恋する少年

       
  
         



部屋の前で一度大きく深呼吸した有利は思い切りヴォルフラムの部屋の扉をあけた。

「ヴォルフラムいるか?」

ヴォルフラムは有利の声に振り向いたが間が悪いことに
着替えの最中だった。
しかも上半身は何も身につけていない。

「なっ!!ユーリなにを・・。」

ヴォルフラムはいきなりそばにあった時計やら着替えやらを有利に投げつけてきた。

「ちょっ、ヴォルフラム!!」

「お前というやつはなんとハレンチな。部屋に入る時はノックするのが
常識だろ!!」

「わ、悪かったって、。」

とっさに謝ってそのまま扉をしめたものの有利は部屋の外で理不尽さが
湧き上がってきた。

「くそっ、なんでオレがこんな目にあうんだよ。
大体別に着替えぐれえ男同士なんだしどうってことはないだろうっ。
ヴォルフラムの裸なんていつも見てるわけだし。」

有利はぼやきながらため息をついた。
お忍び旅に出かけることが多い有利はヴォルフラムと大抵は同室だった。

ヴォルフラムが『ユーリは僕の婚約者だから同じ部屋になるのは当然
』などといって勝手に同室にしてしまうのが事の次第で。

そんなわけで当然『男同士の裸の付き合い』はある程度あったりする。
もちろんヴォルフラムがユーリに対して熱い好意を抱いてるのは知ってるので
着替えひとつとってもやりにくい。
有利としてはコンラッドと同室の方が気心もしれていて落ち着くのだが。

だがそんなことを一言でも言おうもんなら、ヴォルフラムに「この浮気もの!!」
などと怒鳴られ一日中拗ねられるのは目に見えており、今のところこの打開策は
見つかってない。

有利にはヴォルフラムのことでもうひとつ理不尽なことがあった。
旅から帰ってきてからというものヴォルフラムは毎晩といっていいほど、
有利のベッドに潜り込んでくる。

有利は寝る前いつも警戒して、鍵だって内側から何重にも閉めるのに
いつの間にかヴォルフラムは入り込んでいるのだ。

これには城の女中たちの(陛下とヴォルフラムをくっつけようとする)
手回しがあるのだが、もちろん有利はそんなことは知る由もない。

有利は寝相の悪いヴォルフラムに蹴飛ばされたり、寝ぼけた
ヴォルフラムに抱き枕みたくにぎゅっとされたりと自分のベッドで
あるにかかわらず肩身の狭い思いをしなくてはならなかった。





こんなことになったにも、すべてヴォルフラムと婚約していまったのが原因で
『結婚の件だけでなく今日こそは婚約ってのも解約してやるっ!!』
と決意した時、ヴォルフラムの部屋の扉が遠慮がちに開いた。


「ユーリ、その先ほどはすまなかったな。」

顔を出したヴォルフラムは先ほどとは別人のようにしおらしかった。
こんな風に下手に出られると有利も先ほどの決意はどこにやら行ってしまっていた。

「いや、まあオレも悪かったし。」

「それより、ユーリ、お前がここにきたのは婚儀のことだろう?
日はいつにするんだ。私はいつでもかまわないが・・。」

ヴォルフラムは微かに頬を染め今まで見たこともないほど幸せそうに
微笑んでいた。
有利の良心はぎゅっと痛んだが自分の人生がかかったこの選択を
譲るわけにはいかなかった。


「ヴォルフラムそのことだけど・・・なかったことにしてくれないか。」

笑っていたヴォルフラムの表情がゆらいだ。

「冗談だろ?ユーリ、わかってるんだからな。私を驚かそうと思って・・。」

「そうじゃないって。」

有利は居たたまれなくなって怒鳴っていた。

「ごめんな、ヴォルフラム。もう一人のオレが言ったこと、オレ覚えてないんだ。
覚えてないからって、なかったことにしてくれってのは、オレが絶対悪いよ。」

有利は言葉を続けながらヴォルフラムの表情がこわばっていくのが
わかって必死になって言葉を捜した。

「結婚以外のことだったらオレどんなことでもヴォルフラムにしてやるから。
それにヴォルフラムだって気づいてるんだろ?
オレはヴォルフラムのことそんな風に思えないんだ。
こんなオレと結婚したってヴォルフラムも幸せになれるはずが・・。」

そこまで言った瞬間有利は目の奥で火花が散ってような気がした。
激しい頬の痛みを感じたのはその直後だった。
ヴォルフラムに思いっきり殴られたのだ。

「ユーリのバカやろう!!もう2度と顔もみたくない。」

「ヴォルフラム?」

ヴォルフラムの声は震えていた。おそらく泣いていたんだろう。
ヴォルフラムはそのまますごい勢いでは部屋を飛び出していった。


「待てよ。ヴォルフラム!!」

ヴォルフラムをそのままにしておけなくて有利はその後をすぐ追いかけた。
追いかけても自分に結婚する意志がない限りどうすることも
できないことはわかっているのだが、そうせずにはいられなかったのだ。

やがてヴォルフラムの姿を見失い有利は立ち尽くすように城の中庭で足を止めた。

「これでよかったんだよな?」

自分に言い聞かせるようにそういった有利の胸の奥がざわざわとなっていた。






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