珍しく先に目覚めたヒカルは自分をすっぽりと抱きしめる腕の中
で身じろぎした。
「緒方先生この腕、放してよ」
「ああ・・、」
寝ぼけているのかそれとも冗談のつもりなのか抱きしめられる緒方の腕
がますます強くなる。
ヒカルは小さくため息をついた。
「あのさ、オレトイレ行きてえんだけど、」
「んなのいいだろ。もう少し抱かせろ、」
「生理的なものは我慢できねえよ。」
「そうか?だったら、」
緒方は背後から足をヒカルに絡ませ、こともあろうにヒカルの中心を手で撫で上げた。
「朝から元気だな。もう1発と行くか。」
「っバカヤロウ!?」
ヒカルはうっとおしくまとわりつく緒方を振りほどくと起き上がって傍に
あった枕をたたきつけた。
「痛えっ、」
「このエロオヤジ!!一人でヤってろ、」
すっかり準備を整えて戻ってきたヒカルとは対象的に緒方はまるで置いて
けぼりをくったような犬のようにベッドに座りこんでいた。
ヒカルは盛大にため息をついた。
「全く先生はオレよりガキなんじゃねえの。」
「あいつよりは大人だろう。」
あいつというのはアキラのことだ。そうやってアキラと比べる所がガキっぽい
とヒカルは言いたかった。
「ところでさ、今日佐為に会いに行けるかな。」
一人ごとのようにつぶやいたのは自信がなかったからかもしれない。
「ああ?中に入るには約束(予約)がいるからな。掛け合ってみよう。」
緒方は頭を掻くとよれよれと寝室から出て行った。
しばらくして戻っきた緒方は心配そうに見上げるオレに微笑んだ。
「大丈夫だ。面会してもいいってさ。オレは一緒には行ってやれんが
一人で行けるか?」
「うん、大丈夫。」
ヒカルはそう行ったものの本当は緒方もついて来てくれたら
どんなに心強いだろうと思った。
「そんな顔するな。」
緒方がヒカルをいきなりすぎるほど突然抱きしめた。
「なっ、いきなし何だよ。」
「お前がそんな顔をするからだろう、」
そんな顔といわれてもヒカルには自分の表情なんてわからない。
「今にも泣きそうだったぞ。辛いのか。」
緒方の抱きしめる腕が強くなる。
「ちょ、先生苦しいって、」
ヒカルは緒方の腕から逃れると心配させないように笑った。
「もう心配症だよな。佐為に会いに行くのに辛えことなんてないだろ。」
緒方はなんともいえない顔をしていた。先生のほうがよっぽど
だ。
でも・・・。
「ありがとう。先生あいつに伝えることある?」
「そうだな、こんなにお前に辛い目させてんだ。さっさと戻ってこい。
ってな。」
「うん、オレもいつもそう言ってる。」
緒方はそれにやさしく微笑むとヒカルの頭をぽんぽんと叩いた。
それはよく佐為がヒカルにしてくれたしぐさだった。
『辛くない』そういえばウソになるかもしれない。
でもこんな風に笑ったり冗談を言えるようになったのは緒方が傍にいてくれたから
だとヒカルは思う。
佐為がいるソアンドの施設は病院とは違う。
病院ではなく医療施設、正しくは研究施設といった方がいいだろうか?
だから無機質のような冷たさを感じる。
着てきたもの、持ってきたものは一切に中には持ち入れない。
管理室で手続きを終えた後
ヒカルは用意された白衣に着替えチリひとつ持ち込めない施設内へと立ち入った。
当然のように監視の研究員がヒカルに付き纏う。
佐為はガラスの向こうに横たわっていた。
息をしていなければ死んでいるのではないかと思うほど静かに。その顔に表情は
なくて、ヒカルは胸が締め付けられる。
「あの、すみません、オレ中に入りたいんだけど。」
研究員は「あっ」と一言発しただけでサイドにあった入り口を開放してくれた。
「ありがとう。」
礼を言ったが反応はない。ひょっとしたら日本語があまり得意でないの
かもしれない。
ヒカルは静かに眠る佐為の顔に触れた。
かすかに温かさを感じて胸が熱くなった。
「なあ、佐為オレ今大学通ってるんだぜ。しかも塔矢と同じ大学。
前に話したろ塔矢のこと。」
話しかけても佐為からの反応はない。ヒカルは佐為の手をとると今の生活のこと、
大学のことアキラのことを話し続けた。
「そういやさ緒方さんがさっさと返って来いって言ってたぜ。
オレもいい加減・・・。」
待ちくたびれた・・・そう口につきそうになってヒカルは顔を振った。
「オレはいつまでもお前のこと待っててやるから、目を覚ましたらお
前がびっくりするぐらい
大人になって一度も勝てなかった囲碁だって強くなってお前を負かして
やるんだからな。」
ヒカルは佐為の両手をとった。
脈がある。両腕は点滴のうっ血でしみだらけになっていたけど。
ヒカルが佐為の腕を放そうとしたとき、わずかに佐為の腕に力がこもった。
「佐為!?」
ヒカルは思わずその腕を握り返した。
「佐為、オレだぜ。ヒカルだってわかるか?佐為!!」
その時だった。研究員が部屋の中に入ってきた。
「時間・・・。」
「待って、もう少しだけ待って、」
だがその時には佐為の腕の力がヒカルの手からだらりと落ちた。
「佐為・・・・。」
『時間』
急かすように研究員に言われてヒカルはあきらめるよりしょうがなかった。
「ごめんな。佐為ずっと一緒にいてやれなくて。でもオレもがんばるからさ。
お前も絶対あきらめんなよ。オレ待ってるからな、
いつまでも、いつまでもお前のこと」
佐為の温かさの残る腕を握り締めるとヒカルは後ろ髪惹かれる
ように部屋を退室した。
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