フラスコの中の真実 9
なんだろう?
さっきから体の奥がすごく熱い。
相変わらず傍にいるくぅちゃんには表情はない。
ナオは薄暗い心の部屋からそっと外の様子を伺った。
「くぅちゃん、大丈夫だからね。ちょっと様子を見てくるだけだから。」
ナオは空が見える範囲で駆け出すと外の様子を見上げて
「あっ。」っと小さな声を上げて顔を染めた。 男の人が抱き合っていたのだ。
『ああっそんなにしちゃ・・メ。」
すすり泣くような甘い男の人の声は聞き覚えがあった。
『らん もっと絞ってみろよ。出来んだろ?』
直はその声に体が熱くなった。
くぅちゃんの声?思わずその男の人を凝視した。
その人は声だけならず容姿もくぅちゃんによく似ていた。
「くぅちゃん!?」
直は小さな声をあげて慌てて振り返って空の姿を確認してほっと胸を
撫で下ろした。
そうだ、あれがくぅちゃんなわけがない。くぅちゃんが男の人とあんな
ことするわけない。
そう思った瞬間ナオは体の奥がじんと熱くなった気がした。
ナオはすぐ傍で気配を感じて振り向くと空が傍まで来ていた。
「くぅちゃんはあんなの見ちゃダメだよ!!」
直はくぅちゃんに二人の姿を見せないようにぎゅっと抱きしめた。
けど絡み合う声までは隠す事が出来なかった。
『あん、よるぅ、よるぅ〜』
『らん、すげえいい顔してんぜ?』
『・・・夜・・ぼく もう、いっちゃう!!』
『ああオレももうかなり・・っ』
『ヤッあ・・』
肌が擦れる音が激しくなって直はますます心臓をドキドキさせた。
やっぱり似てる、あの人くぅちゃんとオレに。
直は湧き上がってくる何かに必死に耐えるようにもっときつく空を 抱きしめた。
でも心臓のドキドキはますます強くなって直はどうしていいのかわからなくなった。
「くぅちゃん、くぅちゃん・・くぅちゃん・・!」
二人の声が聞こえなくなるぐらい大声を張り上げて直は湧き上がってくる 何かをやり過ごそうとした。
それでもどんどん想いは強くなって、直の小さな胸は押しつぶされそうになって
ぎゅっと体全部でくぅちゃんを感じるように握り締めた。
「くぅちゃん!!」
一際大きく空の名を叫んだ瞬間、今まで感情を表さなかった空がふいに直の髪に
優しく触れた。
『藤守、戻ってこいよ。』
「なに?」
言われた意味がわからなくて直はきょとんとした。
『藤守、目え覚ませよ。』
空の頬から落ちた雫が直の顔につたう。
「くぅちゃん泣いてるの?」
その涙で直は急激に火照った体が冷めていく気がした。
なんでくぅちゃんはそんなに悲しそうな瞳でオレを見てるんだろう。
なぜだか直は以前 空と祭ちゃんと3人で読んだ絵本を思い出していた。
目を覚まさないお姫さまを王子さまが助け出すお話。
今まさにくぅちゃんが言った台詞はあの時の王子さまの台詞?
確かあの時くぅちゃんは絵本の挿絵のお姫様がオレに似てるって言ったんだ。 ちょっと髪の色が同じだってだけでだよ。
オレが怒ったらお姫様はそんな風に怒らないとか言い出して。
余計にこじれて、それで・・・それでどうしたんだっけ?
その先が思い出せなくて、考え込んでいるとくぅちゃんがオレに 覆いかぶさってきた。
『くぅちゃん!?』
直はさっき抱き合っていた男の人たちの事を思い出して 顔を真っ赤に染めた。
そういえばいつの間にかあの二人の声は聞こえなくなってる。
空の顔が近づいてきて直はキスされるんだってわかった。
そういえばあの時もキスされたんだ。仲直りのキスとか言って、
近づいてきたくぅちゃんの幼い表情がさっきみた男の人のそれへと
重なっていって温かい感触が唇を覆った。
「くぅちゃ・・・」
心臓の音がドクンと鳴った瞬間ぼんやりぼやけた直の視界が
突然開けた。
突然開けた視界に直はあれ?っと思った。 直の視界には頬を濡らした空がいる。
でもなんだかさっきまで一緒にいたくぅちゃんとは様子が違うような。
「ええあああ、その、らんこれはその別に悪気があったわけじゃなくてだな・・。」
あわててごしごしと目を擦ってるくぅちゃんの目は真っ赤に腫れていた。
「くぅちゃん・・どうしたの?」
・・・どうして泣いてるの?
直の問いかけのあとしばらくの間があっておそるおそるくぅちゃんが聞いてきた。
「・・・・・ひょっとして藤守なのか?」
食い入るように見つめられてそれに頷くと
いきなり直は空に抱きすくめられていた。
「ナオ・・・ナオ・・ナオ・・。」
嗚咽しながら何度も名前を呼ばれて直はようやく今まで自分が長い夢を の中にいた事に気づいた。
「オレ一体どうして・・?」
「覚えてねえ?」
「えっと・・・。」
何だかとっても懐かしい夢をみていたような気がする。
そう。研究所にいた時は毎晩あの夢の中にいたんだ。
大切な人に会うために。
あの頃はどんなに願っても夢の中でしか会えなかったからオレにとっては
何より大切な夢だったんだ。
でもその夢さえ誰かに奪われそうになって追われてたんだ。
でも誰に?
その瞬間直は再会した相沢の顔を思い出して体を震わせた。
「藤守!!」
空は直をぎゅっと抱きしめた。
「藤守大丈夫だ。オレが付いてるから。もう絶対離さねえから!!」
抱きしめられた腕から体からお互いのぬくもりが伝わってくる。
素肌ってこういうときストレートだからいいんだなって思う。
空のあったかい体温は直の不安を全部もって行ってくれるほどに優しくて心地よくて、
『くぅちゃん』が傍にいるのは夢なんかじゃないって感じられる。
「くぅちゃん。」
「ナオ・・。」
お互いに確かめ合うように名を呼んだあと空は直を優しく抱きしめた。
「藤守、聞いて欲しい話があるんだ。
オレ藤守には隠し事なんてしたくねえから言う
けど、辛くなったら言えよ。無理強いするつもりはねえから・・。」
空はそう前置きしてから直が心を閉ざしてる間に起こった出来事を話した。
「そっか・・。オレみんなに心配掛けたんだね。」
「藤守が帰ってきてきたから全部帳消しだって。」
そう言ってから空はちょっと困ったように直から離れた。
「羽柴?」
さっきまでくぅちゃんって呼んでた直が「羽柴」に変わってる。
直が完全に夢の中から戻ってきたからだ。
「えっああ、安心したらその・・オレ・・急に・・。」
語尾を曖昧にして目線をさまよわせた後、空は思いきったように
言った。
「藤守を抱きてえっていったら怒るか?」
その瞬間直の顔は一瞬にして茹蛸のように真っ赤になった。
「バっバ・・バカ・・何考えてんだよ。」
ダメだとは言われなかった事に空は内心の嬉しさを隠しつつもう1度
直を宥めるように迫った。
「ダメなのか?」
懇願されるように空に言われて直は「うっ」と小さく唸った。
いっそ強引な方が「ダメだ!」と言いやすいのだ。
直はわざとそっぽを向くと、きっぱりといった。
「そんなのダメに決まってるだろ。」
「どうしても?」
「ダメっていったらダメ!!」
がっくりと表情を落とした空にますます直は困惑する。
空のその様子はワンコがお預けくらってうなだれてる様だったのだ。
直は小さくため息をつくと苦笑した。
「もうしょうがないな。羽柴は。」
そう言った瞬間空はまさしく子犬がしっぽを振って飛びつくように 直に飛びついた。
「ちょ・・と、待ってよ。羽柴!!」
「ダメ、もう待てない、1秒だって待てねえ。だから今更なしになんてするなよ?」
夢中になって顔中にキスを降らせる空の背に直はもう1度「しょうがないな。」と
つぶやいてそっと腕を廻した。
本当はオレだって待てなかったんだ。
けどそれはくぅちゃんには内緒・・・だよ。
ベッドで互いの温もりをかみ締めながらオレは朗報を思い出した。
「そうだ。藤守明日、祭が日本に帰ってくるって連絡があったんだ。」
それを聞いた直は一瞬で破顔した。
「本当!?」
「ああ、明日の朝には青もここに来るって。」
「じゃあ明日はチビも連れて空港まで祭ちゃんを迎えに行こうよ、」
「祭ちゃん驚くかな、」そう言った藤守の笑顔が眩しくてオレはまた胸の奥から あふれ出してくるものにごしごしと手を擦った。
「羽柴どうしたの?」
「えっああ、すげえ幸せすぎてオレ・・・。」
「羽柴ったら。しょうがないな。」
藤守に不意に抱き寄せられてちょっとカッコ悪さを感じたけどそのまま 藤守の胸に顔を埋めた。
「なあ、藤守、相沢のことだけど、オレは綾野ちゃんの事信じてえんだ。
夜や兄ちゃんはまだ信じてねえみてえだけど。オレは今度こそみんなが幸せに なれるんじゃねえかって信じてる。」
そう相沢もひっくるめてさ、、オレは欲張りだから一人でも欠けるのは嫌なんだ。
「うん。オレも信じるよ。」
そういうと直はちょっと照れくさそうに笑った。
オレたちが相沢に怯えてたのはもう遠い過去のことなんだと思える。
時にその過去に囚われることがあったとしても・・だ。
オレはもう1度布団をかぶったまま藤守に覆いかぶさるとチュっと藤守の唇にキスした。
「・・・藤守・・愛してるぜ。」
藤守はこれ以上ねえってぐらい真っ赤になってたけどやがてオレにしか聞こえねえ
ような声でつぶやいた。
「オレも・・、」って。
フラスコの中の真実1部完結しました。でも1部はまだ序章です(苦笑)
私が書きたいのはここからで・・・。今までのは前フリ?(えらく長い前フリやなあ。)
2部は学と相沢教授が主人公になります。もうしばらくお待ちくださいね。
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