First love 番外編1
「もう 君とは検討しない。」
アキラは自分が言った言葉に胸がずきりと痛んだ。
つい売り言葉に買い言葉で過ぎたのだ。
だが、言ってしまった事を引っ込める事も許せなかった。
それでもヒカルが否定してくれる事を望んでいたのに・・・。
「なんだよ それ・・・わかったよ。俺ももう2度とお前とは
打たないし ここにもこねえ。」
ヒカルにしてもそんな事はできっこないからこそ口からついた
台詞だった。
お互いまだまだ我侭で、気持ちを譲れない不器用な子供なのだ。
部屋を出て行くヒカルを追いかけることも出来ずアキラは唇をかんだ。
きっかけはほんの些細な事だった。
昨日の名人戦3戦目で互いの父が打った棋譜を検討
していた事からはじまった口喧嘩だった。
父であり師匠である父の肩を持つのは当たり前といえば
当たり前で しかもこれがタイトルを掛けた7番勝負ともなれば
その意味は大きかった。
ヒカルもアキラも大好きな父の1手が一番で譲れなかったのだ。
「塔矢のバカ! せっかく今日は楽しみにしてたのに。・・・」
ヒカルは久しぶりに会うアキラのために自分なりに
服にも気を使ったつもりだった。
新作のナイキのスニーカーにビンテージもののジーンズ
親父が遠征でお土産に買ってくれたものはまだ小学生のヒカル
にとって カッコよく動きやすくて 自慢できるものの一つだった。
けれど、アキラには全く興味がなかったらしい。
それもヒカルを落胆させる要因になった。
結局 二人の興味を引くものは碁でしかないのだ。
ヒカルにとってはじめて訪れた塔矢の家だった。
名人に似て厳格なたたずまいに少し気後れしながらも
ヒカルは案内されるままにアキラの部屋に入った。
二人きりの塔矢の部屋にずっとドキドキ胸が高鳴っていた。
ひょっとしたらキスをするかもしれないと歯の裏側まで洗ったのに・・・。
胸躍るおもいで出かけた朝とは裏腹に帰り道のヒカルの気持ちは
苛立ちと沈んだ気持ちでいっぱいだった。
ヒカルは家に帰ってすぐにパソコンを立ち上げた。
だが期待した相手からのメールはなく落胆を隠せないヒカルはイライラを
募らせながらPANネットに繋いだ。
手当たり次第対局相手を見つけては容赦なく叩きのめにした。
素人相手だろうと 子供だろうと。
そのうち 誰も自分の相手をしてくれなくなりぼんやり画面を眺めた。
『塔矢と打ちてえ・・・』
誰と打っても生まれない高揚感。
『もう2度と打たない 』
何でそんなことを言ってしまったのかもう思い出せなかった。
お互い何かが足りなかったのだ。
ヒカルがPCの電源を落とそうと思った瞬間対局申し込みが入った。
画面には初めてみる名前。登録名は 「HIKARU」 だった。
初心者なのだろうか?希望は13路盤だった。
HIKARU ・・・自分の名と同じ見知らぬ者に惹かれヒカルは
対局を受けた。
いつもより随分小さく感じる13路の世界。
吸い込まれていく時間はあっという間に終わっていた。
ヒカルの半目負けで終わった対局。
ようやくヒカルは棋譜をなぞり相手の強さに気づいたのだ。
『まさか・・・』
対局相手のHIKARUからチャットが入る。
HIKARU>>相変わらず強いね。直接打ちたかったよ。
胸がきゅうと締め付けられる。HIKARUはアキラだ。
SAI>>さっきまで一緒だったのに。
思わず漏れた本音。少しでもアキラに近づきたくて ヒカル
は冷たいモニター画面に手を伸ばした。
HIKARU>>悪かった。思ってもない事を言って。
本当は君に会えてうれしかったんだ。
あの服だって僕のために着てきてくれたんだろう?
もっと君と一緒にいたかった。
気づいてたんだ。さっきはそ知らぬふりをして興味も持たないような
そぶりだったくせに。
そう思った瞬間ヒカルの胸からどうしようもない熱い想いがこみ
上げてきた。
SAI>>俺もお前に会えてうれしかった。 塔矢に会いたい。2度と
打ちたくないなんて もう言わないから。
思いを打ちこんだあとアキラからの返事を待つ時間がすごく長く
ヒカルには感じた。
HIKARU>>来週の名人戦4戦目に会える?
ヒカルの胸の中の靄がすっと晴れていく。来週アキラに会えるのだ。
SAI>>うん。じゃあ今度は俺ん家で。
PCを閉じた後もヒカルの心は高鳴ったままだった。
アキラに会えるんだ。
浮き沈みの激しいアキラとヒカルの恋はまだ始まったばかりだ。
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