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GS美神 近くて遠い夢

 Report File.0001 「切っ掛け」
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 ヨロ、ヨロヨロ、人通りの少ない道を一人の少年が、今にも倒れそうな体をそこらの木の枝で作った(の割りに立派な)杖を支えに、家路を進んでいた。その少年はGジャンにGパン、それにトレードマークだろうか? バンダナを身につけていたが、GパンもGジャンも何かに切り裂かれたかのようにボロボロになっていた。

 この今にも倒れそうな少年を横島忠夫という。これでもGS(ゴーストスイーパーと言うらしい、まあエクソシストとか陰陽師とかと同じものだろう。言葉は代われどやる事はどちらも変わらないようだしな)としてはかなりの腕利きだ。本人にはあまり自覚が無いようだが。

 えっ? 私が誰かって? では、紹介させていただこう。私は故あってこの横島忠夫の体に居候する事になってしまった不幸な存在、名をミッドという。まあ、近いうちにこの横島忠夫に、同化し吸収される存在だ。余り気にしないでくれ。

「くそっ、まだ、着かないか。意識が…もうだめだ」

<そういい始めて結構、経っているぞ?>

「うるさい。こうなったんも皆、美神さんのせいや。何でこんな苦労せんといかんのじゃーー! 何れあの女(アマ)に目にもの見せてくれる!」

<まあ、落ちつけ>

「と言っても当分無理か」

 横島はがくっと首を落とした。が今の状態でその行動は致命的であった。そのまま、バランスを崩して地面とランデブーした。そう、まるでカエルが踏み潰されたような状態になった。

「も、」

<も?>

「もう、イヤじゃーー! こんな生活! 絶対、脱出しちゃる!」

 横島は叫びながら勢い良く立ち上がり走りだした。

<ふむ、まあ、時給255円に危険手当1万5千円ではな>

 それとなく、私は横島から得た(無断)情報から尤もな事だと判断した。

「ああ、そうなんや。こんなに何べんも死にそうな目にあったり、過酷な労働していても、年間の源泉徴収ないんやぞ! やっとれんわ! 何がGSは花形職業じゃ! 滅茶苦茶割に合わんわ! 色気が無かったらとうに辞めとるわ。それにしたって最近の美神さんは特にガードきついし、人使いが荒くなってきてるし」

 横島はそんな私の意見に何の疑問も抱かず、己の心を吐露した。まあ、アルバイトで源泉徴収云々と言うのは普通はないが、まあ常識(横島からの)で言ってGS関連のアルバイトなら普通はあるようだ。大体、横島の友達のピートや貧乏だと言っているタイガー寅吉とやらでさえも源泉徴収はあるのだ。

<おぬしの心からの叫び、このミッドがしかと聞いた。だが具体的にどうするつもりなんだ? お前、まだ正式なGSとして認められていないんだろ? その師匠の美神令子とやらからは?>

「うっ、まあそうなんだけどな。一応、規定の最低除霊回数まで数体なんだけどな。このままならまだダメだって言われたよ。まあ、確かに俺じゃ独立してやっていけるのかと言われれば自信ないからな」

 横島は走るのを止めて私の質問に答えながら歩き出した。そこには先程の今にも倒れそうな感じは無く、確りとした歩調であった。恐るべき回復力だ。本人は気付いていないようだが。

<ふむ、まだ自分が半人前だと思っている訳か>

「悪かったな、半人前で。ダメって言われてもどこがダメなのか自分で考えろって教えてくれんし。GSに必要な事って、どうやって調べればいいんだかわからん。はぁ、どうしようかな、それに学校だって温情で進級できたんは良いけど、このままじゃ卒業は怪しいしな」

 横島はいじけた。

 しかし、私の見るところ横島は十分にやっていけるように思えるのだが。少なくとも私が認識している普通のGSとやらなら。でなければ横島はこの場には立っていられまい。横島には確かに知識不足な感はあるが、それを補って余りある強力な霊能力と機転、ひらめき、身体能力がある。ある意味、横島は昔の私がよく知っているエクソシスト達と同じタイプなのだ。昔は今ほど知識が累積されておらず、力任せな対応しかできなかったのだからな。典型的な例でいくと六道家がそれに当たるな。

「はあー、どないしょ。希望の光も見えん」

 横島にとって不幸な事は周りのGSの殆ど全てが一流ばかりであり、そうでなくてもダイヤの原石みたいな者ばかりだから、自分の凄さに気付けないでいる事だ。一般のGSがどんなものか知れば、少なからずショックを受けるかもしれんな。

「俺なんでGSやってるんやろ?」

 確かに今までの横島の経験を考えると、GSの活動として、普通の範疇から逸脱している出来事に遭遇している事がありすぎる。それを考えれば今後もありえるだろう。私とのここ2、3日にあったケースを考えても。師匠である美神令子がそれを見越して半人前と言っているのであれば、美神令子という女は尊敬に値するだろう。

 だが、美神令子なる人物の人となりから推察(横島からの情報だけではあるが)すると単純に横島という男を手放したくないだけではないかと思える。素直ではなく飛びっきりの意地っ張りである彼女にとって、好意を抱いていたとしてもあからさまにアプローチする事はまず無い。煩悩丸出しの癖に色恋沙汰には疎い横島との関係は仕事上(今の所)でしか無くなる訳だ。そうなると横島が独立してしまえば接点が無くなるからだろう。美神令子という女は横島に対して複雑な想いを抱いているようだ。

<横島よ、将来に不安があるようだな>

「ああ、まあな。一応、大学へ進学するのか、まあダメだろうけど。今のバイト続けてGSになるのか。方針を決めてなあかん時期が来たんだよな…」

<私は別にGSに拘る必要は無いと思うがね。もちろん、進学に対してもだが。君はまだ若い、幾らでも自分の道を見出すことができる。先ずは、何がやりたいのかを考えてはどうかね?>

「やりたい事というか目標はあるんだ。……俺、…俺は誰にでも胸を張って生きていると言えるような人になりたいんや」

 彼女…ルシオラか。彼の心のかなりの部分を占める存在。

<彼女か……申し訳ないと思っている>

 彼の娘として生まれてくるやも知れない存在。だが、それに関しては今回の私の件で転生する確率が減ってしまった。

「今回の事はしゃあないと思っている。どっちかって言うと命があってラッキーやったっていう類やから。それに確率が減ったと言うだけでゼロになった訳やないし。希望は失ってないんや」

<そうか、横島、決めたぞ。短いが私が存在を許される間、お前の希望が叶うよう協力しよう>

 私は決意した。横島の中にある劣等感から自覚していないがその潜在能力は宝の山だ、横島の両親…家系の事を考えればそれも頷けるほどのものだった。それに加え、横島の経験により後天的に加わった要素は横島に無限の可能性を持たせていた。それらを活かす術を教えようと。

「ああ、ありがとう。でもこれからについては先ずは一眠りしてからな」

 私と話し込んでいた横島は何時のまにやらアパートに着いていた。


          *


 私、ミッドは今の状態ではあまり眠りというものを必要としない。しかし。横島は今日の出来事で相当疲れたらしく直ぐさま泥のように眠り込んでしまった。この分では下手をすれば2,3日は起きれんのじゃないだろうか?それ程、深い眠りであった。

 まあ、無理も無い。あんな目に遭ったのだからなと私は回想に耽った。そう、それは私が横島の体に居候する事になってしまった理由でもあり、私の本体が原因であったのだから。

 私は湖の底でまどろみに委ねている存在であった。その外見は蛇、それも大蛇。ウシ一頭ぐらいは丸呑みできるぐらいの大きさだ。その姿をとぐろを巻いて寝ているのだ。最もそうしていたのもある空間を維持する結界を張り続けるという己自身の存在意義の為でもあった。私は何時からそうしていて何時までそうするのかといった疑問も抱かずに過ごして来た。私はそういう役割を担っている一族の一柱だからだ。

 そんなある日、私のまどろみを邪魔する音が聞こえてきた。後で分かった事だが私がまどろんでいた湖を埋め立ててレジャーランドか何かを建設しようとしていたらしい。当然ながら私にとってまどろみを邪魔するものは敵と認識していたのでその作業の邪魔をすべく行動した。ただ、結界は維持しなければならないので分霊を出し、その辺に住む蛇たちを眷属として力を与えて行った。

 お陰でしばらくは静かになったのだがその内に又騒がしくなり、平穏を取り戻すべく邪魔をした。それを何回か繰り返しているとエクソシストの類が私を退治するべくやって来た。最初の者は私が知っているエクソシストの類にしては力が弱かったし、仮にも私は神の一柱である。人間にそう簡単に遅れをとることは無い。お陰で楽に撃退できた。2回目も、3回目も同じような者だったので結果は同じだった。

 で、4回目に来たのが今、私が居候しているこの横島忠夫であった。最初の相手がちょろかっただけにこやつもそうかと最初は思ったのだ。なぜかというと私の姿を見て怖気づいて腰が引けていたからだ。ところが私が攻撃を開始したとたんに、とても鮮やかとは言い難いがそれでもかわし続けかつ、反撃もしてきた。

「げっ、なにが簡単な仕事よ、だ。全然話違うやんけー」

「うわーっ! 美神さーんっ!!」

「こないな事なら美神さんの下着がめるんじゃ無かったー」

「こんなん時給255円でやっとれるかー。帰ったら絶対賃上げ交渉じゃー」

「あのあまー、今度あったらチチシリ、フトモモじゃー」

「くっ、このこのこの」

「も、文珠も効かんのかっ! こいつはっ!?」

「ヘルプ、ミー」

「ど、どないせーちゅうんじゃー」

 と、なんだか情けない叫びを上げながらだったが。横島が文珠を精製し使える事にはさすがに驚いたが使い方が未熟であった事は幸運であった。文珠は極めて厄介だからだ。文珠は賢者の石の一種であり、賢者の石とは万能の力の源とされていた。中世においては世の錬金術師が目を血眼にして精製しようとしたものだ。

 風の噂では錬金術師の一人が精製に成功し不老不死を得たと聞いた事がある。後に横島の知識から噂は本当でそれがドクター・カオスと言うらしい事を知った。最もその状態を見るに不老不死とは言い難い様だったが。

 私は確実に横島を追い詰めていった。それはそれはじわじわと真綿を締めるように。だがそれも横島をどうしようもない事態に追い詰めた所までだった。

「俺はまだ約束を果たしていない。だからまだ死ねないんやー!」

と叫んだ時から横島の動きが突然変わった。もう、それはもう別人のごとく。その動きは私が知っている中でも最高峰の者達と同等のものであった。

 今思い返せばあの動きは通常人には絶対不可能な動きであった。久方ぶりの真剣な戦いに熱くなり冷静さを保っていられなかったのが敗因かもしれない。とにかくそれからは今度は逆に私のほうが追い詰められ始めた。さすがに私も結界を維持しながら戦う事はできない。なら維持を止めればいいのだが私はどんな空間を維持していたのか長い時間を過ごすと共に忘れてしまっていた。ただ、その空間を解き放つのはまずいと感が訴えていた。

 決断に迫られていた。

 この形勢を逆転するには空間維持を放棄すれば容易い、だがそれはまずい。となれば方法は唯一つ。目の前の横島を維持している空間内に取り込むしかない。私としてはあまりしたくない方法なのだが仕方ない。弱ければ叩きのめして終わりだったのだが、目の前の人間には気の毒だが強すぎたのがいけないのだと私はその時思った訳だ。

 だが、方針は決めても問題がある取り込むには本体を一時的にでも動かさないといけない。そうなれば維持している結界が一時的に弱くなってしまう。できるだけその時間を短くする必要がある。取り込むポイントを決めてそこに横島を追い込むことにした。そこへは眷属たちを上手く利用すれば追い込めるだろう。

 それからその作戦を実行し確実に追い込んだ。ポイントまで誘導した私は足止めに閃光を放ち横島を足止めした。その試みは上手くいき横島を空間への入り口、つまり私の本体の口から飲み込んだ。

 こうして私はこの件については片付いたと再びまどろみに身を委ねたのだ。その件から2日ぐらいたって変化が起きた。何と維持している結界が内側から崩されようとしていたのだ。こんな事は今まで無かった。考えられる原因は最近取り込んだ人間だけだった。いったい何が起ころうとしているのか判らなかった。その時は。

 だが今なら分かる、何と言っても今の私は横島と同化中だからな。………ふむ、なるほどそれでか。納得。

 何?自分だけ納得するなだと?はて?私は回想しているだけなのに何やら説明しろと言う声が聞こえるような気がするな。だが、残念ながらこれに関しては横島忠夫のプライベートも含まれているのでなそれに関して横島が語る時まで待っていてくれ。私が話せるのは結界が崩された所からだ。

 私の結界が崩れると言う事はどういうことか? それは私自身の体が壊れてしまう事と同義であった……とどのつまり結界が破れた瞬間、私の体は四散したのだ。


<続く>

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(後書き)

  どうもWandering monsterです。何気に大逆転シナリオを放り出して新しいのを書いてしまいました。
 いえ、別に大逆転シナリオを止めたわけではないんですが。

 皆様のご意見、ご感想をお待ちしております。

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注)GS美神 極楽大作戦は漫画家の椎名高志先生の作品です。





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