番外編 
一緒に暮らそう 11





「進藤、進藤。」

オレを起こしたのは塔矢の声だった。
寝ぼけ眼に目を明けると塔矢はもう着替えてた。

「えっ?そんな時間なのか?」

「すまない。僕はこれから仕事で、朝食はルームサービスにしてしまったん
だけど・・・。」

塔矢が急いでることだけはわかった。

「ごめん、オレすぐ行く。オレのこと気にせず飯食えよ。」

「ありがとう。」

塔矢はそういって寝室を出たがオレが準備してリビングに行くまで朝食を待って
くれていた。
テーブルにはトーストに焼きたてのパン。ハムエッグにサラダ、スープ。
朝から贅沢だ。

「コーヒーでいい?」

「ああ、」

塔矢が淹れてくれたコーヒーを口につけた。
本当に贅沢な朝だ。

「もっと早く起こしてくれたらよかったのに・・・。」

小言を吐くと塔矢が苦笑した。

「君は昨日寝たのが遅かったみたいだから。」

見透かされたようだった。

「お前はよく寝てたよな?」

「今日の対局に響かせるわけにいかないだろう。」

「今日の?」

塔矢もオレも対局数が多い。自分のスケジュールだけでもいっぱいなのに
塔矢のスケジュールまで把握していない。対局者がオレ自身なら別だが。

「王座戦の最終予選だ。」

「そっか。」

オレは本因坊だけじゃない、王座のタイトルも持っていた。

「だったらオレも後で観戦しにいこうかな。」

「プレッシャーだな。」

「そうそう、上から目線でプレッシャーをな。辛口コメントいれてやるよ。」

お互いに笑った。
不思議と心の中が穏やかだった。
塔矢と普通に会話して当たり前のように食事を取って。

怒って、笑って、碁を打つ。オレとのそういう日常を塔矢はきっと求めている。
そして恋人としてのオレを・・・・。

オレは塔矢が差し出した手を振り払うことも応えることも出来ないでいる。
オレは手を止めた。

「どうかした?」

「いや、」

食べ終えた食器を簡単に片づけた塔矢が謝った。

「帰りは君を送っていけなくてすまない。」

「何いってんだよ。お前対局だろ?それより今日の対局勝てよ。」

軽口ほど勝てる相手じゃないことぐらいわかってる。
勝負の世界はそんな甘くはない。
勢いに乗ってる塔矢でも負けることもある。
それでもオレは言いたかったんだ。

「君こそ落とすなよ。名人戦最終予選。」

「ああ、わかってる。」

そう言って今度は手を止めたのは塔矢の方だった。

「もう時間だろ?」

オレの問いに塔矢は答えなかった。

「塔矢?」

一瞬の間をおいて塔矢はオレをまっすぐに見据えた。

「進藤、もう1度考え直してくれないか?」

胸がドクンと鳴った。

「考え直す?」

「僕と一緒に・・・・。」

「わああ、わかったって」

塔矢にもう1度言われるのは恥ずかしくてオレは声を荒げた。

「えっと、そのあの塔矢、オレは・・・。」

その先の言葉を失ってオレは窮した。

「返事はいつでもいい。僕はずっと君を待ってる。」

「そんなこと言ったらオレずっとお前のこと待たせちまうかもしれねえぜ。」

「それでもいい。」

塔矢はそう言い切った。

「君に今ここで拒否されるよりはずっといい。」

塔矢はオレに手を伸ばすと軽く頬に口づけた。

「それにただ待つだけじゃない。」

そのしぐさがセリフがキザすぎてオレはかっと熱くなった。

「行ってくる。」

「お前なんか、緒方先生に負けちまえ。」

「負けないよ。」


踵を返し部屋から出て行った塔矢にオレは心の中でつぶやいた。

『ああ、必ず勝てよ。』っと。


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