コーヒーブレイク
 






     
夕暮れ時の化学室から調子はずれの口笛の音が聞こえてくる。
その音色に誘われるように芥の足取りが速くなる。


芥が化学室を覗くと学が楽しそうに実験道具を片付けている最中
だった。

「芥 待ってたぜ!!」

芥をみつけると学は小犬のように芥の胸に勢いよく飛びこんできた。
あまりに突然すぎて芥がよろめいたのに芥の胸の中にいる当の本人は
全くお構いなしのようだ。

「学 実験はもう終わったのか?」

「ああ。あとはデーターをノートにまとめるだけ。時間もうちと
かかっかな。ひょっとしてもう帰らねえとダメか?」

うるうると見上げてくる学に芥は苦笑した。

「梅谷先生に許可はもらってある。」

「ホントかよ〜さすが芥、ラブ〜〜。」

歌うように軽く言われただけで芥の頬が薄く朱にそまる。
芥は人から好きだとか、ましてや愛してるなんてことを言われたことはない。

臆面もなくそんな事をいう学にどう接していいのかわからなくなる時が
あるのだ。
心の奥底がくすぐったいような感情。

それと同時に芥は学がそんなことを気安く誰にでもいう事を知っていた。

たとえば、同じ化学部の羽野やあの羽柴空にも・・・。
そんな事を考えると芥は学が疎ましくもあった。

オレだけに微笑みかけてくれればどんなにいいだろう。

いつもお前はオレを翻弄する。


芥が顔をしかめると学が芥の顔を覗き込んだ。

「芥どうかしたのか?なんか顔色悪いぜ?」

学の手が芥の額に伸びてきて芥は慌てて学から離れた。

「なんでもない。お前はさっさとデーターを書き写せ。」

「ほいな。」

学は机に向かうと先ほどとはうって変わって真剣な表情で、ペンを
滑らせた。
ノートには実験の過程やら成果やら論評やらが細かくかかれてある。


芥はそれをじっと見つめながら誰にも見せない優しい表情で微笑んだ。

こうして二人でいる時間がずっと続けばいいのにと。







しばらくたってノートから顔をあげた学は鼻をくんくんとならした。

「ありゃ?芥すげえいいにおいがしねえ。」

「学疲れたろう?」

ねぎらいの言葉と共に芥が学に差し出したのは
ビーカーに入ったコーヒーだった。
しかもインスタントではないちゃんと豆から挽いたやつだ。

「えええっ?これ芥が入れてくれたのか?」

「当たり前だろう。」

芥のそっけない返事にもめげず、学はいたく感激して瞳を輝かせた。

「感動だよな〜。オレのために芥がコーヒーを淹れてくれるなんて〜」

大げさすぎる学の表現に芥はやはりどう応えていいのかわからず
照れかくしのように声を荒げた。

「いいからはやく飲め!冷めるぞ。」

「おう。じゃ遠慮なくいただきます〜っんんんって。めちゃうめえ〜ぜ。
このコーヒー。」

「そうか?」

その時学ははじめてコーヒーを飲んでいるのが自分だけだった事に
気づいた。

「なあ、芥は飲まねえの?」

「オレはいい。」

芥がそういうと何を思ったのか学はビーカーの入ったコーヒーを
芥に差し出した。

「こんなにうめえのに飲まねえなんて勿体ねえって。ほら、芥も飲んで
みろよ。」

「オレはいいと言ってるだろ。」

「学ちゃんの言う事聞いてくれねえのか?」

つぶらな瞳にうるると見上げられ芥は大きくため息をついた。

「わかった。」

学からビーカーを受け取ると芥はホンノ一口それを含んだ。
それは温かくて苦くてほんのり甘い気がした。

ようやく満足したのか学が芥に笑いかけた。

「へへっ。これでオレと芥・・・間接キスってやつだな〜」

「なっっ。」


芥は飲みかけのコーヒーをもう少しで器官につめる所だった。
慌てる芥をよそに学は楽しそうに笑ってる。

芥は何か胸の奥から沸きあがってくる感情に縛られそうになって
ぎゅっとポケットの中にあった薬を握った。



「芥、愛してるぜ。」

「お前はまたそのようなふざけたことを・・。」

「芥、顔真っ赤だぜ。ひょっとしてオレの台詞に照れたとか。」

「そんなわけないだろう。」

怒鳴りながらも自分の体温が一気にあがったのを芥は感じた。

あいしてる・・・だと・・・?
握り締めた薬を持つ手も震えてる。

だがそんな風にオレも言えたらどれだけいいだろうと、芥は思う。

あの時でさえオレは薬に頼らなければ学に愛してるとはいえないのだ。
握り締めた薬をポケットの中に戻すと芥は小さくため息をついた。

「なんだか今日の芥ってばため息ばっかだな。オレと一緒じゃ元気でねえ?
そうだ。コーヒーのお礼にオレ今から手伝おうか?」

学の言う手伝いっていうのは芥の実験の事だ。

「学今日はもう遅いから今後にしよう。
それよりもコーヒーのお礼は別のものがいい。」

意味ありげに芥はそういうと学の耳もとに唇を近づけて学にしか聞こえない
声でそれをつぶやいた。

「礼は・お前から・の・・・スで・・ い。」

芥自身も驚くほどにするりと出た台詞に学は顔を真っ赤にさせて
驚いてる

「芥それって・・?」

「冗談だ。」

途端に学は残念なのかほっとしたのかわからないっていう表情で
芥を見上げてる。


なるほど、こういう反応も悪くないと芥がにやりと笑うと
学がひでえ〜と口を膨らませた。

「純真なオレの心を持て遊んだなあ〜!!」

「ああ。そうかもしれんな。」

「芥のバカ〜!」


その後二人は顔を見合わせて心の底から笑った。

不思議と今はただこうやって一緒にいるだけで幸せなのだと思える・・。
ただありふれた日常がこれほどにも大切なことなのだとお前が教えてくれ
たのだと。

芥はすさんだ心が晴れ渡っていくような気がした。



最後ちょい尻切れな感じしますがこれでお許しを。
旨くイメージできなくて(汗)まだまだ芥学への愛が足りないのかなあ〜(^_^;)