〜このお話の舞台は22世紀・・・今から100年ほど先のお話です。
東京の街は現在よりもずっと整備され街も道も整然とされているようにみえて
人が続けてきた環境破壊は美しい地球を確実に壊し続けていた。
オゾン層の破壊で紫外線の量は100年前の5倍になり
日中普通に出歩くことは叶わない。
雨の日は酸性雨が降り注いだ。
環境破壊の影響で社会や学校の様子も様変わりしていた。
学校の授業は自宅に居ながらにしてテレビのモニターにネット配信
される。小学生でもきちんと単位を取れば他の教科を自由に選択する
ことが可能だ。
だが、ネット社会だけでは人とのコミニケーションが図れず子供たちの体は
軟弱化する一方で、週に1度金曜日だけは学校への登校日が
組まれていた。
だが、この金曜日でさえ自由出席で中にはほとんど登校しない
ものもいた。
金曜日の登校日昼休み前・・・・
アキラは体育の授業で使ったバスケットボールを
片付けるため用具室にいた。
用具室の中の湿っぽい埃くささにうんざりしながらもまじめな
アキラは一人文句も言わずボールを丁寧に並べていく。
突然、用具室の奥でうめき声が聞こえた。
「う〜。これも駄目か・・・」
てっきり誰も居ないものだと思っていたアキラは声のする方を
凝視した。
用具室の奥、マット越しに金と黒の髪が揺れていた。
派手な髪の色。ひょっとして声を掛けないほうが良いだろうかと
思ったが好奇心の方が勝って恐る恐るマットの向こうを
覗き込んだ。
前髪だけ金色に染めているという奇抜な髪の持ち主の
彼はマグネットの碁盤を使って棋譜ならべをしていた。
この棋譜どこかで見覚えがあるような・・・?
アキラは考え込むがどうも思い出せない。
「ねえ。君碁を打つの?」
アキラの問いに彼からの返事はない。
無視されたのかと思ったが、そうではない事はすぐにわかった。
一点だけを見据え石を置く動作には入る隙さえない。
恐ろしく集中しているのだ。
多分目の前の僕は眼中にないのだろう。
僕は余計に彼への好奇心が沸き上がった。
マットを乗り越え碁盤を挟んだ彼の向かいに座ると
彼もさすがに気づいたらしく僕の顔をチラッと見上げた。
すかさず僕はさっきの質問を繰り返した。
「君 碁を打つの?」
「うん。まあ。」
なんとも気のない返事が帰ってきたが気を取りなおして
僕は言った。
「僕も碁を打つんだ。よかったら相手をしようか?」
それではじめて彼が僕の顔を見たので僕も彼の
姿を正面から捉えることが出来た。
髪型は奇抜だが、目が丸くて人懐っこい可愛い顔だ。
しかも風貌からして僕と同じ5年ぐらいではないかと思う。
「お前が?碁を?」
半信半疑に問う彼に僕は微笑み返した。
「これでも腕に自信があるんだけど。」
「フーン。自信あるんだ。」
関心なさそうにいいながらも彼はなおも僕をじっと眺めるとつぶやいた。
「俺 お前とどっかで打ったけ?なんか見覚えがあるんだけど・・・」
「えっ僕?」
彼のような容姿ならきっと一度見たら忘れないだろう。
「いやそれはないと思うけど・・・」
「そっか・・・なら俺の思い過ごしだな。それにしてもお前5年にも
なって校章に名札もしてるんだな。」
彼に指摘されて僕は照れくさくなって頬を染めた。確かに5年にもなれば
付けてるほうが珍しい。
「なになに・・・5年 2組 塔矢 アキラか・・・俺と同じ学年じゃん。
塔矢ってまさか塔矢名人と関係があるとかないよな?」
彼の口から父の名が出てきたことに僕は驚きを隠せない。
「えっ!?名人は僕の父だけど・・・・」
僕の返答に彼もかなり驚いたようだ。
「それ まじかよ。そりゃ俺も気を引き締めないと勝てねえかもな。」
彼の言葉の端々からかなりの自信が伺えた。
彼はマグネットの碁石を片付けると僕に言った。
「互い戦でいいよな。コミは6目半。」
「うん。僕が握るよ。」
「お前が黒だな。」
僕は彼から黒石を受け取ると対局が始まる前に彼に聞いた。
「君の名前を聞いていいかな?」
彼はいたずらっぽい笑みを浮かべると僕に言った。
「そうだな。お前が俺に勝ったら教えてやるよ。」
彼のその自信を僕は心の中で密かに笑っていたのだが、
打ってみてそれが単なる虚勢でない事はわかった。
読みが早いうえに正確でとにかくうまいのだ。ヨセの判断など特に
ミスがない。
頭を下げたのは僕の方だった。
この僕がまさか同じ年の子供に負けるなんて。
しかし驚いたのは彼の方だったようで・・。
「お前すげえや。俺こんなにわくわくした碁を打ったの
久しぶり。途中失着して負けたと思ったんだけど何とか
残ったのが不思議だぜ。」
そういった彼は笑顔が揺れていたが僕の方は失意を隠せない。
「ひょっとして塔矢 落ち込んだ?」
心配そうに聞いてくる彼に僕は頷いた。
「うん。」
「気にするなよ。勝負は時の運なんだぜ。今日は俺が勝ったけど
今度打つ時はお前が勝つかもしれないだろ。それに俺
こう見えても昨年 一昨年 子供囲碁大会全国制覇してるんだ。
その俺がすごいと思ったんだからお前たいしたもんだよ。」
「子供囲碁大会!?って君アマなの?」
大会はアマでなければ出場できない。
彼は頭を掻きながらうなずいた。
「そうだけど。」
これだけ打てるのだ。僕はてっきり院生かいやひょっとしたらプロでは
ないかとさえ思ったのに。
「なぜ?これだけ打てたら君はすぐにプロにだってなれるだろう。」
「それは・・・お前だってそうだろ。」
確かにそうかもしれないが・・・
「俺まだ5年生だぜ。なんって言うのかまだプロってのに縛られたくねえし」
彼が言った事は自分にも当てはまるような気がして、僕もうなづいた。
「いけね、もう こんな時間じゃん。俺帰らねえと・・・」
時計を見て慌てて碁石を片付ける彼を僕も手伝った。
昼からの授業は自由活動の時間になっているのだが・・・
「君は家に帰るの?」
「うん。ちょっとな。親父が迎えに来るんだ。塔矢なかなか面白かったぜ。
たまには学校にも来てみるもんだな。じゃあな。」
「待って・・・君の名は・・・・」
走り去る彼の背を見送りながら僕はもう一度彼の名を聞こうとしてそれを
飲み込んだ。
そうだ。僕は彼に負けたのだった。
僕は彼の名も素性も知らされていない事に今となって気がついた。
なぜ僕は負けてしまったんだろう。
後悔しても仕切れない想いがそこに残った。
冒頭に続き体育していたアキラくんが校章や名札を付けていた時点で妙な
感じだと思いつつ。どう手直ししていいのかわからない緋色です(苦笑) |