アキラとヒカルが園長室に呼び出されたのはお昼休憩の最中だった。
「塔矢くん。君は今日から正式にここの生徒になった。」
そこまで前置きして剛は書類をアキラに手渡した。
「君のご両親から承諾書を頂いてきた。」
剛の言葉にアキラは息を呑んだ。
「父に会ったのですか?」
「ああ。君の事を頼むと言われたよ。
それから・・君のお母さんからこれを預かってきた。」
小さな包みを受け取るとアキラはそれをそっと開けた。
中にはアキラの通帳や印鑑 に日用雑貨などが
入っていた。
彼女の思いを受け取るとアキラの表情が翳る。
気丈な彼とてまだ13歳の少年なのだ。
「お二人とも君の事を心配されていたよ。
報告がてら今すぐお礼の電話をしてきなさい。いいね。」
退出するアキラを心配そうにヒカルが見送った。
そして残るもう一人.。
「ヒカル お前は学園に入れるわけにはいかん。今日の夕方には
家に帰りなさい」
「何でだよ。」
案の定 剛の言葉にヒカルが噛み付いた。
正夫は承諾書にサインをしなかったのだ。
「土壇場になってお前の親父は渋った。」
「渋ったって?」
「お前みたいな出来の悪い奴は俺でないと師匠が
つとまらないといって承諾書を破ったんだ。」
「親父が・・・?」
実際のところはちょっと違う。
いざ承諾書を前にして正夫は泣きだし・・サイン出来ないと
言い出したのだ。
ヒカルは親父に渡せないと。
自分のかわいい息子で弟子だから誰にも渡したくないと言いだした正夫。
全く聞いて呆れる程の親バカぶりだ。
あんな奴が自分の息子で最大のライバルだと思っていた自分が情けない。
だがそう思う反面ほっとしている剛でもある。
昨夜この二人が同じ部屋で過ごした事はなんとなく察しはついていた。
なまじ一つ屋根の下で過ごせば恋人どおしの二人だ。
何が起こってもおかしくない状況で、責任を持って預かるといった以上この二人を
一緒にいさせるわけにもいかないとも思っていたのだ。
「 でもさ、俺 春休み中はここにいてもいいだろう?」
「ダメだ。そういう規律の乱れる事は講師といえど認めるわけにいかない。」
剛はぴしゃりとヒカルの頼みを閉め出した。
「でも・・・俺塔矢の事心配なんだ・・・。」
「塔矢くんは大丈夫だ。彼なら直ぐにここの生活に慣れる。だからお前は帰りなさい。」
ヒカルにはそれ以上反論する余地ははなく
やむなく部屋を退出しようとしてポツリと呟いた
「俺も破門にされればよかったのに・・・。」
「ヒカル お前は名人の気持ちがわからないからそんなことが
言えるんだ!」
どんな気持ちでアキラくんを手放したのか 不本意にも剛に
大事な一人息子を預けた行洋の気持ちなどヒカルにわかるはずなどない。
「ああ、俺には名人の気持ちなんてわかんねえよ。でも 塔矢の気持ちだったら
わかるさ。あいつは必死だよ。親父に認めてもらおうと思って
一生懸命で・・・だのに名人の方こそあいつの気持ちなんかわかっちゃいないんだ。」
「ヒカル・・」
一喝したつもりでヒカルにかえされた言葉に
剛は昔の自分と父を思い出していた。
父としての自分でなく・・・子供としての剛。
大好きだった父。
父は自分に碁を打てとは一度も言わなかった。だが、少しでも父と同じ
時間を共有したくて認めてもらいたくて碁を打った。
自分への父の愛情があの男より劣っていたとは思わない。
母への愛情だってそうだったと信じている。
たとえ今父が眠る場所があの男と同じ場所であっても。
行洋と対峙しても堪えた涙が剛の頬をつたっていた。
ちょいっと一服
ヒカルのおじいちゃんの名前ですが当初平八にしていたのですが
原作とは一脱したくて剛(ごう)と言う名にしました。
ヒカルが自分の子供に名づけそうな名前だと思いませんか?
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