If ・・・(もしも)6章 囚われの学2 芥が部屋に戻ってきたのはその夜、晩くの事だった。
学は既にベッドに横になっていたが眠っていたわけではなかった。 学は芥が傍に近づいても寝たフリを続けた。 学は芥が留守の間あの薬品を分析した。 すべてを分析とはいかなかったがそれでも主成分のうちの2つの目途はついたのは 大きな成果だった。 その一つは神経系を麻痺させるもので海馬の中枢記憶をコントロールするものだった。 けれど海馬というのは新しい記憶が入る場所で 学はここ最近不自然に記憶が消えた覚えは(芥にここにつれてこられてから は別だが)ない。 もっとも本人が覚えてないだけで、何かわすれているのかもしれないが。 そしてもう一つの薬分成だが、媚薬とでもいうか、 どうやら性的興奮作用を促すものだった。 桐人が朝口走ったことを考えても、そうなのだろうと学は思う。 けど、今まで試飲してきた芥の薬にそんな作用があったかどうか学には全く 覚えがない。 (大体精神抑制ためのものだと聞かされていた) 『そこまで記憶消去が完璧にできるものなのだろうか?』 そう疑問に思った後、学は首を小さく横に振った。 あの芥なら不可能ではないような気がしたのだ。 けれどそこまでして芥が何を自分自身にしようとしたのかまでは未だわから ないままだった。 学は考えが煮詰まった後、思いたって解毒剤を作りはじめた。 この部屋にあるものだけの急ごしらえで、とても十分といえる代物ではなかったが それでも「完成」させたのはこれ以上自分の大切な 記憶を芥に奪われるわけにはいかなかったのだ。 そして出来上がったばかりの薬を試飲した学は、手放したはずの 記憶の諸端を取り戻した。 それはここにつれてこられた日のことだった。 終業式の日、「オレ」は廉の事でいてもたってもいられなくなって芥に電話した。 「病気の廉に会いにいきてえから」って助手の手伝いを週明けからに して欲しいって頼んだんだ。 芥はその時低い声で「わかった。」と言っただけだった。けどその後すぐ メールで呼び出しが入った。 「渡したいものがあるからすぐに研究室にこい、」っと 今にして思えばあの時の芥の様子はヘンだった気がする。 普段の芥なら仮に許しても「実験が優先だ」と嫌味の一つも言うはずだった。 けど、オレはあの時、廉の事で頭がいっぱいで芥の事まで 構っていられなかった。 学はそこまで思いだして、深く溜息をついた。 それ以上先(つまり芥に呼び出されてから後)の記憶がまだ思い出せないのだ。 学はまだ記憶を失ったままということだ。 それに学は憂いだ。 「しっかりしろよ、オレ、・・記憶はオレの中にちゃんとあるんだ。 どんなに隠したって、消そうとしたってオレの想いや記憶がそう簡単に消えるはずねえっ。」 学はここにいない芥に挑むように声を荒げた。 とにかく芥が一体なにをしていたのか、これから何をしようとしているのか 学は知らなければならなかった。 部屋に戻った芥はしばらく何をするでもなかった。 学は瞳を閉じていても芥の視線を感じて、心臓が警報音のように高鳴る。 静かな部屋とは裏腹に学の心はざわめいていた。 薬が切れていることがバレたら、タヌキ寝入りだと芥が知ったら、 そう思うと学は気が気じゃなかった。 しばらくたって、芥は学が寝ているベッドまでくると、優しく 学の髪に触れた。 ますます心臓の音が高鳴る。 「ガク・・・」 髪を撫でるゆびの感触も声も芥のものだとは思えないほど優しいもの だった。 「今日はすまなかった。ひとりで寂しかったか?」 独り言をつぶやくように芥は学に話しかけた。 学は、胸の奥がズキンとした。 こんな芥はしらない。 学は寝たふりをするのが辛くなって寝返りを打つふりをして芥から 体を背向けた。 だが、こともあろうに、芥は空いたベッドのスペースに自ら横になった。 内心のあせりは声に出来なかったがそのあと学は心臓が止まるのではないかと 思うほど驚愕した。 「ガク・・・」 芥が学の背後から抱きしめてきたのだ。 もう少しで声を出してしまうところだった。 「ガク、ガク、」 何度も自分の名を呼ぶ芥の声は重ねるごとに強くなっていく。 抱きしめる芥の声、腕が、学を学のすべてを渇望しているよう だった。 そして密着した体から芥の緊張が伝わってきて学は自然に体が震えた。 芥は学に欲情していた。 学はそれでようやくひとつの線が繋がったような気がした。 薬品分析の結果からある程度予想はしていたことだったが、それでも この目で見るまでは信じられなかったのだ。 芥がアノ薬を学に飲ませてしていた事、 それは学を抱くということだ。 けれど、なぜ、そんな事を?という疑問は今なお残る。 もう少し様子観が必要だろうか?と学は思ったがこれ以上、芥の行為に耐えられそうにはなかった。 学は回された芥の腕を解くと体をベッドから起こした。 「なあ、芥もうやめねえか?」 「学!?」 途端に芥の表情がこわばった。 「お前・・・。」 学は芥の鋭い視線をやり過ごした。 「オレいい加減ここから出てえんだけど、駄目か?」 本当はもっと恨みつらみ言いたいことがあった。 勝手に薬を使われて学の想いも体も、記憶も奪った事は とてもじゃないが許せるものじゃなかった。 けれど、さっきの芥を腕、声を聞いてしまった今学は強く 芥を拒むことができなくなっていた。 「切れてるのか?」 「薬ならとっくに切れてるぜ。薬品の分析もした。 さっき解毒剤も飲んだし、もうオレには効かねえと思うぜ。」 芥は自嘲するように笑った。 6章 囚われの学3へ |