予選のあと


(天空の破片番外編)



     
「4ヶ月 それまでここにはこねえよ。お前と対等に並ぶまで・・」

そう言った進藤に僕は何も言い返せなかった。
対等に並ぶまで・・・


僕の背を追う君がうれしくもあり歯がゆくもある。

4ヶ月間か・・・。
君がプロ試験に望んだ時のようだと思う。


君など眼中にないと強がりながら君がプロになるのを望んでた。
君がここまで来るのを僕はずっと待ち望んでいたんだ。


失望し 何度も諦めようとしたはずなのに
それでも振り返らずにはいられなかった

君がここに来るのを・・・。











北斗杯予選を終えたあと会場の入り口で塔矢が空を見上げてた。
いや 俺を待ってくれてたんだと思う。



「悪い 和谷 先帰っててくれる?」

「ああ、また明日な。」

俺と塔矢を見比べて和谷は唇をかみ締めてその場を後にした。



「待たせたな。塔矢」

「ああ。特に今の一局はね。」

「俺今日の社戦 すげえ手ごたえ感じたんだけどな。」

「だから余計に長く感じたんだ。行こうか。」

「うん。俺今日はお前にとことん付き合うよ。」

「それなら、僕の家で打たないか?」



肩を並べて歩きはじめた俺と塔矢・・・、俺はこの時
ようやく塔矢に認められた気がしていた。







塔矢の家に来てからもう何度打ったか覚えてないほど
対局している。

さすがに昼間からの疲れでさっきから眠気に襲われてる。

お前 長考しすぎ。

生あくびをかみしめて ん〜と伸びをして。


塔矢が右下スミに打ってきたら・・・俺は・・・・


思考とは裏腹に催す眠気に勝てなくて誘われるような眠りに
入っていった。

傍に人がいるのが この距離がくすぐったい程に
心地よくて 対局中だっていうのに変だよな・・・俺




ガクッと体がぐらついた途端まどろみから俺は目をさましていた。
目の前にいたはずの塔矢はいない。

盤面は俺の手番で止まったままだ。

「塔矢 お前の・・・番」


そう言いいかけて俺は慌てて立ちあがった。
打ちかけの棋譜 少し開かれた窓からは風でたなびくカーテンと
月明かりだけがのぞいていた。

フラッシュバックするあの日の記憶・・・。なぜ?


苦しくなる胸を押さえ込み俺は部屋から飛び出していた。

塔矢がいなくなるはずなんてない。絶対ない。


力いっぱい隣の部屋の障子を開けたが塔矢はいない。
トイレかもしれない。



「塔矢・・・」

トイレを殴るように叩いて でも 気配はなく
手当たり次第に俺は部屋を叩いて回った。


嫌だ 嫌だよ 塔矢 返事してくれよ。


呆然と立ちすくんだ俺の背後から音が聞こえて振り返る。



「進藤?どうかしたのか。」

いつもの塔矢の声。

「なんでもない。」

俺の声は震えてた。












テーブルの上には二人で食べ散らかしたお弁当の包み。



この数ヶ月分のいや君との距離を埋めるようなつもりで
時間も忘れて対局していた。


気がつくと君は碁盤の前で眠そうにうつらうつらと眠りこけていて、
安心しきったような君の寝顔にはまだどこか幼さが残っていた。





布団を引いたほうが良いだろうと僕はその場を立ち上がった。
無防備な君に手を伸ばしたい衝動に駆られそうになったのだ。



窓を開けて少し頭を冷やしてから布団を取りに2階にあがった時 
君が僕を呼ぶ声が聞こえたような気がした。


階段から慌てて駆け下りようとしたらただそこに立ちすくむ進藤がいた。



 「塔矢・・・」


確かにそうつぶやいた進藤の声は泣いてるんじゃないかと思うほど
震えていた。


「進藤 どうかしたのか?」


「な なんでもない・・」




何もなかったように取り繕ろおうとする君。
また僕の立ち入れないことなのだろうか。


いつも君に近づいたと思ったらこうだ。



「疲れたんだろう。こんな時間までつき合わせて悪かった。
今日はもう寝よう。」


僕はそういうしかなかった。

客間に布団を運びいれると進藤と目が合った。
それはほんの一瞬の出来事で、誤魔化されるように逸らされた。

お互い何もなかったように取り繕って、僕は布団を置くと後ろ髪ひかれながら
部屋をでようとしたところで呼び止められた。


「塔矢待って。」

僕は君がそういうのを待っていたような気がした。


「俺がお前を追う限り俺と碁を打ってくれるか。お前のライバルだと認めてくれるか。」

何を言うのかと思えばと・・僕は小さく息をついた。


「当たり前だろう。君が望むなら僕はいつだって受けてたつよ。」

「うん。」


硬かった表情が和らぐ。
それが君の欲しい言葉だったのだろうと思うと少し安堵した。


「僕も 君に聞きたい事がある。」


また表情を硬くした君に心の中で
佐為のことじゃないっと言い訳して自分を誤魔化した。


「もう 2度と碁を辞めるなんて言わないか、
君の碁を否定しないでくれるか。」


大きく見開いた進藤の瞳は本当に泣き出してしまうんじゃないかと
思うほどに揺れていた。


「言わねえよ。」

「それを聞いて僕も安心したよ。
君を待ったかいがあったと思ってる。」

君の瞳に落とす影が胸を締めつける。

いっそこのまま君を抱きしめてしまえたらどんなにいいだろうと思うのに
僕はその一歩を踏み出せない。



 
「塔矢 俺 いつかお前を追い越す。絶対
追い抜いてみせる。その時はさ、俺お前の事待っててやるから。」

「そういうことを言うのは僕を追い越してからにしてほしいな。」

「確かにそうだよな。」



でも嫌じゃなかったんだ。
それは君がずっと僕とこの道を歩いていくということだろう。




ひょっとすると僕も君も同じ事で悩んでいるのかも知れない。

君の傍にいたい気持ちを押しとめてようやく僕は部屋を退出した。

「おやすみ」とつぶやいて。



                   

                                                              2005 1 14  堤 緋色

                               
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