![]() 人目につかないようにホテルを抜け出した君を僕は追いかけた。 追いかけて 追いかけてようやくつかまえた時には、僕の息はあがりスーツには汗がねとついていた。 「進藤 大丈夫なのか。」 「俺もうそんな子供じゃないぜ。」 君はそれだけいうと少し立ち止まって行き先を迷うように視線をさ迷わさせた。 追いかけてきたのに掛ける言葉がみつからない。 だけどきっと今の君には言葉はいらない。 自信過剰かもしれないが、必要なのは僕と言う存在なのだ。 「これから 家に帰るのか。」 「ああ。」 「少し君に付き合いたい」 「家に帰る前に行きたい所があるんだ。」 「僕もそこへ付き合ってもいいだろうか?」 怪訝に僕を見た瞳は難色をうつしていた。 でも彼は僕を拒まなかった。 「何も・・・何も聞かないと約束してくれたら・・・」 「約束しよう。」 無言のままにつれてこられたのは古い佇まいの家の中にある蔵。 「ここ俺のじいちゃん家なんだ。」 それだけ言うと君は仄暗い蔵の2階へと上がっていった。 騒然と並んだ骨董品らしいものの中にいかにも古めかしい碁盤がひとつ。 君はその碁盤に向かい合うとそっと撫でるように触れた。 蔵の窓から小さく入る明かりが 君の横顔を照らし 一筋の涙が頬を伝っていた。 僕はそっと君の肩に手を置いた。 悔しさが中からあふれ出すように君の肩が震えだす。 その肩を包みこむように抱きしめようとした途端僕の腕は跳ね除けられた。 「見ないでくれ。こんなカッコ悪い俺をお前に見られたくない。」 「僕は見てないし聞いてないよ。」 「塔矢?」 「約束だっただじゃないか。」 こらえ切れずに泣き崩れる君を先ほどよりも強く抱きしめた。 本当は聞きたい。本当は君をもっと知りたい。 だが今はいい。ここにいることを許されているだけで・・・それだけで。 泣くだけ泣いてようやく落ち着いたのだろう君が僕の胸からようやく離れた。 うまった隙間が離れていくような寂しさが押しよせる。 「あっ!ってお前のスーツ台無しじゃん」 君の涙で濡れたしみが僕の肩に広がっていた。 慌てて君がポケットをまさぐる。だが、出したハンカチも涙でよれよれになったハンカチだった。 申し訳なさそうにスーツに伸ばされた手を僕はつかんでいた。 そのまま引き寄せて。 「と とうや・・・・?」 ほんの5センチ先にある君。 先ほど胸を貸した時よりももっと近く より強く 別の意識を覚醒したこの胸に押し付けた。 君が息を呑んだ瞬間、 ガラガラと蔵の入り口が開く音に慌てて君が僕の腕を振り解いた。 「ヒカルか いるんだろ。ばあちゃんがお前の好きな柏餅 買って来たから降りて来い!!」 「じいちゃん。今塔矢と一緒なんだ。」 そういった君の頬は赤く染まっていた。 縁側に二人腰掛けて君の遠い目線の先には鯉のぼりが泳いでいた。 「塔矢くんこんな所だけどゆっくりしていったらよいから。」 お茶と柏餅を出してくれた君の祖父がヒカルの目線の先にあるものに気がついた。 「なんだヒカル!お前の鯉のぼりだったら蔵にあるぞ。出してやろう。」 「じいちゃん いいよ。俺もうそんな子供じゃねえし・・・」 子供じゃないと君は先刻もそう僕に言った。 だけど君は戻りたいんじゃないかな。本当は子供に。 思いっきり泣いたり笑ったり何かに焦がれたり たまにはいいじゃないか、子供に戻ったって。 「進藤 僕は君の鯉のぼりを見てみたいな。」 「お前が?」 「そうだな。塔矢君も男の子だし一丁蔵から出してみるか。」 大空に泳ぐ鯉のぼり。 見上げた君の目はうっすらと潤んでいた。 「なんか今日のオレ泣いてばっかだな。」 もう隠す事もしないで腕をごしごしと目にこすりつけると君は恥ずかしそうに言った。 「いいよ。何も聞かないから見てないから・・だから今日の僕のことも見なかった事にして欲しい。」 繋いだ指先が温かい。 忘れない。きっとこうして見上げた空も、繋いだ指も。 負けた悔しさを明日につなげていくために 君が思い出した人を忘れないように・・・。 この道を共に歩いていくために。 にしたような気がします。緋色 ![]() |