり
塔矢がヒカルが手に持つ紙袋に気付いた。

「それはバレンタインの?」

「そう、お前は取りに行ったか?」

「僕は発送してもらったから」

『だろうな、』と思いヒカルは自然と伊角と比べて苦笑した。

「でも、ありがたいって言うか嬉しいよな」

ヒカルは郵送されたプレゼントだけでなく、今日直接にも女性ファンからプレゼントを貰っていた。

「なんかさ、こういうのって渡すの勇気いんだろ?」

頬を赤らめる女性は緊張してか、ヒカルから握手を求めた時、少し手が汗ばんでいた。ヒカルが『ありがとう』と言うと、ますます頬を染め
「応援しています」
と頭を深く下げ、湯ダコのようになってヒカルの前から去って行った。
同性のヒカルから見ても可愛いと思ったし、微笑ましくもあった。

「そうじゃない人もいると思うけど」

「お前は、・・だろう」

ヒカルは塔矢のそんな様を想像できず、口を尖らせた。

「君は誰かにプレゼントを贈ったりしないの」

「オレが、バレンタインにか?」

塔矢の突然の振りにヒカルは少し違和感を覚えた。

「あーまあないな。女流棋士でカンパして贈ったのは
違うだろ?大体オレがそういうの個人的に贈ったら引くだろ」

「そうだろうか?」

「そうだよ、もしオレがお前にチョコレートなんか贈ってみろ。
お前ドン引きすると思うぜ。何か変なもんでも入ってないかって勘ぐらねえ?」

「君はそんな風に僕の事を思っているのか?!」

やや荒らがった塔矢の声に、ヒカルはしまったと思った。
やらかして、しまったかもしれなかった。

「冗談だって」

逃げに入ったヒカルに塔矢は冷ややかに溜息を吐いた。

「僕は君からもらったものなら嬉しいけど」

『えっ?』

一瞬聞き違いかと思い盗み見た横顔は真顔だった。
自虐的な事を言ったヒカルへの、塔矢なりの気遣いかもしれ
ない。

「君はプロを目指した時に『女性である事を捨てた』、と言っていたけれど、僕はそのままの君でいいと思う」

『オレ』と自称するヒカルに、以前どうして『オレ』なのか塔矢に聞かれたことがあった。
塔矢だけじゃなく、それは今でもよく聞かれる事ではあるの
だが・・・。

「もう今更なんだよ。オレが男みたく振る舞うのはさ。そう簡単に変えられねえよ。
けど、まあサンキュな。来年覚えてたらお前にチョコ贈るわ」

「楽しみにしてる」

軽口の応酬で他愛ない会話だった。
ただ普段囲碁の事しか話さない塔矢とは珍しい会話だったかもしれない。
そこで棋院坂の入り口に出て、ヒカルは塔矢を振り仰いだ。

「お前車だろ?」

「ああ・・・進藤、」

塔矢が何か言い掛けようとしたが、ヒカルはその時にはクルリと背を向けていた。
塔矢とは3日後対局があるのだ。そう慣れあっていられない。


「またな」


塔矢を置き去るように、ヒカルは後ろ手で手を振り坂道を急いだ





→2話目








緋色からはじめに、

1話読んで下さってありがとうございます。アキ×ヒカ子パラレル〜
時期外れのバレンタインから始まりましたが、タイトルテキトー過ぎて、どうしよう(滝汗)
今回は軽く、男女の恋愛を意識して(?)書き進めて行こうと
思ってます。

                                2015 5





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