漫画を描かないじゅんの手は、どこにも行き場がない。ぽつんとはぐれたまま、誰にも話しかけられずにいる。何ひとつうまくつかめず、手の隙間からパン屑のようにこぼれ落ちてゆくものたちが、漫画を描かないじゅんを、くすくすとあざ笑う。
じゅんにとって漫画とは、そんな手の孤独や憂鬱を癒すリハビリ作業のようなものかもしれない、と僕は勝手に思っている。ペンを握っている間だけ、ちいさな手は、閉ざされた闇の鍵をこじ開け、魔法を信じる少女の世界に旅立ってゆける。
そこでは世界の誰よりも饒舌になり、誰よりも大胆に衣服を脱ぎ捨てる。それがたとえ実りのない幻想であろうと、救いのない逃避であろうと、どうだっていい。手を旅立たせることが、自分の居場所を見つける唯一の方法である限り、じゅんは漫画を描き続けるだろう。
そして、僕の知らないどんな世界を巡ってきたのか。じゅんだけが生み出すことのできる、さまざまな物語の旅を、僕は世をすねたヒッチハイカーの気分で楽しんでいる。
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