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 【first love 】から【絆】

        〜そして未来へ01


     
棋聖戦 最終リーグ〜



ヒカルは盤面から一端顔を上げると対局者の顔を見た。
見飽きたほどに毎日見てきた顔が碁盤を越えた向こうに
いる。
何千、何万回と物覚えがつかないころから打ってきた相手だ。
だから全てを知り尽くしていると思っていた。
けれど違っていた。
こうやって公式戦で打って初めてわかったことがある。


親父は強い。


ヒカルは天井を仰ぐとぎゅっと目をつぶった。そうしてうなだれるように
表情を落とす。

「負けました。」

碁盤の向こうの相手がふっと長いため息を吐き出した。

「進藤本因坊、ヒカル先生お疲れ様でした。」

親子での初公式戦の場面は囲碁ファンたちの関心も
高くまだ最終予選リーグだというのに囲碁関係者や同門のプロ棋士も
多数観戦に来ていた。
また進藤家は本因坊家といわれるほどの囲碁の名門家でもあり
この親子対決は囲碁関係者だけでなく各界からも注目を浴びることに
になった。

碁石も片付けそろそろ記者たちが対局室になだれ込みそうな様子を
見て本因坊がヒカルに言った。


「ヒカル今日はこっちに帰ってくるんだろう。久しぶりに2人で
ラーメンでも食いにいくか?」

観戦者から思わず笑いが溢れたのはあまりに本因坊の台詞がその場に
似合わなかったからだ。

ヒカルは苦笑した。

「帰ったら打つからな。」

「ああ、いつでも来い。返り討ちにしてやる。」

「ふん、後で吼えづらかくなよ。」

子供っぱい負け惜しみだとわかっていてもヒカルは父にそういった。
本当は悔しくて、悔しくて涙がでそうだった。

今のヒカルはだれにも止められぬほどの勢いがあったし、
勝つつもりでいたのだ。相手が本因坊であろうと、名人であろうと。

そんなヒカルを本因坊は眩しそうに見つめた後、ヒカルの
金の前髪をぐしゃぐしゃとかき回した。

口には出さなかったが本音を言えばここまで来た息子がただ嬉しくもあり、
健闘をたたえてやりたかった。

「親父、オレはもう子供じゃねんだからな」

ガシガシ掴まれた髪を振り払ったヒカルを本因坊は笑った。

ヒカルはもう19になっていた。
確かにもう子供といえる歳ではない。

だが。本因坊にとってヒカルは
いくつになろうが大人になろうが自分の子供だ。

「ああ、そうだな、」

本因坊が少し寂しそうにそういうと一斉に押しかけてきた記者たちが
2人にインタビューを始めたのだった。





2人が取材陣から解放されたのはそれから1時間後のことだった。
小型の携帯電話をポケットから出した本因坊は着信されたメッセージを
苦笑しながらヒカルに伝えた。

「母さんがご馳走作って待ってるってさ、」

「しょうがねえな。ラーメンは今度にしてやるよ。」

「ヒカル家に帰ってくるんだな?」

念を押すようにいわれてヒカルは返事のかわりに小さく頷いた。

「そうか。」

嬉しそうにそういった本因坊にヒカルは小さくため息を洩らした。

ヒカルは1年ほど前(学園を卒業して)からアキラと一緒に暮らしていた。
本因坊は2人の関係を知っていたがアキラとの同居に反対しなかった。

だからと言ってアキラとヒカルの関係を容認してるわけでも黙認している
わけでもない。
どんなに反対しようが今のヒカルを引き止めることなど出来ないことを
本因坊自身が一番わかっていたのだ。





丁度1週間ほど前の事・・・。
ヒカルがアキラと喧嘩して同居するマンションから飛び
出して来た時も本因坊は何も聞かなかった。


ただ「お帰り」といつもと変わらず笑顔で家に迎え入れただけで。
ヒカルはそんな父親の優しさがありがたくもあり辛くもあった。

『(アキラとの関係に)本当にこのままでいいのか?』っという想いが
大人になるにつれ序所に大きくなっていった。

だがその想いとは裏腹にアキラへの想いはますます募っていく気が
した。
おそらく今の自分は子供の頃「アキラを好き」だと自覚したあの頃より
ずっとずっと好きだとはっきりいえる。

こうして会えない日々が続くとイライラして自分を持て余してしまうほど。
顔を合わせばいつも口論になるというのに。


ヒカルは棋院の1階のロビーで唐突に足を止めた。少し前を歩いていた
本因坊が気づいて足を止める。

「どうした、ヒカル?」

「親父、先行っててくれる?資料室に・・・。」

ヒカルは語尾を誤魔化したが本因坊はそれに頷いた。

「わかったロビーで待ってる。」

「すぐ戻ってくる。」


     





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