いつか 10
朝の光が少しづつ部屋に差し込んでいた。
体の芯に残る痛みをヒカルはそっと抱きしめる。
傷や痛みはすぐに消し去ることはできる。
だが ずっと消したくない傷もある。
これはアキラが残したものだから。
疑う事もなく幸せそうに傍らで眠るアキラ。
ヒカルとの生活を夢見るアキラ。
「お前は夢の中でも俺の事考えてんだな。」」
ヒカルの瞳からはもうとっくに枯れていたはずの涙が溢れた。
ぬぐった手にアキラからもらったブルーのリングが目に留まり
そっとふれた。
そこにはアキラが抱いてきた想いが溢れていた。
1人で抱え込んできた想い。それはヒカルのそれとよく似ていた。
もう‘あの人‘の思考はこの指輪には残ってはいなかった。
アキラを部屋に残しヒカルは塔の屋上へとむかった。
ヒカルが向かった先には先客者がいた。
もう一人のヒカル・・・(黒のヒカル)
足を組んで彼はじっと 鏡を見据えていた。
「昨日は随分楽しんだんだ?」
それには応えずヒカルも鏡を見つめる。
「あいつと一緒にここを出るのか。」
「そんなわけないだろ。」
「じゃあ、あいつを取り込むのか。」
「そんな事もしねえよ。」
「ならこれをどうするんだ。」
鏡が森の光景を映し出す。
そこには アキラを探しに来た人々の姿が映し出されていた。
これほどの人が森に一度に入った事は
なく、そのうちの1グループは確実にこちらに向かっていた。
ヒカルはアキラが割った碁盤を元に戻してはいなかった。
しばらくすれば 彼らは この城をみつけるだろう。
アキラを連れて行かれる・・・。
「俺はあいつらを出迎えにいってくる。」
「お前 まさか・・」
「昨日邪魔されたからな。 あいつらの魂 根こそぎ 取ってやる。」
そういうと黒のヒカルは鏡をすり抜けていった。
こうしている場合ではなかった。黒のヒカルを阻止できるのは
ヒカルとアキラしかいない。
ヒカルはアキラの元へ急いだ。
和谷の連絡を受けて早朝から碁森海にアキラの捜索
を開始した和谷 伊角 芦原の一向は眼前に広がる
城に驚いていた。
「まさか こんなところに城がしかも青龍城があるなんて。」
和谷の驚きに伊角がうなづいた。
「ここにアキラ様はいるのだろうか。」
険しい表情をみせる芦原。
「僕はここにアキラがいるような気がするな。」
「でも いったい何故こんな所に・・・」
和谷の問いに芦原は首を横に振った。
「わからない。だがアキラは両親をなくしてから孤独
だった。それを口にしたり 顔に出しはしなかったが
いつも 碁森海に何かを求めていたような気がするんだ。
それがここなのかもしれないって。」
「俺にはわかんねんな。それと朱雀の碁盤を割る事との関係もな。」
「ああ。とにかくこの城をすぐしらべよう。」
伊角と和谷 芦原のつれた兵が城の入り口にかかったところで
黒のヒカルが城内から現れた。
「ここになんの用?」
「塔矢国のアキラ王様が昨夕碁森海に入ってから戻ってこなくて探してる。
ご存知ないか。」
近づいてくる怪しい美しさを放つ黒のヒカルにその場にいた者たちすべてが
魅了される。
その場にいた馬の様子がかわった。ある馬は急に騒がしく鳴き始め
ある馬は四方八方へと走りだす。そして兵たちも苦しみだし
ばたばたと倒れはじめた。
伊角と和谷と芦原は何とかこらえたがなんともいえぬ怪しい気配に
精神が支配されそうになるのをこらえた。
「へえ。俺のチャームが入らなかったやつが三人いたのか。」
三人に近づいて来た黒のヒカルは何の武器も武装もしていなかったが明らか
に周りの兵たちを操ったのは彼の仕業だと知り三人は剣を握った。
「丸腰の俺に大の男が3人がかりか。」
「お前・・・まさかアキラ様を・・」
芦原の問いかけに黒のヒカルがせせら笑った。
「しらねえよ。」
芦原が剣で切りつけようとした時、彼の精神に魔の力が入り込んだ。
芦原は苦しみだしその場に転がるように這い回った。
その時突然 何の前触れもなく 芦原たちの前にヒカルとアキラが現れた。
芦原の苦痛は登場したヒカルの力によって解放された。
「アキラ 無事だったんだ。」
精神的とはいえかなりの苦痛を強いられた芦原は胸を押さえながら
無事なアキラの姿に安堵した。
芦原の元にアキラが駆け寄る。
「芦原さん 大丈夫!」
「 ああ。だけどアキラ 彼らは一体何者なんだ?この城はなんなんだ」
「芦原さん。今はそれどころじゃない。」
ヒカルはアキラの精神に直接話しかけた。
(・・・アキラ こいつは俺が何とかする。お前は仲間を連れて逃げろ。)
(でも君は この城はどうなるんだ。)
(心配すんなよ。朝はあいつより俺の方がダンゼン分がいい。
お前の仲間たちの記憶はこの森を出たあと 消してやるから。アキラはお前のやるべき事をするんだ。)
(わかった。だが僕の記憶は取らないと約束してくれるか。)
ヒカルの思考はウソをつかなかった。
(お前は俺といるべきじゃない。帰るべきところがあるだろう。)
「嫌だといったら!!」
突然大きく声を張り上げたアキラをヒカルは悲しげに見つめた。
(アキラ・・ごめん。俺はお前とは生きていけない。)
「彼がいるからか。そうなのか。」
アキラの思考の中にあったヒカルの声が途絶えた。
二人のヒカルが対峙していた。
何も語らず一歩も動かず、お互いが互いの出方を待っているのだ。
先に仕掛けたのはヒカルの方だった。
見えない壁が自分たちを覆う。
「アキラ ここにいる人たちをつれて・・早く逃げだせ!」
ヒカルの叫び声にその場にいた者たちがいっせいに森に向かって逃げていく
だがアキラは固まったように動かなかった。
「アキラ!何してんだ。早く行こう。」
芦原が無理やりアキラを引っ張った。
アキラがそれを払いのけようとするとヒカルが苦しみだした。
アキラにはわからなかったが、黒のヒカルから何か攻撃をされたのだろう。
「人の心配してる場合じゃないだろう。」
もう1人のヒカルがせせら笑う。
アキラはもはや躊躇しなかった。
芦原の持っていた剣を奪うと黒のヒカルの懐に目掛けて
飛び出していた。
アキラ・・・・
もう1人のヒカルの動きが止まってみえた。
アキラはやられる事を覚悟したが彼はアキラの剣を
待っていたように目を閉じ自らそれを胸に受け入れた。
アキラの手に黒のヒカルの熱い血がこぼれだす。
ヒカルと同じ瞳がアキラを見つめていた。
アキラの体が震えだす。まさか・・・。
ヒカルが黒のヒカルの元へ歩み寄り抱き上げた。
「ヒーリングはつかうなよ。」
ヒカルは小さくうなづいた。
「やっと解放されるんだから。」
「そっか・・お前もアキラのことを・・・」
愛してたんだ。ヒカルのつぶやきはもう1人のヒカルにしか
聞こえない。
「碁盤を割ったのもお前だったんだな。」
(ああ。先に逝く。)
ヒカルの腕の中、黒のヒカルは消えて行った。
ヒカルはそっと消えた先を追うと立ち上がりアキラを見つめた。
「俺もお別れだ。」
嫌な予感が的中してアキラはヒカルに駆け寄り抱きしめた。
「なぜだ!」
「アキラには感謝してんだぜ。」
握り締めたヒカルの体がだんだんと不確かなものへと変わっていく。
「感謝なんていい 傍にいてくれたらそれでいい。」
強く抱きしめたアキラにヒカルはつぶやいた。
「俺さ お前と一緒で 青龍の出身だったんだ。
遠い 遠い昔のことだけどな。お前俺の年を知ったら
驚くな。生まれてから1000年を超してるんだぜ。」
おどけたようにそういったヒカルは今度は静かに
語り始めた。
「アキラ聞いてほしい。
俺のお袋は碁の神様でさ。
お袋には7人の弟子がいたんだ。その1人の青龍だった父と恋に落ちて
俺が生まれた・・・。お袋はこの世界の碁の普及を見届けると
俺と親父を置いて神の国へ帰っちまった。」
ヒカルの体はもうすでに消えかかっていてアキラは
そのヒカルにすがりつくように泣いた。だが。ヒカルは
構わず言葉を続けた。
「俺は親父が死んでからずっとひとりぼっちだった。
俺がお袋に神の国へ連れて行ってもらえなかったのは俺が
半人前だから。俺の心には二つの心が住んでたから。
俺はそれを自分で切り離した。でも結局お袋は迎えには
来てくれなかった。」
ぽろぽろ流れるアキラの涙をヒカルは受け止める。
「アキラ泣かないで。俺お前に会えてよかった。なあ俺の願いを
聞いてくれないか。」
キスして欲しい・・・。
アキラはすり抜けてしまいそうなヒカルの体を抱き寄せると
キスを落とした。それは一瞬にしてアキラの腕から砂のようにすり落ちた。
ありがとう。アキラ・・・
アキラの腕にあった温もりは消えていった。
「嫌だ ヒカル!」
アキラの悲しい絶叫が森に響いた。
はじめこのお話を書こうと決めた時ここがラストの予定でした。
ですが・・・あまりに希望がないのでもう1話書き添えました。
あっと番外編を入れるとあと3話です(苦笑)
W&Bの部屋へ