大地へ


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※ここまで書いといてなんなんですが、北斗杯本番場面はなしです(笑)

     
2年目の北斗杯が終わった。

終わったといってもまだ明日 韓国×中国戦が残っているのだが
俺にとっては終わったのだ。


結果は韓国に2勝1敗 そして中国に3勝・・・俺も塔矢も負けなし
で和谷は秀英に負けたが楽平に勝って日本チームの優勝は決まった。


俺はようやく塔矢との約束を果たす事が出来たのだ。

倉田を含む4人のメンバーで取った夕食は終止和んでいた。
部屋へ戻る途中和谷とわかれた所で塔矢と二人きりになって
先に声を掛けてきたのは塔矢の方だった。


「進藤 少し話がしたい。僕の部屋にこないか。」

塔矢の瞳は真直ぐに俺に向けられていた。中国から帰ってきてはじめて
俺に向けられた瞳。

「ああ。」


塔矢の後に続き部屋に入る。心臓の音がドキドキ早くなる。
しらずしらずに期待してしまう自分が恥ずかしい。

先に塔矢が奥のイスに腰掛けたので俺も向かいのイスに腰掛けた。

「進藤 君はまた中国に戻るのだろう。」

「ああ。」

「その前に僕と対局する時間は取れないか?」

真剣な塔矢の瞳に俺は首を横に振った。

「対局だけど3週間ほど待ってくれねえ?」

「・・・?」

怪訝な表情をする塔矢に俺はなぞをかける。

「わからねえ?」

「若獅子戦!?」

「そう。俺若獅子戦に出るために3週間こっちに残る事にした。
お前5段になったって聞いたしさ。来年6段にもなっちまったらもう出てこない
だろう。今年はなんとしてもお前の4連覇は阻止しないとな。」

「君の中国での活躍も聞いているよ。碁聖戦の挑戦者になったんだってね。」

そう、その挑戦者最終リーグのせいで俺は北斗杯の日本入りがぎりぎりに
なったのだ。

「うん。ごめん。お前との約束は1年だったけど俺8月まで向こうにいる。」


会話が途切れて・・・俺はどうしていいのかわからず目線を差迷わせた。
お互いの腹の探り合いのような会話に先に終止を打ったのは塔矢
のほうだった。

「進藤・・・」


いままでの会話とは明らかに違う熱のこもった声で呼ばれて俺は塔矢の瞳を
凝視した。ぶつかった塔矢の瞳の中に俺がいた。

身体を触れられててもいないのに塔矢に囚われてしまったような感覚に
胸が震えた。

「塔矢 俺・・・・」

想いを口にしようとした途端、突然部屋のルームコールが鳴り響いた。

テウルルルル〜

何て間の悪いタイミング。
塔矢が慌てて電話を取りに行く。

「はい・・・和谷くん ええ進藤ならここに・・・。」

相手は和谷のようだ。

「進藤 和谷くんから。」

受話器を受けとる時に塔矢の指に揺れて俺はその温かい
感触だけで心臓が止まりそうになった。

だが・・・

「もしもし・・やっぱり塔矢のとこだったな。仲直りしたのか」

受話器の向こうの和谷の ノーテンキな声に俺はいささか憤慨する。

『何でこんな時に電話して来るんだ!』そう喉まで出かけた言葉
を何とか抑えた。


「何だよ。和谷 用事か?」

「不機嫌だな〜。ひょっとしてまた塔矢と喧嘩してたのか。」

「違うよ!」

見当違いの事を言われて俺はつい怒鳴っていた。

「あのさ、今伊角さんから電話があって、これから楊海さんと
出かけるんだってさ、で俺たちも一緒にどうだって・・・もちろん
塔矢もな。」

俺は塔矢に目線を移した。
瞳が合った塔矢は小さくため息をついて苦笑していた。

しょうがないなとでも言うように・・・


これから塔矢とそうやって出かけるのも悪くないかもしれない。
北斗杯が終わった夜ぐらい俺たちだって羽目を外してもいいよな?

「わかった。塔矢に聞いてみる。時間は・・・20分後
ホテルの前、うん。」

受話器を置いたあと俺は塔矢に事の次第を説明する。
浮かない顔をする塔矢に言葉を付け加えた。

「塔矢 外に出ないと見えない事だって
あるんだぜ。ってこれ塔矢先生からの受け売りだけどな。」

驚いたように塔矢が俺を見た。

「父さんがそんな事を君にいったの?」

「そうそう。碁ばかりしてたら駄目だって。俺先生に 結構いろいろなとこ
連れて行ってもらったんだぜ。」

「君は何をしに中国へ行ったんだか。」

言葉はきついが塔矢の口からは笑みが漏れている。

「お前にそう言われないように随分がんばったつもりだけどな。」

俺がそういった後、お互いを見合わせて噴出した。こんな感じも悪くないって
思う。

「そろそろ 行こうか。」

そう先に言い出したのは塔矢の方だった。

急速に解けていくお互いの距離を感じながら俺は立ち上がった。





なんだか今日の夜は長くなりそうだ。

     
      


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