First love 番外編3




     
いつも塔矢と待ち合わせる児童公園。


夜の8時を過ぎれば犬の散歩かジョギングのおばさん
ぐらいしか人通りのない公園に俺は入り込んで
しゃがみ込まなければ入れないような土管の
中に逃げこむと膝を抱えた。


なにやってるんだろう 俺・ ・・
今日は塔矢と待ち合わせをしたわけじゃない。


塔矢とはプロ試験に合格するまで個人的に
会わないでおこうと約束したんだ。

お互いの目標は一緒でも俺と塔矢は碁盤を挟めば
ライバルで、そんな俺がプロ試験26試合目にあいつに
負けて土をついてから俺の碁の調子は明らかに狂っちまって。


そして今日俺は院生の時に俺より格下だった相手に
負けて3敗し、もう後がない状態に追い込まれてしまったのだ。



塔矢は今日プロ試験に合格が決まったっていうのに。


「本当に俺 何やってんだろう・・・。」






この間塔矢とここであった時に、この土管の中でキスをした。


年甲斐もなくはしゃぎまわって公園内を駆け回って鬼ごっこをして
そして塔矢にここで捕まえられて塔矢の唇が近づけられ
そのまま俺と塔矢は・・・


何度もそのことを頭の中でまき戻し思い出しては頬を赤く染め
鼓動が早くなって、幸せな気持ちに浸った。

だが今はそれすら思い出せないほどに俺の気持ちは消沈していた。

「一緒にプロ試験に合格しよう・・・・ 。」
その重みを知らずに俺自身が塔矢に約束した言葉が今の俺にのし
かかる。



なぜだろう。あと2戦・・・とても勝てる気がしない。

ここで待ってても来るはずのない塔矢を待ち、そしてあの時の思い出に
すがり付こうとする俺に嫌気がさす。



『帰ろう。こんなことやってたってダメだ。俺らしくねえ。今すぐ帰って
親父に稽古つけてもらおう。』

土管の端まで来て顔を上げた時に人の気配に気がついて俺は
息を呑んだ。



「進藤!?」

「なっっ!?」


塔矢の声!!
あまりに驚いて立ち上がった俺は土管の角に頭をぶつけて。

「アイッテテ・・・・」

「進藤 大丈夫か?」

心配そうに聞いてくる塔矢に俺は何とか返す。

「もう 驚かすなよ。いつも突然なんだよ。お前は。」

「突然は君だろう。さっき君のお父さんから電話があったんだ。
君が行っていないかって。」

「親父が・・・?」

俺は塔矢の家にいく事はほとんどない。何より名人に嫌われていて
家には入れなのに何故?
俺の心の声が聞こえたように塔矢が答えた。

「今日父は地方に行ってるんだ。」

「そうなんだ。それで親父も・・・・」


途切れた会話がなんとも悪い間をつくる。

俺は今日塔矢にプロ試験合格の祝いの言葉さえ
言ってなかった事をおもいだした。


「塔矢 プロ試験おめでとうな。」

「少なくとも今の君にそんなことを言われたくないな。」

厳しい塔矢の声に俺は俯いた。

「ごめん。今の俺じゃお前のライバルとして失格だよな。」

「君は僕のライバルとして 失格なのか?本当にそんなことを
思っているのか・・・」

ますます塔矢の怒りが募って俺はどうして良いかわからず目線を
彷徨わせた。


「だって俺は今日で3敗して・・・」

「僕はそんなことを言う君は嫌いだ。」

「と 塔矢・・・」

嫌いといわれた言葉に俺の胸がズキンとうずいた。

「そんな弱気な君など見たくない。こんな所で何をしてるんだ。
必ず僕のところまでこい!!」


冷たくさめた物言い。
でもその塔矢の言葉には熱い想いが込められてる。



必ず僕のところまで来い!!

塔矢に言われて目が覚めたような気がした。背を向けて立ち去ろうと
する塔矢に俺は大声を上げた。



「塔矢 俺 残り2戦絶対落とさない。約束する。そしてお前と一緒にプロに
なる。絶対なってやる。」





塔矢は一瞬立ち止まったが振り返りはしなかった。












プロ試験最終日・・・全勝の僕は今日の勝敗で合格が決まる君を
ロビーで待つ。

心配などしてはいない。君は必ず来る。
僕は手をグーに握り締め彼が僕の所に来るのをただひたすらに待った。



近づいてくる足音に僕が目線を上げると晴れやかな笑顔の
君と目が合った。


「塔矢 俺合格した。 心配かけてごめんな。」

胸にこみ上げる想いが溢れて詰まりそうになる。
強がっていてもぬぐい切れなった不安が解けていく。

「心配などしていない。僕は君を信じてた・・・。」

「とうや・・・」

どちらとも言わず駆け寄ると肩を抱いて泣いていた。


「進藤 おめでとう!!」


「ありがとう 塔矢・・・」




人の目も気にせず抱擁を交わす二人が周りにどのように映ったかは
疑問だが、そんな二人をシャッターチャンスとばかりに
取った記者がいたことは後日 知る事になる。






後日談 ・・・



本因坊(ヒカルの父)は自宅に送られてきた週刊囲碁を見て
眉間に皺を寄せた。

「何だこれは!!」



週間碁のトップの見出しにはでかでかと


【塔矢名人長男 塔矢アキラ 進藤本因坊 長男 進藤 ヒカル
そろってプロ試験合格!!感激の抱擁 嬉し涙。



・・・の文字が躍る。その隣には二人が抱擁を交わす
微笑ましい??写真が・・・


そしてその隅に【進藤本因坊 王座のタイトルを獲得
これで3冠 】の記事が押し込まれるように小さくまとめられていた。



「新初段の癖にオレより取り上げられるなんて生意気な!!」  


座っている本因坊の背中に乗りかかるようにヒカルがその記事を
覗き込む。


「あっ、俺と塔矢じゃん。なになに・・感激の抱擁 嬉し涙
だって ハハハ何か照れくせえな。」

あわてた本因坊が週刊誌を折りたたむ。

「何だよ。親父見せてくれたっていいだろう。ケチ!」

「やかましい。」

「全く俺より記事が小さかったからって子供なんだから。
そんなんじゃ直ぐに俺に追い越されるぜ!」

それにはさすがに本因坊も怒り心頭したようだった。


「誰だ。プロ試験に落ちそうだから 稽古つけてくれって
泣きついてきた奴は。いったい誰のお陰でプロになれたと思ってるんだ。」

「そんなの俺の実力じゃん、碁は親の7光りじゃプロになれない
んだからな!」




悪びれもせずそう返したヒカルに本因坊がくるりと向きなおすと
ヒカルの背中を捕らえた。


「お前と言うう奴は・・・・」

本因坊の卍固めが見事に決まる。

「いててて・・・親父痛いって〜」



二人の様子を見ていた母さんが困ったように頬づえをついた。



「二人とも本当に子供なんだから」と。






first loveの番外3話はのほほんな感じですが絆は大人に向かっていく
二人の葛藤です。ちょっと一休み・・・(笑)