If ・・・(もしも) 1章 祭の旅立ち 綾野ちゃんから兄ちゃんの死の事実を聞いて1月、
オレは相変わらず学園の寮にはほとんど戻っていなかった。 寮に戻るとどうしても辛い事ばかりがめぐってしまう。 奏司さんのマンションは静かで兄ちゃんや藤守との 思い出もない場所だったし、何より七海ちゃんがいて。 オレがマンションに帰ると必ず七海ちゃんは「空くんおかえりなさい。」 って出迎えてくれた。 オレは七海ちゃんの顔をみると安心するんだ。 まだオレを待っててくれる人がいるって。 七海ちゃんがここにいてくれてよかったって。 そんな些細なことが今のオレにはすげえ大切なことのような気がした。 学校には火事のショックと後遺症という診断でオレの外泊は認められてた。 実際オレはあれから綾野ちゃんの病院に何度も 通わされて検査ばかりさせられてる。 オレが大丈夫っていっても綾野ちゃんは聞いてくれねえんだ。 本当はもうしばらく綾野ちゃんには学園を休んだ方がいいって 言われたんだけどこれ以上休むと単位が危ういんだ。 七海ちゃんも、もう学園に戻るって言ったんだけど、(その方が気がまぎれるって) 兄ちゃんを亡くした精神的な喪失は大きくて それは時間をかけて埋めて行くしかない。って綾野ちゃんは言うんだ。 それに学園は七海ちゃんにとって兄ちゃんとの思い出が沢山ある場所だから きっと辛くなる。 かわりに綾野ちゃんが学園の校医を務めていて時々学園の様子を 七海ちゃんに報告しに来てる。 そういえば昨日オレがマンションに帰ったら、七海ちゃんと奏司さんが 一緒にお茶してたんだ。 あの仲の悪い2人が・・・ってびっくりしたんだけど。 2人はなんか真剣な話をしてたみたいだった。 オレの顔を見て慌てて話題を変えた。 兄ちゃんのことだったんじゃねえかって思うとオレは聞くことができなかった。 祭から電話で呼び出されたのはオレが学園に戻って1週間程した頃だった。 オレも知らなかったけど祭もここ1月学校を休んでたらしかった。 オレが1月ぶりに登校した日、藤守の事、兄ちゃんの事を祭にちゃんと言わなきゃ ならねえって覚悟を決めてったのに当の本人がいなくて肩すかしを食らった気分だった。 それで祭に連絡しようと思ってたんだけど綾野ちゃんから「兄ちゃんの死」の真実を 聞いてまたできなくなっちまったんだ。 だからオレは今日こそは覚悟を決めて寮長室に行った。 ノックすると出迎えてくれた祭はいつもと変わらないような気がした。 「空、ごめんよ。休みの日なのに突然呼び出したりして、」 「いや、いいって、オレも祭に話さねえといけねえことがあったし・・・。」 オレが言葉を濁すと祭はすべてわかってると言いたげに頷いて 突然すぎるほどいきなりオレの体をすっぽりと抱き寄せた。 「空・・・ごめん。・・・」 「祭・・・?」 オレは突然すぎて面食らったけどその腕を退けたいとは思わなかった。 「祭がなんで謝んだよ。」 「直くんの事、真一郎さんの事、僕は何もできなかった。」 祭が知ってたことに驚きがなかったわけじゃねえけどオレはちょっとほっとしてた。 ズルイかもしれねえけど自分で言い出すにはあまりにも勇気がいったんだ。 「祭のせいじゃねえよ。それにオレも何も出来なかった。」 オレはそういいながら泣き出しそうになってた。 微かに祭の手も震えてる。 こんな余裕のない祭をみるのも初めてだった。 祭は震えながらもオレが学園を休んでた間の事を話しだした。 祭は祭なりに藤守や兄ちゃんの行方を追ってたんだ。 相沢の事や、この学園の地下にあるらしい研究所の事も含めて。 でも結局辿り着いた先には強大な組織があってその先は今の祭の力ではどう しようもなかったって。 研究所を詮索している所を見つかって間一髪の所で綾野ちゃんに助けられたらしい。 用心深い祭にしては無茶したんだなってオレは思った。 けどそれほど祭も余裕がなかったんだ。 「祭が無事でよかった。」 オレが心底からそういうと祭は「うん」って小さく頷いた。 そうして湿っぽくなった空気を吹き飛ばすように小さく笑った。 「空も。無事でよかった。」 オレはそれを複雑な気持ちで聞いた。オレは無事でも兄ちゃんはもう帰ってこねえんだ。 藤守だって今あの研究所の中でどんな扱いを受けているかわからねえ。 「空・・・」 祭はオレをすっぽりとくるんだままその後の言葉を続けた。 「僕はアメリカに留学しようと思ってるんだ。」 あまりにも唐突な祭の告白にオレは驚いて何もいえなかった。 「空や直くんがこんな時にって思ってる。けれど今の僕ではダメなんだ。 近い未来確実に空やナオくんの力になれる・・・そういう自分になりたいんだ。」 オレはこの時なんでここに呼び出されたのかわかった気がした。 だから祭の背を押してやった。 「行ってこいよ。」 「空?」 「そういう祭になるのを待っててやるからさ、」 「空、本当に?」 祭はオレがそういったのに少し寂しそうな顔をしていた。 ひょっとして止めて欲しかったとか? 「空、一つだけきいていい?」 「ああ、」 「ナオくんの事どう思ってる?」 ここに呼ばれた時からオレはなんとなく藤守の事を聞かれる予感がしてた。 けどどう答えていいかわからなかった。 「わからねえんだ、藤守の事。オレ自身がどうしてえのか、どう考えてんのか。」 その後は自然に想いがこぼれだしてた。 「藤守の事、考えないようにしようとしてもいつの間にか考えちまってる。 だったら藤守のことばかり考えてやろうって自棄起こしても堂々巡りを繰り返すだけで。 オレあいつにひでえ事をした。取り返しのつかねえこともを沢山した。 ・・・たった一人残して、藤守が研究所でどんな気持ちかだったかなんてちゃんと 考えた事なかった。考えようともしなかった。 藤守は言ってた。『ずっとオレのこと待ってた。』って。 なのにオレは藤守のこと何もかも忘れてのうのうと生きてきたんだ。 藤守がオレを恨むの当然だよな? どうしたって償えねえよっ!! けどそれとは別に兄ちゃんの事だけはどうしても藤守を許せねえんだ。 なんで兄ちゃんだったんだって。あんな七海ちゃんを見るくらいならオレを殺ってくれたら よかったのにって。オレは藤守にだったら許せたのに・・・。」 「空・・・。」 祭はオレを抱き寄せた腕にに力をこめた。 「空、今はまだナオくんのことも自分の事も許せないかもしれない。 でも・・・いつか許してあげてよ。 そしていつの日かその日の為にナオくんの帰ってくる場所を置いてて欲しいんだ。」 祭はそういうとオレの胸をトントンと指差した。『ここに。』と言うように。 「空はナオくんの事、今でも好きだよね?」 「ああ。藤守の事好きだぜ。」 オレはあれほど言えなかった台詞をこの時迷わず言えたような気がした。 祭は苦笑するとオレの体をようやく解放した。 その瞬間オレは今までの羞恥心がいっきに押し寄せてきたような気がした。 「たく・・・ナオくんの事ようやく認めたと思ったら空、顔真っ赤だよ?」 「バ、赤くなんかなってねえ。」 オレは慌てて否定したけど余計恥ずかしさが増したような気がした。 そしたら祭にくすりと笑われた。 「空、信じよう。いつかナオくんが帰ってくるって。」 「ああ。」 祭のいうように信じてれば、本当に藤守が俺たちの元に帰ってくるんじゃねえかって思えた。 たとえ可能性が1%しかなかったとしても。 一月後、祭はアメリカへと旅立っていった。 オレたちはあの雨の日からホンの少しづつ歩き始めてる。 2章 少しずつ へ 1章終わりです。 ちょっと前向きになったきたでしょうか(苦笑) 1章は色っぽいお話はありませんでしたが2章からはぼちぼちと・・。 2章も空と七海ちゃん中心のお話になります。他のキャラの登場はもうしばらくお待ちくださいね。 |