空を行く雲






     
太陽が大地から吸い上げた蒸気を空へと導いていく。
それは雲となり空を漂い、
どこまでも どこまでも 風に流され 気の向くまま 赴くまま に
巡りめぐってやがて 大地に還えるまで・・。



『空を行く雲』





和谷から電話があったのは、俺が来週には日本へ
帰ろうという時だった。



「進藤 棋聖戦残念だったな。」


「まあな。でも悔いはないさ。これからだって王星さんとは
打てるし、次に挑戦する時は負けねえから。」

俺は棋聖戦の挑戦者にはなったが王星さんに1勝3敗で負けて
いた。

「ああ。お前すごいよ。王星さんはいまや世界ランキング
5位に入る実力の持ち主だぜ。その王星さんに
1度といえ土をつけたんだから、たいしたもんだよ。」

和谷に褒められて俺は苦笑した。

「でな進藤・・・・」

やや間があった和谷の声色は明らかに落ちていた。

何かを言いそびれているような・・・。

「どうかしたのか和谷?」

「お前日本へ帰ってくるな。」

「はあっ?」

和谷に言われた事が理解できずに俺は聞き返していた。

「帰るなって・・・なんでだよ!?」

「実は3日ほど前にGO GOTV曲が若手棋士の特集を組んで2時間
スペシャルの番組を流したんだ。」

そのことはオレも知っていた。棋聖戦の手合いの最中もTV曲が
取材に来ていたし、日本で近々放送すると聞いていたからだ。

その後の和谷の説明はこうだった。
「北斗杯への道」というタイトルの番組は昨年の北斗杯に出場した
俺と塔矢と社の中継からはじまって今年の予選や若手棋士
たちの活躍ぶりに至ったらしい。

「それで・・・?」

「だがな・・・そのほとんどはお前らの映像だったんだ。
で、今 棋院はえらい事になってる。」

「えらい事って・・・」

「お前がいつ日本へ帰ってくるのかという問い合わせが
殺到してるんだ。昨日大勢の人が棋院に押しかけて、大変だった
んだぜ。

塔矢って見た目だけは相当にいいだろ?」

オレは和谷の皮肉たっぷりな言葉に苦笑した。

「テレビを見たにわか ファンたちがさ、大手合があった昨日
棋院に押しかけてきたんだ。」

「それって 塔矢の所にファンが押しかけたって事?」

「そうだ。」

俺は息を詰めた。

「塔矢は大丈夫だったのか!!」

「それが、棋院の事務員総出で、対局に響くから帰るように
と促したんだけどそれでも収まらなくて、塔矢は昨日
随分追っかけまわされたみたいだ。
とりあえず芦原さんの所にしばらく置いてもらうことになったらしい。
って、これ冴木さんに聞いた話なんだけどな。」

俺はいても立ってもいられない気分になった。

「 俺もさ、女の子たちがアパートに、押しかけられて困ったんだ。」

「和谷も・・・!!」

「そう。だから俺も今日から実家に帰ってる。何かあってからでは
遅いもんな・・・だからさ 進藤もしお前がまだ中国にいられるなら
そっちに今はいた方がいいって。こんな事は長続きなんてしないさ。
悪い事はいわねえ、お前もうしばらくそっちにいろ。」

「ありがとう。和谷、でもさ 俺やっぱ 来週日本に帰る。」

「進藤?」

これ以上塔矢を待たせるわけには行かない。離されるわけには
行かないのだ。

「塔矢だって和谷だって何とかしてるなら俺だって
何とかなるって・・」

「そっか・・・俺もなんとなくお前がそういうんじゃないかとは
思ったんだけどな・・・それと。」

オレは和谷が濁そうとした言葉に問いかけた。

「まだあるのか?」

「お前と入れ替わりに中国棋院に留学するやつが決まったんだ。」

「だれ?」

聞かなくてもその名前はわかっていた気がした。

「越智だ。」

「そっか。」

俺の予想は外れてはいなかった。

「俺また越智とはしばらくお預けなんだな。」

「そうなるな。」

「まあ そういうことだ。気をつけて帰って来いよ。
俺もお前の帰りを待ってるから。」

「ああ。」


その日の夜、日本棋院から電話があって、その内容は
和谷が教えてくれた通りのものであった。

唯一つ注意された事。

それはなるだけ混乱を防ぐため帰国する日を平日に
他人に帰国日を漏らさないようにというものだった。





1話と2話繋がりが非常に悪いです。すみません。緋色


     
      


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