暗闇の中で 7





               
「全く・・・こんな事で覚醒しちまうなんてよ、そんなに腹が減ったのか らん?」

夢中で空の体に唇を落としていた少年はらんと呼ばれてようやく
顔を上げた。そして暗闇でも光る炎のように赤い瞳でじっとその相手をみつめた。

「ひょっとして・・?」

いままで空だと思っていた相手は少年を軽く抱き上げると苦笑した。

「まさか恋人の顔も忘れちまったっていうんじゃねえだろな らん?」

それまで食い入るようにみていた少年は自分をらんと呼んだ相手の
胸にいきおいよく飛び込んだ。

「っよる〜よる・・・よる・・よる・・」

その声はやがて声にならない嗚咽にかわり、らんの瞳から涙が
零れ落ちると夜と呼ばれた相手は 優しくそれを吸った。

それからしばらく二人はただ見つめあうと
それだけで今の状況を理解したように小さくうなづいた。

「せっかくらんが誘ってくれたってのに残念なんだがよ。」

「うん。わかってる。」

「空とスナオを追い詰めやがったあいつらをヤラねえと。」

夜は、ぐるりと部屋を見回すと暗闇でも利く瞳で
部屋の隅まで歩き、一角にある小さなくぼみをにらみつけた。

空と直は気づかなかったがそこには監視カメラが設置されていたのだ。

モニターの向こうにいるあの男が夜とらんを余裕な笑みで見ているのが夜には
手に取るようにわかった。

夜はそれが気に入らず挑むようにそれに向かって軽く腕を振り上げるとパチンという音
とともにモニターもろとも壁が砕け散った。


「らん立てるか?」

「うん。大丈夫。」

「よし、朝までにここから脱出できたららんにご褒美やるぜ?」

らんが『ご褒美』に小さく笑うと夜はらんに向かって手を差し出した。
らんがその手をしっかりと握りかえすと二人は走り出した。





夜はまるで建物の構造をすべて把握しているようにらんを導いた。
二人の足音がカンカンと館内中に響き渡る。

その音にまぎれてあの男の影が静かに近づいていることを夜は感じていた。


「さすが・・といった所だな。能力も一流、いや最高級といったところか。」

すぐ傍で相沢の低い声が反響し二人は足を止めた。

「てめえの方から出てきてくれるなんてよ。手間がはぶけたってもんだぜ。」


夜が声のしたほうを鋭く睨みつけるとそれだけで階段の壁は崩れ落ち
月光に照らされた相沢の姿が浮かび上がった。





その瞬間らんは遠い記憶の一片を鮮明に思い出し後ろへと後ずさった。


あの日も今日のようにらんの瞳と同じ色をした月が出ていたのだ。
夜とらんの仲間たちが殺された日。いや・・僕が殺した日。
らんの精神は吸い込まめれるようにあの日へとフィールドバックしていった。




ずっと・・・

種族の皆は人間に憧れていた。
明るい太陽の下で暮らしたい。恋もしたい。
人と同じように子を生み育てたいと願っていた。

そして何より永遠の命よりも人を糧にしたこの肉体よりも年月とともに
年をとり朽ちていく命を望んでいた。

・・・12年前、そんな夢のような願いを叶えてやるという一人の男がらんたちの前に
現れたのだ。

『お前たちを人間にしてやる』
『だから実験体として種族の子供を貸してほしい』と。

種族の皆はその話に飛びついた。
かりにそれが夢の様な作り話だったとしても縋りつきたかったんだ。

らんと夜がその実験体に選ばれたのはそのすぐ後のことだった。
そして悲劇が起こったのだ。

同じ種族の仲間たちが突然らんを襲ったのだ。
らんはまだ力の使い方も知らない小さなサキュバスだった。

突然の出来事に怖くて、恐ろしくて、恐怖にすべてを飲み込まれてしまった
らんはその力を解放してしまったのだ。

らんが気づいたときには自分の周りは仲間たちの骸が転がっていた。
僕が殺したのだ。

なんで今まで忘れる事ができたんだろう。
僕が直と言う人間にすべてを譲ってしまったから・・それとも・・誰かの故意?
鮮明すぎるほどの記憶が一気に蘇りらんは今まさにあの時の惨状を目の当たりに
したように発狂した。

「あああ・・・ああ・・・あああっ」

「らん!!」

震えるらんに夜が気づいた時にはすでに遅かった。



「ガチャ ガチャン!!」

「らん らん!!!」


大きな音ともに夜とらんの二人の間を裂くように大きな鉄格子が落ちてきたのだ。
夜が鉄格子に触れようとするとチリっという音を立て火花が走った。

「ちっ。」

鉄格子には高圧電流が走っていたのだ
夜はただれた自分の手を忌々しげに見ながら鉄格子むこうにいるらんに呼びかけた。

「らん、らん!!」

放心したようにらんは震えていた。

「らん、らん くそ〜う てめえ よくも・・・」

「くくく・・・っ」

相沢は楽しそうに笑うとこれ見よがしにらんの元へと近づいた。

「てめえ・・それ以上らんに近づいたら・・・。」

夜は怒りのオーラーをためるように鉄格子に力をぶつけた。
が、それは放った自らに戻り夜のみぞおちを直撃した。

「ぐふっ」

血を吐きよろめきながらも夜はすぐ立ち上がった。

「ふふふ、君の能力はやはり桁外れのようだ。
だが、君のその能力は危険だからな。封じさせてもらう。」

相沢はらんの元までいきすでに手中にあることを示すように
その綺麗な横顔をなでた。
それでもらんの表情は死んだように動かなかった。

「てめえ、直を襲わせたのも、はなっからこれが目的か?」

あれは不幸な事故だ。君たちが望んだんだろ?人間になりたいと。」

実験には犠牲がつきものだと言い放った相沢に夜は静かな怒りのオーラを湛えた。

夜は劈くような獣の声を発すると相沢は頭痛と眩暈ですぐさま両耳をおさえた。
が、それは耳を閉じても体のすべての穴から入り込み振動になって相沢を襲った。

相沢はたつことも出来なくなって膝をつくと夜をにらみつけた。

「さすがにオレの声までは封じられなかったみてえだな。」

「貴様、下手にでておれば調子にのって!!」


相沢がらんに向かって仕掛ける前に夜の攻撃の方が早かった。
夜の合図でバタバタという羽羽根の音がして幾百 幾千という小さな獣のの
群れが建物を食いちぎって相沢を襲いかかったのだ。

「うわあああああ・・・・!!!!」

声にならない悲鳴を上げ相沢は見えない相手を振り払おうとしたがそれは
執拗に相沢を襲った。

「骨も残らねえほど食っちまいな。」


獣たちに命令した夜はまだ放心しているらんを今までの荒荒らしさとはうってかわるように
優しい瞳でみつめた。

今は放心していてくれた方がいい。
らんにはもう2度とこんなむごい場面を見せたくはなかった。

やがて相沢の声が途絶え姿がなくなると獣たちはさり、二人を隔てていた
鉄格子は朽ちるように崩れ落ちて夜はらんを優しく抱きあげた。







「らん  らん・・・もう大丈夫だ。ほら目を開けてみろ?」



優しい声がらんの心の奥底まで響いてくる。
らんは温かいぬくもりに包まれて、暗闇の中に閉ざされていた心を恐る恐る開けた。

優しい夜の顔。温かいぬくもり。

「よる・・・」


らんはぎゅっと夜にしがみつくと嗚咽した。
あの日僕を助けに来てくれたのは夜だった。

一緒に生きようと言ってくれたのも。
一緒に種族の夢だった人間になろうと言ってくれたのも。
そしてずっと離れないといってくれたのも夜だった。


もし僕が僕であったことを忘れても、夜が夜であったことを忘れたとしても・・・





8話





原作と違って夜とらんが本体です。うちは夜とらん中心サイトですから(苦笑)
次回8話と9話がお話の山場です。出来るだけ間をあけずに書けるといいなあ。