ハニーが大人になるまで 最終話





ホテルを出たのはそれから30分という頃だった。

製薬会社と重要な打ち合わせがあることを思い出して、(芥はもちろん
覚えてたみてえだけど)その後はあわただしくだった。

外は眩しいくらい天気がよくて昨夜のことが全部夢だったんじゃねえかって
思うぐらいだ。
けど夢じゃねえんだよな。
その証拠にオレはこの陽気だってのに芥のコートを
すっぽりとかぶらなきゃいけねえ羽目にあってる。

もしこれで車が渋滞にでも巻き込まれてしまったらこのまま打ち合わせに行かなきゃ
ならねえかも・・・っていうヤバい状況だ。



「・・・・あ・・たく」

「どうかしたのか?」

「え、いや別にねえけど・・・」

ついため息交じりに漏れた言葉にオレは苦笑した。





車がいつもの角を曲がった時、元気な小学生のチビっこ集団が
リュックを背負って歩いていく姿がみえた。
横断歩道を歩いてく子供たちを前に信号でとまる。

オレはその集団の中に香野がいることに気づいた。
無口で感情をほとんど表すことのできない香野が普通に学校を通ってる
ことの好奇心でオレは香野の姿を追いかけた。

オレはちょっと安心した。
香野はちゃんと同級生と手を繋いで楽しそうにしていたから。



その時信号が青に変わってゆっくりと車が滑り出した。
そういえば。この先の小学校・・・ってオレが通ってた所じゃねえか?

「芥、待って、ちっとだけ寄りてえとこあんだけど、」

「時間に余裕がない、」

「ホンノ少しだけならいいだろ?」

強請るようにいうと芥は小さくため息をついた。
芥はダメだとは言わなかった。
芥もさっきの集団の中に香野がいたことに気づいてたんだ。

その角を曲がって先回りした校門の前には保護者の
人だかりがあった。その集団より10メートル手前で車を止める。

その人だかりの中に綾野ちゃんがいた。
昨夜の事でオレはドキっとしたけれど、それはすぐ消えて行った。
綾野ちゃんの表情がころころと変わっているのがわかったから。

時折険しくなったり、時計を覗いたり、そわそわしたり
香野の事が心配で堪らないんだ。

「ガク、」

突然芥に呼ばれた声は冷たくてオレはびっくりした。


「な、なんだよ。カイ」

芥はあからさまに顔をしかめてため息をつくと今度は無言になった。
一体なんなのかちっともわからねえって。

その時ざわざわとしていた人だかりが一斉に静かになって
道路に視線が注がれる。

子供たちが帰ってきたんだ。


校門の前で次々に親たちに引き取られていく子供たち。
はじめて親から離れてのキャンプで興奮さめない子供たちの表情はいきいきして
いてとても嬉しそうだった。

なんとなくオレは寂しい気持ちになっていた。

「芥、オレ子供の頃の記憶ねえだろ。」

そう、香野ぐらいまでの記憶が、オレにはない。
どうしてなのか両親も教えてくれねえし・・・。
その両親だと思っていた親とも血縁関係はなかったぐれえだから
ホントの事は両親だってわからねえのかもしれねえけど。

「オレもあんな風にホントの親と・・・。」

言いかけた時、綾野ちゃんが香野を抱き寄せた。親子なんだから別に
どうっってことねえはずなのに。
なんでだろう。なんか胸の中が痛い。
・・・なぜだかわかんねえ胸の痛みがぎゅっと押し寄せてくる。


「ガク、」

そんなオレに気づいて芥がオレの手を包み込む。
それだけで胸の痛みは和らいだ気がした。

「芥?」

「香野を迎えにいくか?」

芥がそんな事を言うとは思わなくてオレはちょっと驚いた。

「けど時間、」

「大丈夫だろう、少しぐらい待たせても、」

「うん、」

その時にはすっかりオレの胸の痛みもどっかに飛んでいた。


車から降りるとオレは大きく綾野ちゃんと香野に向かって手を振った。
香野はすぐにオレたちに気づいてくれた。

「学兄ちゃん、かいちゃん!!」

破顔して香野が駆け寄ってくる。その姿はホント小さなオレって感じだった。
芥は香野を抱き上げると香野の頭を優しく撫でた。
オレはそんな芥を見たのははじめてだった。

「香野楽しかったか?」

「うん、かいちゃんと学にいちゃんも楽しかった?」

「オレは・・・」

香野に聞かれて答えに困る芥にかわってオレが頷いた。

「おう、オレたちも楽しかったぜ?」

「だったらよかった、」

オレは芥に抱き上げられた香野になんだか懐かしさとか愛しさとか
色々な思いがこみ上げてきた。
デジャ・ヴってこんな感じなのかな。
遠い昔こんな事があったような気がしてオレは覚えていない記憶を
辿るように香野と芥を見つめてた。

そんなオレたちに綾野ちゃんがヒラヒラと手を振った。

「学くん、芥くんおはよう。」

綾野ちゃんは昨夜の事など全く気にしてはいないようだった。。
けどオレはやっぱ引きづってる。
だって今もあのことのせいで服は何をつけてねえわけだし・・・それに。

「あ、綾野ちゃん、」

途端に表情を曇らせたのは芥だった。

「ああ、昨日の事だったら謝るよ。この通り悪かった。」

綾野ちゃんはそういったけどそう悪びれているようには見えなかった。

「そのお詫びをかねてと言ってはなんだけど
学君に新しい下着とスーツをプレゼントしようと思うのだけど。今からでも一緒に、」

「断る。」

間髪いれずにそう言ったのはオレでなく芥だった。
綾野ちゃんはオレが昨日のままだって事わかってて言ってるんだっ。
オレは顔中真っ赤になった。
大体オレ、こんなとこいてるのだって不味いと思う。
そんなのバレたらただの変質者じゃん。

そんなオレたちに綾野ちゃんはくすりと笑うと「冗談、冗談」といって笑った。
けど・・・。


「・・・だけど、これだけは本気なんだ。」

そういうと芥が抱き上げていた香野をその腕から受け取った。
当の本人(香野)ほきょとんとしていたけど。
オレは綾野ちゃんにとって香野がどれだけ大切な人かってこと
がわかった気がした。

「そいつのことは煮るなり焼くなり好きにしたらいい。」

ぶっきらぼうに芥はそういったけど、なんとなく負け惜しみの
ようにも聞こえた。

「ありがとう。そうさせてもらうよ。」



手を振りながら去っていった二人を見送りながらオレは芥に言った。

「なあ、さっきオレが言いかけた事だけど、オレにもあんな頃があった
んだよな〜?
だったらひょっとしてさ、芥みたいな兄ちゃんがいてあんな風に抱っこされた
ことがあったかもしれねえよな、」

芥は少し困ったような顔をしていて溜息をついた。
それはひどく芥らしくないような気がした。

「それはお前もオレにそうされたいという願望なのか?」

とんでもない事を突然言われてオレは慌てて顔を横に振った。

「ち、違う、そんな意味じゃねえって、」

「だったら、くだらないことを言ってないでさっさと行くぞ、」

芥はそういうなり踵をかえした。

「えええっ芥、待てって、」

オレは不可解さを感じながら芥の後を追うように車に飛び乗った。
綾野ちゃんと香野が手を繋いで歩いてる。

その横を車が過ぎていく。
ミラー越しに手を振る香野に微笑んでオレはそっと芥の手に自分の手を重ねた。


その手が振り払われることはなかった。








                                   ハニーが大人になるまで 完

あとがき

このお話もブログでチマチマ連載していたもので。。。
ブログに通ってくださった方もサイトで読んでくださった方にも感謝です。本当にありがとうございます。

今回は軽いお話だったので私もすっごく楽しくて暴走ぎみでしたね(汗)
ブログに連載中は行為のところがすごく長く感じたのだけど、編集してみるとそうでもなかった
ような(笑)また芥×学は書いてみたいですね。機会があれば綾野ちゃん×学も(苦笑)

妄想小説ばかりですが(汗)これからもお付き合いいただけると嬉しいです。緋色