昨日から降り続いてる雨は夕方になってもまだ止みそうに
なかった。
学がぼんやり外をながめるとこの雨の中校門の前に椎名が立っていた。
『いつから立ってんだ。椎名のやつ?』
傘はさしていたけれど椎名の体は小刻みに震えてる気がした。
椎名のやつ、ひょっとして・・・時計をみると6時を回ってる。
ってオレそんなに長いこと実験してたのかよ。
オレはじっとしていられなくなって、実験道具を片付けるのも
そこそこに校門へと走った。
「椎名。」
「ガク!!」
オレの顔を見るなり照れくさそうに椎名が笑った。
さっきまであんなに心細そうだったのに。
やっぱオレのこと待ってたんだよな。
「ごめん,。椎名待たせちまったな。化学室に来ていいんだぜ。」
「ううん。オレが勝手に待ってただけだから。」
椎名は気にしてないようにしてるけど本当は遠慮してるんだって思う。
だって化学室だと芥が来るかもしれねえもんな。
「椎名帰ろうぜ。」
オレがそういうと椎名は笑って応えた。
傘の距離がもどかしくて、オレは鞄を脇に挟むと椎名の手を握った。
その手は冷たかった。
椎名は少し戸惑っていたけれどやがてオレの手を握り返した。
途中、二人でよく来る公園の前で椎名が立ち止まった。
「ん?どうした。椎名。」
椎名は困ったようにオレを見つめていた。
ひょっとしてまだ帰りたくねえとか・・。
「そうだ、椎名オレの部屋くるか?明日は学校休みだしさ、構わねえぜ。」
オレの誘いに驚いたあと椎名は少し寂しそうに顔を横に振った。
「ガク、オレ今日七海先生のところに行く約束してるんだ。」
オレはようやく合点がいった。椎名は迷ってたんだ。
「椎名は七海ちゃんが苦手か?」
「ううん。そんなんじゃないけど。」
「だけど急に親子だなんていわれても・・・だろ?」
椎名がそれに小さくうなづいた。
そりゃまあそうだろぜ。
椎名の戸惑う気持ちもわかる気がして
「オレ一緒に行ってやろうか?」
って言ったんだけど・・・。
ちょうどその時公園の向こうから見慣れた人影が近づいてきた。
椎名を心配して七海ちゃんが迎えにきたんだ。
七海ちゃんはオレたち二人をみると嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔は椎名のお父さんってかんじじゃなくてまるでお母さんって
かんじでオレはなんだか椎名が羨ましいなんておもっちまった。
「お帰りなさい。レンくん。市川くんも一緒にどうです。夕飯
ありますよ。」
なんとなくこの二人の邪魔をしてはいけないような気がして
オレは首を振った。
「ありがとう七海先生。でも今日はオレやめとく。また今度誘ってくれよな。」
オレがそういうと椎名は自分からオレの手を離して七海ちゃんが見てる
前だってのに頬にキスをして・・・。
しかも自分からキスをしたくせに椎名の顔は真っ赤になってる。
オレは今日が雨だったことをのろった。でなきゃ椎名を抱きしめてる。
七海ちゃんの所に駆け出した椎名はオレにめいいっぱい手を振った。
オレは二人の姿が消えるまでその背を見送った。
人恋しい気持ちを振り払うようにオレは独り言をつぶやいた。
「さあオレも寮にかえらねえと。」
公園を出ようとした所でオレは足が止まった。
心臓の音がドクンと大きくなる。。
『芥!!』
いつからそこにいたんだよ?今までのオレと椎名を見てたのか。
オレと目が合うと芥はオレに背を向けた。
「芥・・・・芥待てよ。」
路地を曲がった所で芥を見失って俺は荒い呼吸をついた。
「確かにこっちに来たはずなのに。芥・・・・。」
背後で人の気配を感じてオレは振り返るとそこに芥が立っていた。
芥の姿を見た瞬間オレはそのままその胸に飛び込みたくなったけど
そんな都合のいいこと許されるわけがねえよな。
「どうした学。今にも泣きそうな顔をして。」
芥の声は優しかった。責めてくれたほうがいいのにって思うと
ホントに泣き出しそうになってそれを誤魔化すために
あさっての方を向いて鼻をすすった。
芥だって言いたい事はこの胸の中にあった。
学がオレでない誰かに微笑みかけるだけで芥の胸は掻き毟られそう
だった。
学を誰にも渡したくない。出来ることならこのまま連れ去って
誰の目にも触れない所に閉じ込めたい。
自分だけのものにしてしまいたい。
欲望と嫉妬は果てしなく連鎖して芥の心を縛り付ける。
それでもオレはお前に愛してる・・・とはいえないんだ。
「芥・・?」
黙り込んだ芥を学が心配そうに見上げていた。
「今度は芥が泣き出しそうだぜ。」
「そんな事はない!!」
「芥はうそつきだな。」
学は芥の手を握った。その手は椎名の指よりも冷めたかった。
「なあ、芥もう少し一緒にいてもいいか?」
芥は自分の想いを封じ込めると返事のかわりに学の手をぎゅっと
握り返した。
『今はただこうして学がオレの傍で笑ってくれている。ただそれだけ
でいいの。』だと。
『ごめんな。芥・・・
たぶんもう少しで答えがみつかる気がするんだ。オレだからさ。』
きっと雨ももうすぐ上がるから・・・。