一緒に暮らそう

あれから

      



     
目的地が同じなのに一緒に出掛ける事はないし、帰宅だって
わざわざ違うルートを選ぶ。



公私混同したくないという思いは確かにあるが、仕事が終わった後ぐらいは
一緒でも構わないじゃないかと思いアキラは眼下を見下ろした。

飛行機は真っ赤な絨毯を敷いたような雲の上を悠々と進んでいる。
刻々とその姿を変えていく、空の色は神秘的で
『綺麗だ』と、後ろに座るカップルがきゃきゃと写真を撮っているのに
小さくアキラはため息を洩らした。

『君と一緒だったらもっと綺麗だったろう』


ヒカルと同じ時間を共有するのは仕事の時が大半でプライベートで
出かけた事はない。

その上2人で暮らしているわけではないから、
ヒカルは気を使ってる節があり、なかなか触れさせてはくれない。

この五日間こんなに傍にいたのに・・・。
遠いヒカルとの距離にあの頃に戻ったような苦い痛みがアキラを襲った。


これではマンションに隣同士で住んでいた方がよかったかもしれない。

恨みがましい事を思って、アキラはもう1度溜息を吐いた。

それでも家に戻ればヒカルが傍にいると想えば胸が踊る。
君は今頃どのあたりだろうか・・・。








ヒカルは和谷と駆け込むように新幹線に飛び乗った。

「進藤、自由席にしたんだから、もう1本待ってもよかったんじゃねえか?」

乱れた呼吸を整えながら和谷は首元のネクタイを緩めた。

「少しでも早く帰りたいからさ」

「なんだよ、それ」

和谷は呆れたように笑った。
2人は空いた席を見つけると疲れた体をドカッと下とした。

「にしても進藤よかったのか?塔矢と帰らなくて」

「なんであいつと帰えるんだよ」

ヒカルはふて腐れたように口を尖らせた。

「今回は一緒の仕事って言っても、進藤は対局じゃねえんだしさ、そんなに
意地張る必要ねえだろ?オレなんか伊角さんと公式手合いした後だって一緒に
帰れるぜ」

「や、だってオレと塔矢はそういうの無理だから」

「お前が無理だって勝手に思ってんじゃねえのか?
お前らここ五日も一緒に仕事してても
殆ど口聞かなかったろ?オレまた喧嘩でもしてるのかと思ったけど・・・」

思わせぶりにそう言って和谷は苦笑した。

「進藤ただの照れ隠しだろ」

「何でだよ!?」

「塔矢の事意識してる現れだろ。そうやって装ってもさ、
『早く帰りたいっ』て本音が見え隠れしてるぜ?
本当は隣にいるのがオレなんかじゃなく塔矢だったら
よかったなんて思ってるだろ?」

ヒカルは怒鳴るのも疲れて半場呆れたように和谷を見た。

「和谷お前な・・・。
お前こそ、オレじゃなくて伊角さんだったら・・て
思ってるんじゃねえのか?」

「ああ、思ってるさ」

和谷があまりに堂々と宣言したのでヒカルは小さく吹いた。

「お前ら本当にラブラブだよな、ご馳走様」

「それはお互い様な」

ヒカルは和谷にもう言い返す気もなかった。

それから新幹線に車内販売が来て和谷はビールにおつまみ、新幹線の
携帯ストラップまで2つずつ買っていた。

「進藤も買わねえの?」

「ああ、じゃあオレもビールを・・・。」

「違うって、塔矢にお土産をさ」

「なんで、・・・?」

行先が一緒だったやつにお土産なんて買わなきゃならないんだと言う前に
和谷のやつが先にストラップを注文した。

「お姉さんすみません。こっちのストラップもあと二つ」

「はい」

包装された新幹線のストラップを和谷はそのままヒカルに渡して来た。

「こっちはお前と塔矢の分な」

「和谷、おせっかいにも程があるだろう。大体あいつこんなの使わねえぜ」

「まあそう言うなって、こういうのは気持ちだからさ」

「はあ?まあ、うん、ありがたく貰とく」

ヒカルはワザとむすっとして受け取るとふっと溜息を洩らした。
和谷との無言になってヒカルは自然にアキラを想う。

和谷の指摘は結構言い当ててる。

傍にいない、切なさに時々胸が襲われる。
それはずっと日常だった痛みだった。

けれど今は家に帰ればアキラが傍にいる。
今はその痛みに甘さが伴う。

アキラは今頃どこにいるだろう。








東京駅で和谷と分かれて最寄駅に降り立つ時、ヒカルは見慣れた後姿を
見つけた。見間違えるはずがない。

胸が自然と高鳴る。。
偶然、いや、飛行機で帰ったあいつの方が早かったはずだ。

改札を出て一瞬気遅れたヒカルにアキラがほほ笑んだ。

「あっー待ってくれてたのか?」

「うん、ここからならいいかと思って」

「なんだよ、それ」

「本当は君と一緒に帰りたかった」

顔がカッと熱くなっていくのがわかる。それを誤魔化すように声を荒げた。

「さっさと帰ろうぜ」

「ああ、」

一緒に並んで歩き出すとその瞬間目にしたものの色が輝きだすような
気がするから不思議だ。普段気づかないような事なのに。

例えばケーキ屋のショーウィンドウがハロウィンにデコレーションされてたり、
行き交う人ごみの喧騒だって優しく聞こえる。
ヒカルはその店の前で足を止めた。

「あ、アキラ」

どもった声に自分が舞い上がってる事を気づかれてしまいそうだった。
アキラは無言で足を止めると振り返った。

「あのさ、お前家に何か買ったか?土産にケーキでも買っていかねえ」

アキラが目を丸くする。そんなアキラはなかなか見ることが出来ない。

「ああ、そうだね。きっと喜ぶと思うよ」

宝石のようなケーキをいくつか選んで、そこからは帰路の足取りが軽くなる。
まもなく家に着く前にもなって今度はアキラが足を止めた。

「あ、ヒカル」

先ほどのヒカルと同じようにアキラの声も少し震えていた。

「どうかしたのか?」

すでに大きな門構えの屋敷がその角に見えている。

「今日は触れさせてくれないか?」

顔中、いや体中が一瞬にして茹で上がったようにカッとなった。

「バッ・・・、」

言いかけた言葉を飲み込んだのはそんな状態が全て
アキラに筒抜けてるからで。
それにそんな事をこんな所でいうアキラだって、きっと同じだ。
この5日間の緊張が今一気に切れたような気がした。

「何言ってんだか。早く帰ろうぜ」

火照った顔を隠すようにアキラの前をさっさと歩いて角を曲がると
いい匂いが漏れていた。

2人が帰ってくるからと、手によりをかけてくれたのかもしれない。

「すげえいい匂い」

先ほどの返事を誤魔化して扉に手を掛けた瞬間、ケーキを持っていない
左手をアキラに掴まれた。

「ヒカル!!」

再度アキラに呼び止められてヒカルは口を尖らせた。

「さっきの事だったら、その・・・もうお前の好きにしろ!!」


言ってしまった後、顔が火を噴いたようだった。
自分で何を言ったのかわからないぐらい動揺と高揚して、そこに逃げこむように
門扉を開けるとすぐに彼女が玄関で迎えてくれた。

「お帰りなさい、ヒカルさん、アキラさん」

出掛ける時と同じ笑顔で迎える彼女にヒカルは帰ってきたのだと思える。

対局に勝った時も負けた時も、アキラと喧嘩した時だって、
アキラとこの関係を続けてこれたのは彼女のおかげで、感謝してる。



『ただいま』


ヒカルとアキラ同時にハモって明子は嬉しそうに微笑んだ。



                                          終わり

                         
         



あとがき

読んで下さった皆様、そしてリクエスト下さった佐藤済さまありがとうございます〜

今回は佐藤済さまの
「白と黒シリーズの続きを〜」というリクエストから、お題にさせてもらい
ました。
 なんとなく白黒シリーズを書いていた当時から、アキラとヒカルが一緒に暮らす事
になったらその時は明子さんと同居してそうな気がしてて。
私の妄想を活字にしていくのは、好きな工程です。どんな風に話が進んで
行くのか私もわくわくするんですよ(笑)
さて次はどのお題を書こうかな〜。
よければまたお付き合いくださいませ。
           
                                     2013 10 11




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