交差点12

 

ヒカルの場合 3

棋院のエレベーター前で和谷が待っていた。
駆け込むと和谷がオレの顔をみて苦笑した。

「おはよう、和谷」

「進藤ひょっとして寝不足か?」

「ええ、ああちょっとな。」

「目腫れぼってるし髪ぼさぼさ。ま、オレもいつもそんな感じだけどな。」

駆け込んだ暑さで上着をぬぐと丁度5階に到着した。
エレベーターを降りて部屋に入る前に和谷が背後から突然オレの腕を引いた。

「何だよ?和谷!!」

和谷はすごい形相をしてた。

「進藤、ちょっとこい。」

「ええ?」

わけのわからないままずるずるとひっぱって行かれる。
ちょうど俺たちの後から来た白川先生がエレベーターから降りてきた所だった。

「あれ、和谷君、進藤君おはよう、」

『おはようございます~。』

二人揃って挨拶は返したものの、和谷の声は引きつっていた。

「二人ともどうかしたの?」

「お茶の準備してきます。」

はははっと誤魔化すように笑った和谷にオレは小声で抗議した。

「一体なんなんだよ。」

「それはこっちがいいてえって。」

無理やり近く空いていた部屋に連れ込まれると和谷が吼えた。

「進藤、お前痕ついてるぜ、」

『ここっ』と、首筋を示されてオレははっとした。
塔矢のやつそんな目立つとこにつけたのか?
朝気づかなかった自分も自分だが、
心の中で悪態をつきながらオレは頭を抱えた。




「何やってんだよ。お前!!」

言い訳できないでいるオレに和谷はあからさまなため息をついた。

「たく、しょうがねえなあ。」

和谷は自分が着ていたハイネックのセーターを脱ぐとオレに差し出した。

「オレとお前じゃ体格さがそうねえから着れるだろう?
汗くせえかもしれねえけど我慢しろ。」

オレはそれをしぶしぶ受け取るしかなかった。
そして自分の服を脱いだ。和谷はその時もオレのカラダをチラッと見ていたようだった。
お互いに着替え終えるともう1度和谷がため息をついた。

「あんま野暮なことはいいたくねえけどな。進藤オレたちの仕事って人目があるんだから
もっと気をつけろよ。」

「ごめん、和谷」

ようやくそれだけ返したオレに和谷はようやく荒げた言葉を落とした。

「まあいいって、それより早くいかねえと。オレたち一番下っ端だからな。」






研究会を終えた後、和谷は棋院で伊角と待ち合わせていた。
二人でロビーに下りるとすでに伊角が二人を待っていた。

「進藤、和谷っててあれ?進藤がなんで和谷の服着てるんだ?」

「ああ、それはだな・・。」

和谷がオレの顔を伺うように見ていた。

「もう和谷いいだろう。」

ふてくされて言うと和谷が笑った。

「まあ、オレもあんま野暮なこと言う気ねえんだけど・・。でもちょっとな。
お前これから伊角さんとうちこいよ。」

どうせこれから和谷の家で研究会へ行く予定だった。

「今日は奈瀬とフクもくるんだろ?」

「や、それが今日は交流会をするとかで院生組みはこないんだ。」

「本田さんと冴木さんもこないからオレたち3人だけだな」

伊角に言われてオレは顔をしかめた。

「オレたち3人だけ?」

「ああ。」

伊角は笑ってそういったけど、この二人が付き合ってることをオレは知ってる。
この二人にあてられるのはご免だ。

「それじゃあオレは遠慮して今日は家帰ろうかな。寝不足だしさ。」

「駄目だ。強制的に連れて行く。」

和谷がオレの首根っこを掴んだ。

「もう、和谷お前の服伸びるぜ?。」

「オレはお前に確かめてえことがあるんだ。だから付き合え。」

「どうしたんだ、二人とも。和谷やけに進藤に絡んでるな。」

「ああ、ちょっとな。伊角さんには後で説明するよ。」

オレは内心酷くため息をついた。
この調子では伊角さんにまで言われてしまうだろう。






弁当やら菓子を買い込んで和谷の家に着くと待っていたとばかりに和谷
が言った。

「対局する前にさっきの話をつけてからにしようぜ。進藤」

「伊角さんに言うつもりかよ。」

半場諦めながら俺は和谷に聞いた。

「悪いけどな。今お前の前でなくても伊角さんには言うつもりだぜ。
なら自分の前で言われたほうがましだろ?」

そう言われたらそうかもしれないが。

「それって~酷くねえ?」

「そうかもな。だけど俺はお前を心配してるんだ。」

「オレは和谷に心配かけることなんかしてないって。」

そこまで何もいわず聞いていた伊角がため息混じりに仲裁に入ってきた。

「なあ、二人とも何があったか知らないけど俺は進藤の個人的なことを
聞くつもりはないよ。和谷も進藤のプライベートに介入するのはよくないだろう。二
人で話をつけるっていうなら俺は席を外してもいいしとにかく穏やかにいこう。」

和谷が反論する。

「俺は何も進藤と喧嘩しようなんて思ってないさ。プライベートに介入っていうけど
ダチとして言わなきゃなんねえこともあるだろう。
オレはどうしてもそこらへんのトコ進藤に確認しておきてえんだ」

「ああ、もうわかったよ。オレは別にやましいことしたとはねえし、構わねえよ。」

「進藤本当にいいのか?」

伊角さんにもう1度念を押されてオレはうなづいた。

「進藤、改めて聞くけどお前昨日塔矢のうちに行くって言ってなかったか?」

昨日大手合いの後、和谷に声を掛けられた時に『塔矢のうちに行くから」って
断ったんだ。

「ああ、言ったけど。」

「服も昨日のままだよな?」

オレはドキッとした。ひょっとして和谷は相手が塔矢だと言うことに気づいて
怒ってるのか?

返事を返さなかったオレに和谷はあからさまなほどのため息をついた。

「和谷お前何がいいたいんだ?」

伊角が堪らなくなったのだろう。口を挟んできた。
和谷はオレの顔をチラッと伺ってから言った。

「今日進藤の首筋に痕が残ってたんだ。昨日はなかったのに。」

「痕って?」

「進藤、あれはキスマークだよな?」

「え、ええ?」

伊角はかなり驚いていたようだった。
オレも内心ぐったりしてる。これじゃあ言い訳できない。

「それに首筋だけじゃねえんだ。カラダにも残ってた。」

やはり着替えのときに和谷はみていたのだろう。
改めて指摘されると昨夜のことを思い出してぼっと体が熱くなったような気がした。

「オレは進藤がまっとうな恋愛やってるっていうんだったら何もこんなこと
言わねえよ。
けど昨日進藤はオレが声をかけたとき、塔矢の家に行くって言ったんだ。」

和谷の言わんとしていることがわかってオレは唾をごくりと飲み込んだ。

「えっとつまり、進藤と塔矢が昨日女の子に声をかけてナンパでもしたってことか?」

思いっきり的外れなことを真顔で言った伊角に和谷がすっころんだ。
オレも流石にそれには笑った。和谷は勘がいいが伊角はそういったことに
全く疎い。

「違うって。伊角さん、オレがいいてえのは・・・。」

その続きはおれが言った。

「そうだよ。つけたやつは塔矢だよ。」

二人は一瞬言葉を失ったように顔を合わせた。

「やっぱ、そうなのか?いつ頃からなんだ。
塔矢のやつに無理やりされてるわけじゃねえよな?」

「いつからって・・・。つい最近。」

あんなことしたのは昨夜が初めて・・なんて事は流石にいえなかった。

「それに無理やりじゃねえし。」

「進藤が塔矢に惚れてるってことか?」

そんなことを改めて聞かれると恥ずかしかったがオレは頷いた。

「・・・ああ。」


「やっぱ軽蔑するよな?」

オレは自傷ぎみに笑った。

「軽蔑なんてするわけないだろう。」

そういったのは伊角さんだった。

「オレと和谷だって真っ当やってるわけじゃないんだ。それを一番理解してくれたのは進藤
だったじゃないか。」

オレは不覚にも涙がでそうになる。

「オレもな。お前の正直な気持ちを聞きたかっただけなんだ。
お前が塔矢に惚れてるっていうならそれでいい。」

「ああ~。たださあ、これから進藤の前で塔矢の悪態はつけえねえよな?」

「どうして?」

おれは聞きかえした。。

「そりゃ、お前聞きたくないだろう。塔矢の悪口なんてさ?」

「そんなのオレ気にしねえけど。」

だいたい塔矢の悪態なんてオレだって普段から言ってる。

「俺だったらいやだな。知らねえやつが伊角さんの悪口言っても許さねえって。」

「塔矢と伊角さんじゃ違うだろう。大体あいつとオレは敵多いし。」

「だったら尚のことだろう。進藤オレはお前たちを理解するし、絶対味方だからな。」

力説する和谷にオレはようやく笑いがこぼれた。

「和谷の言うとおりだ。進藤何かあったら相談しろよ。」

オレは張っていた糸が切れたようだった。
オレと塔矢を理解してくれる人がいる。

「進藤、今度この研究会に塔矢も連れて来いよ、」

そういった伊角に和谷も頷いた。

「ああ、絶対に連れて来い」っと。


                                     交差点13話(アキラの場合)







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