あれから僕は少しでも時間を見つけては進藤の元へと通ってる。
進藤はもう僕に帰れとは言わなかったがそれ以上に会話が
続く事もなかった。
僕が病室で進藤と過ごすのはせいぜい10分程度。
それでも僕は時間が許す限り病室に通い続けた。
その日病室の扉を開けると進藤はノートパソコンに向かっ てネット碁を打っていた。
進藤の邪魔にならぬようPCを覗き込む。
チラッと進藤は僕を見あげたがその真剣なまなざしはすぐに 対局に向かった。
進藤の相手はZERUDA・・・相手はプロだと察しがついた。
進藤相手に互角に対局している。
進藤の手番になり僕は息をのんだ。
彼の登録名がsaiになってたからだ。
進藤が意図してsaiと登録したのだろう。
相手のZERUZAが投了してきた直後、相手からチャットが 入った。
>>お前誰だ?
進藤はしばらくその画面をみつめたあと
結局それには返事せずPCを閉じた。
「進藤 ?」
僕が呼びかけると彼はふっと肩の力を抜いた。
「今の俺の相手和谷だったんだぜ。」
得意げに進藤はそういった。
「ZERUDAは和谷くんか。僕も彼とネット碁で打った事 があったけど気づかなかったよ。ところでどうして君の 登録名はsaiなんだ。」
「ああ これ?この名にすると、和谷が気づいて対局申し込んで くれるんじゃないかと思ってさ。」
そういえば以前 和谷がネット碁でサイと対局したというのを 聞いたことがあって僕は納得した。
「それに俺この名で登録してから負けなしなんだよな。やっぱ
佐為の最強伝説は引き継がねえとな。」
こんな風に自然とサイの名が進藤から出たことも僕には
驚きだった。
「じゃあその伝説を僕が破ろうか。」
「お前が?」
進藤は不敵な笑みを浮かべた。
「不服でもあるのか?」
「いいや。元5冠の俺がいつでも相手になってやるぜ。 塔矢 アキラ8段。」
冗談ぽくそういった進藤は元5冠でなく いまでも5冠だ。
現在緒方が名人のトーナメントを勝ち進んでいて不在になった
進藤の名人の座に就きそうな勢いだがそれでも名人は進藤だと
僕は思っている。
「今度塔矢先生ともネット碁の約束してるんだよな。俺」
「父さんと。それいつ?」
「来週の水曜日だけど。」
その日は僕は大阪で手合いがあった。
「残念だな。その日は仕事だ。」
「そっか。今度お前が来た時に棋譜見せてやるよ。」
ここに通いだしてから進藤がこれ程僕に話しかけてくれたことは
なかった。
しかも何気ない言葉でここにいる事を許されているのだと
理解した。
「進藤疲れてるんじゃないか。」
数時間に及ぶネット碁の影響か進藤の顔色はすぐれては いなかった。
「ん ちょっと疲れたかな。碁を打ってる時は何でもないのにな。」
「すまない。僕のことは気にせず横になったらいい。」
しばらくすると静かな寝息が聞こえてきて僕は布団の上に置かれた
進藤の指にそっと触れた。
温かいその指を僕は両手で握り締めた。
この指を何度も見てきたはずなのに触れてきたはずなのに
僕は今初めて本当に触れたような気がしていた。
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