First love 12





     
金曜日の登校日・・・僕は図書室から出てきたところで
進藤に呼び止められた。

「塔矢。」

「進藤!!」



学校には来ないものだと思っていた彼がここにいる。
ひょっとして僕に会いに来てくれたのかと思うとうれしくなって
傍に駆け寄ると進藤は戸惑いがちに下を向いた。



「もう学校には来ないものだと思ってた。お昼からの自由時間
一緒に碁を打てる?」

だが僕の誘いに進藤は頭を振った。

「塔矢 ごめん。俺すぐもどんなくちゃいけないんだ・・・」


それなのに何故彼が学校に来たのか僕はわからなくて
首をかしげる。


「あのさ、塔矢にこれを渡そうと思って、」

彼は頬を染めて僕の手に封筒を差し出した。

「これは 君からの手紙?」

「うん。」

封筒に目をおそすと進藤 ヒカルと手書きで書かれた文字が目に入った。
それはお世辞にも綺麗な字と言えるものではなかった。

「ご、 ごめん。俺字汚くてさ。」

「ううん これ今読んでいい?」


そういうと進藤があたふたと慌てた。

「ダメだ。絶対だめ。塔矢その、頼むから家に帰ってから読んで。それじゃあ
俺帰るから・・・」

その場を急ぐように駆けていく彼に違和感を感じながら
僕は封筒に目を落とした。
進藤からの手紙。

内容が気になってとても家までなんて待てそうになかった。
僕は図書室にもう1度入って、その封をすぐに切った。



便箋いっぱいいっぱい書かれた字が目に入る。




 塔矢へ

突然手紙なんてかいてごめん。俺字汚くてカンベンな。
昨日俺 院生になった。だからもう本当に学校にはこない。
お前との事を名人や親父に認めてもらおうと思ったら今のままじゃ
やっぱだめだって、少なくともプロになろうって決めた。


俺な・・塔矢の事好きだ。その男なのにこんな事言って迷惑
だったら俺の事なんて無視してくれたらいい。だけどもしお前が俺と
同じ気持ちだったら一緒に来年プロ試験受けないか?

本当は直接お前に聞きたかったんだけど勇気がなくて手紙にした。
来年のプロ試験でお前の事待ってる。


  進藤 ヒカル





進藤が僕を・・・そう思うだけで胸が熱くなった。
僕はその手紙をポケットにしまうと駆け足で彼を追いかけた。



おそらくこの時間だ。彼のお父さんが迎えに来てくれるのだろうと思うと
地下駐車場 目掛けて走った。

案の上地下の階段を下りるところで彼の姿を捕まえた。



「進藤 待って!!」

「塔矢!?」         

「お前どうした?」

「この間の続きを僕はまだ聞いてない。」

彼は『あっ!!』って言う声を上げて困ったように
下を向いた。今度会った時には必ず次の一手を
考えてくるといった進藤だったが、すっかり忘れてしまって
いたらしい。


「塔矢ごめん。俺 考えてこなかった。」

「いいよ。僕も約束を破った。」

「なに?」

大きな黒い瞳が揺れていた。

「君の手紙を読んだんだ。」

「俺 あの、急ぐから・・・」


頬を真っ赤に染めた進藤がそのまま逃げ出すように階段を駆け降りたと
ころで僕は彼に向って大声を上げた。

「進藤 君はずるい。自分の気持ちだけを置いて僕の返事は
聞いてくれないのか?」

僕の言葉に振り返った進藤は微かに震えていた。


「僕も君が好きだ。出会った時からずっと君に・・・進藤 ヒカルに
惹かれてた。だから君の気持ちがうれしかった。
僕は院生にはならないけれど 君と一緒に来年プロ試験を受ける
そして一緒にプロになる。」


僕はゆっくり階段を下ると立ち止まることなく進藤に近づき
その唇に僕のそれを重ねた。

お互い目を閉じる事もできなかったほどの一瞬のキスだった。
唇が離れた瞬間『あっ』っと進藤が小さい声をあげて、自分の唇を
手でなぞる。
まるで今起こったことを確かめようとするように。


「嫌だった?」

僕の声も震える。
進藤はふるふると顔を横に振った。

「よかった。」

そっと進藤の肩に手を回して、僕は彼の手紙で納得できなかった
事を聞いた。

「それと僕は来年プロ試験がはじまるまで君とは会えないのか?」

強い口調の僕の言葉を進藤が慌てて否定する。

「それは あんなこと 書いてお前に嫌われたらどうしようって思うと怖くて・・・」

「じゃあ。いいんだね。」

無言のうちに大きくうなずいた進藤に僕はもう1度唇を合わせた。





心も体も震えが止まらない。好きな人と触れあう事がこんなにも幸せで
切ない事だと言うことを二人がはじめて知った瞬間だった。






車の中からその様子を全くタイミング悪く見てしまった本因坊は小さくない
ため息をついた。



『名人あなたの危惧されていた通りになってしまったようだ・・・・』




本当にぎこちないキスを交わす二人。切ない想いが伝わって来る
ほど二人が惹かれているのがわかる。


ヒカルの気持ちを止める事なんてはじめからできないと思っていた。
だが、親として望んだのは息子の恋が成就しない事だった。



そして今後この先二人の心が離れて行く事を切実に願っている。



だが、それとは別に祖父が成し遂げなかった想いをこの二人は
遂げてしまうのではないだろうかと思う自分がいる。



その思いは彼の胸の内から消えることはなかった。





                                       完



あとがきです。


二人が同じ出発点だったら・・・それがこのお話を書こうと思ったきっかけ
でした。5年生ということで初々しくお互いが惹かれていく様子をじっくり
書きたかったのですが・・。
続編の「絆」はアキラとヒカルそしてお互いの両親 祖父 そしてもう一人の
塔矢 アキラと進藤 ヒカルが絡んでいきます。