2重らせん 11





     
「それよりも・・・。君が散らかっているというからてっきり僕は足の踏み場も
ないのかと思ったよ。」

「ははは・・・。」

ヒカルは頭を掻いた。

「いや、頼むから、お前この部屋だけにしろよ。他の部屋に行ったら・・・。」

アキラは苦笑しながらリビングにつながる部屋を開放した。
そこにはごみ袋が5、6袋放置されていた。それに洗濯物やら、
歯磨きなどの日用品がそのまま放り出されていた。

必要で使ったのはいいが片付ける場所に困ったという所だろうか。

「おい、ってお前人の話聞いてないだろう!!」

「なるほどね。」

アキラはあきれた様にため息をついた。

「お前呆れないってっいったじゃねえか。」

「呆れてないよ。」

「いや、今明らかに心の中で呆れたろ。」

「声には出してないだろう。」

「お前な!!」

ヒカルがふくれっ面を見せるヒカルにアキラは
おかしくなって声を立てて笑った。


「ヒカル多少のお金はあるの?」

「まあそれなりにはあるけど・・・。」

「このマンションクローゼットはあるよね。」

「うん、まあ、」

ヒカルは依然とぶすっとしたままだった。

「このままだと収納に困るだろう?そういったものを購入したほうがいい
んじゃないか。」

それにヒカルが反応した。

「収納ってどんなものがいいんだ?オレそういうの全然わからなくて。」

「だったら一緒に買いに行こうか?」

「本当か?アキラ一緒にいってくれるのか?」

買い物に付き合うと言っただけなのにヒカルは嬉しそうに飛びついた。

「もちろん、」

「だったら食器とかさ、洗剤とかしゃもじとか、それから・・・。」

「調理機器とか?」

「そうそう。」

アキラは心底苦笑した。

「わかった。ちょっと待って、必要なものが他にもあるかもしれないだろう。
一度部屋を見て回ろう。」

その後ヒカルと一緒にマンションの部屋を回った。
家電はすべてそろっていた。
不思議なのは洗濯機があるのに洗剤がなかっ
たり食器洗浄機があるというのに食器がなかったりすることだ。
これではせっかくの家電も出番がない。


その後必要なものをメモして二人でマンション近くのモールに出掛けた。
ヒカルは終始楽しそうだった。


「なあなあ、アキラ、食器ってどんなのがいい?」

「えっとそうだね。ワンプレートなんかどうだろう。」

「ワンプレート?」

ほらっと言ってアキラが皿を示す。

「ひとつに盛り付けできるお皿だよ。洗うのも片付けも楽だろう。それに
綺麗に盛り付けできるんだ。」

「そっか、じゃあアキラはどれがいい?」

「君が使うんだからデザインは君が選べばいいだろう。」

「まあ、そうだけど。お前これからオレの部屋よく来るんだろう。
だったらお前のいるだろ?」

アキラはそれにどう反応していいかわからなかった。
正直を言えばヒカルがそう言ってくれるのは嬉しかった。
だがそれだけではない複雑な感情もある。

あのマンションの所有者はヒカルではない。そして今彼が使っている
お金も彼が稼いだものではないのだろう。

誰のものかわからないお金でアキラのものを購入するのは抵抗がある。
けれど、それを口にするのは咎められた。

ヒカルは買い物に行く時からすごく嬉しそうだった。
アキラとショッピングするというだけで子供のようにはしゃいでいた。

彼のくるくる変わる表情を見ているだけでアキラも幸せだった。
わざわざそんなことを口にして互いに水をさすのは躊躇われた。



「アキラ・・・?」

無言になったアキラをヒカルが覗き込む。

「ああええっとプレートだね。じゃあお揃いで僕はブルーにするよ。君は・・・。」

「オレは黄色にする。」

ヒカルが破顔した。


レジを済ませた時には二人両手いっぱいの荷物になっていた。
持ち帰れない大物は明日宅配してもらう手続きをしてよくやく一息つく。

「なあ、なんか食っていこうぜ。今日1日お前をつき合わせちまった
しオレ奢るからさ」

「ああ、うん、そうだね。これじゃあ食材も買えそうにないしね。」

「なんかさ、今日デートみたいだったよな。」

ほのかに照れた笑みを浮かべたヒカルにアキラは微笑んだ。

「みたいじゃなくて、僕はデートだと思ってたけどね。」

ヒカルの頬が赤く染まる。

「・・・そうか?買い物しただけだろ。」

「君と一緒だと楽しかった。」

「うん、オレも。あのさ、またお前とデートできるかな。」

戸惑ったように聞いてきたヒカルにアキラは頷いた。

「もちろん、君が望むならいつでも付き合うよ。」


好きな人が傍にいる幸せをアキラはかみ締める。
両手がいっぱいでなければヒカルの手を握っていただろう。


だが・・・ヒカルの傍にいても不安がよぎる瞬間がある。
マンションのことも彼の所持金のこともそうだが、ヒカルの
4年間は解せないことが多い。

そして一番アキラを不安にさせるのが、
このままヒカルは自身の傍にずっといてくれるのだろうかということだ。

ただの危惧でもそれはアキラを闇へと引きずり込むようだった。
もう一人にはなりたくない。
ヒカルを手放したくはない。孤独と欲望と切なさが交じり合ったような感情に
アキラは時折苦しめられる。

こんなにヒカルは傍にいるというのに。

「アキラどうかしたか?」

「今すぐ君を抱きしめたい・・・。そう思ってた。」

本当のことだ。暗闇にとらわれそうになったときヒカルを掻き抱き強く
抱きしめたい、彼を感じたいと強くそう思う。

「お前って恥ずかしいやつだな。
そういうことは人目のない所でしろよ。」

「ああ、そうするよ。」

アキラに言われたことが恥ずかしかったのかヒカルはわざとらしく
距離をとった。



食事が終わってヒカルの部屋に着くまでそんな感じだった。
でもそれはお互いが意識をしていたからだ。







買ってきたものも一旦収めるとアキラはひどく意識しているヒカルにやさしく
言った。

「今日はもう帰るよ。」

ヒカルの表情が落ちてアキラは決心が鈍りそうになった。

「あ、っアキラ帰るのか?」

「うん、また明日荷物が届く頃に来る。じゃないと君はほったらかし
にしそうだから。」

「・・・だったらさお前今日泊まっていけよ。」

視線を泳がせたヒカルは真っ赤になっていた。
ますますアキラは後ろ髪ひかれる思いになった。

「ありがとう。僕も君と一緒にいたいよ。」

「だったら・・・。」

「ヒカル・・。」

アキラはヒカルを強く抱きしめた。

「あっ、」

湧き上がった感情に決心が負けそうになる。

「こうしてずっと君を抱きしめていないと不安になることがある。
ここに泊まったら僕はとりとめなく君を求めてしまうだろう。見境なく。」

腕の中のヒカルがわずかに身じろぎした。

「オレは別にお前とここに暮らしたってかまわねえって思ってるぜ。」

「ありがとう。」

一緒にくらせばもっとヒカルを知ることができるだろう。
彼が僕に近づいた目的も、この4年間のことも。だがそれと同時に自身の
秘密も知られてしまう可能性も含んでいる。
ハイリスクハイリターンを背負ってもヒカル
の誘惑は到底魅力的だった。
けれど・・・。

「でもそれは無理だよ。ここは君が所有しているわけじゃないんだろう。」

「うん、ごめん。オレさっきから変なことばかり言って、悪かった。」

「悪くないよ。もっと言ってくれてもいいぐらいだ。・・・・それに僕も
いつか君と暮らしたいって思ってる。
大学を出てちゃんと自分たちの足で歩けるようになったら、必ず・・・。」

アキラは腕を解くとヒカルを壁に縫い付けた。
互いに求めて唇が深く重なる。

アキラはヒカルの腰を抱きこみ全身で感じるように密着させた。
お互いが隙間なく埋まってしまうように。
ヒカルの腰ががくがく震え始めてアキラはようやくヒカルの体を解放した。
二人ともとうに引き返せる熱を越していた。

「ヒカル、また明日来るよ。」

耳元にささやくとわずかにヒカルが戦慄いた。
立ちすくむヒカルをそのままにしてアキラはマンションを出た。
振り向くことさえしなかったのは、これ以上長居すると本当に
見境がつかなくなりそうだったからだ。




アキラの携帯にヒカルからメールが届いたのはそのホンの少し後のことだった。

「バカ、アキラ!!お前のせいでオレ一人でヌかねえといけねえだろ。
お前と違って可愛い子を夢想するから。」

それを見た瞬間アキラは声をたてて笑いそうになった。
本当に君は・・・。


「愛してるよ。ヒカル。僕も君を想ってする。」と、




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