【講演】

21世紀を生きる私たち
〜第38回韓青全国冬期講習会での講演〜

在日韓国青年同盟大阪府本部 副委員長 高銖春(コウ・スチュン)

 3月8日〜10日、長野県の志賀高原で第38回韓青全国冬期講習会が開催された。この文章は、韓青を通じて民族と向きあいはじめてから1年〜5年くらいになる、在日3・4世の盟員を対象におこなった講演を加筆・修正したものである。

■はじめに

 ここに集まっているBグループの班員のみなさんは、韓青と出会って数年がたち、その間、「日本社会には差別がある」とか、「民族的に生きることはいいことなんだ」とか感じながら、「民族的に生きよう」ということを学んできたと思います。それでは、「民族的に生きる」とは一体どういう風に生きることなんでしょうか?これまで漠然としか考えてこなかったことの内容を問われると、それに答えるのはなかなか難しいことです。「民族的に生きる」ことをそれぞれが考えながら、私の講演を聞いてくれればよいです。
 さて、「民族的に生きるとはどのように生きることか」ですが…。本名を名乗っていれば、民族的に生きていることなんでしょうか。ウリマル(韓国語)を話せれば、民族的に生きていることになるんでしょうか。または韓青などの民族団体に参加していれば、それが民族的に生きることなんでしょうか。帰化しなかったら、同化していなかったら、統一運動していれば、または自分で「民族的に生きているんだ」と思い込んだら、民族的に生きているということなんでしょうかね。いま私が言ったことすべてが、なにかしっくりきません。
 ウリマルを話せるから民族的に生きているわけではないですし、本名で生きているから民族的に生きているわけでもないし、韓青に参加しているからといって、必ずしも民族的に生きているわけではないからです。
 それでは、民族的に生きるってどういうことなんでしょうか?これが今日の講演のテーマです。「民族的に生きるとはどんな生き方か?」をキーワードにして、自分の人生観や価値観などを考え、そのなかで韓青や活動のことを、それぞれの立場から意味づけてみようと思います

■活動と人生観・世界観

 民族運動や社会運動など、世の中や社会に働きかける活動をするとき、人生観や世界観・価値観というものが問われます。韓青を数年もやっていると、「人生観や世界観を高めろ」とか「自分の人生観や世界観をもとに活動を選べ」とよく聞かされます。それは、韓青の活動が決して'遊び'でやっているわけではないからです。韓青のことをよく「地域の民間民族学校」とか言いますが、私はただ単にウリマルを教えたり、歴史や風習を教えるのが目的ではなく、「民族的に生きる」というテーマを中心にして在日同胞青年としての人生観や世界観を培っていく'人生の学校'だと思っています。
 つまり、ウリマルを一生懸命やるかやらないかも大事ですが、それよりも「在日朝鮮人という存在の私たちがウリマルを学ぶ意味ってなんだろう」とか、チャンゴやケンガリのような楽器の叩き方を覚えるよりは、それらを叩く意味はどこにあるのかなどを学びながら、自分の人生観を育てていこうとする場所です。
 ただ、みなさんは20代という青年期の真っ只中にあり、「人生観」や「世界観」を確立していく発展途上にあります。青年期というのはよく「モラトリアム(猶予期間)」と言われます。人が生まれた後、青年期に入るまでは"同一化"していく時期と言われています。赤ちゃんに物心がつき始めると、父親や母親の口癖や仕草をまねるのは、赤ちゃんが親に対して同一化しているからなのです。そして大きくなるにつれて、幼稚園→小学校→中学校と家庭内だけだった社会が広がるにつれ、同一化していく対象も増えていきます。
 次に、そのように同一化を通じて蓄えられた自分を構成する要素を、"自己"を確立するために再構成するようになっていくのです。そのように再構成する時期を青年期と呼び、そのために"自分"を探しながらさまようので"モラトリアム"と言われます。
 それで、20代の若さで「人生観」「世界観」が確立されていたら'えっ?ほんまかぁ?'と思います。みなさんの前でこうして話をしている私も、偉そうなことを言いながら、今まだ「人生観」「世界観」を確立していく過程にあるのです。だから、'「人生観」「世界観」が確立されていないからだめだ'と言おうとしているのではありません。といって、反対に「人生観」「世界観」とまったく向きあわないのもいけません。私がここで言いたいのは、「人生観」「世界観」と向きあいながら、韓青という組織やその活動を捉えて欲しいということです。
 さて、「人生観」「世界観」ということですが、'結局、なにそれ?'という感じで、漠然として難しいものです。みなさんもあまりピンときていないんじゃないでしょうか。実際、私もみなさんと同様に支部というもっとも地域の同胞青年と近い場所で活動をしているのですが、若い人たちが「人生」「世界」ということに、言葉としては理解しながらも、実際のところではピンときていないんじゃないかと感じることがあります。なぜか。それは「人生」とか「世界」とかを考えなくても、それはそれで'平凡'に暮らしていけるからではないでしょうか。
 いまから2〜3年前に、こんな話を聞いたことがあります。それは毎年1月の成人の日に、NHKで放送される「青春のメッセージ」に出場していたモンゴルからの留学生の話です。記憶を頼りの話なので、正確ではありませんが次のような話でした。
 「私はモンゴルから日本に留学して、日本の学校での友人関係に驚いた。モンゴルでは普通、学校で友だちと話す内容は、将来の夢や自分がどんな人生を送るのか、または自分たちをとりまく社会の話が多くを占めます。
 しかし、日本の学校で友人どうしが話す内容といえば、昨日のドラマの話や自分の周りで起こったこと、きょう学校が終ってから何をするのか、そして友人関係や異性の話ばっかり。将来の話をほとんど聞いたことがありません。
 わたしは何故そうだろうかと考えた結果、ある結論に達しました。それは、日本は経済的に豊かで、将来のことを考えなくても、最悪でもフリーターでメシを食っていけると思っているからではないかと。だから、将来のことを考える必要がなく、いま現在が楽しければそれでいいと考えているのではないか。モンゴルでは、経済的に豊かではないので、将来のことを考えなければ生きていけないのです」
 どうでしょうか?私はこの発言を聞きながら、「そうやな」と思う点がいくつもありました。ただ、日本が経済的に豊かであることだけをもって、いまの若い人たちがそうであるとは思いませんが。しかし、確かに言えることは、「今さえ良ければよい」「自分さえ良ければよい」という価値観が、この日本社会には蔓延しており、自分の将来や人生を考えるよりも'いま現在の楽しさ'を追求し、他人の痛みに心を寄せるよりも、'自分だけの気分の良さ'を追求することが普通になっています。

■ブラウン管の向こう側への'正義感'

 ここ数年、若者の暴力事件が新聞やニュースでよく見られるようになりました。関西の方は覚えてると思いますが、いまから1年半前の7月、難波にある通称「ひっかけ橋」にいたホームレスに対して4人の若者が暴力を加え、そのあげく道頓堀川に放り投げて殺害した事件がありました。
 あるいは、梅田のHEP横の通りで、すれ違う時にちょっと肩がぶつかったことに腹を立てた若者が、相手を暴行死させました。また去年の5月に、西武線の西武遊園地駅のホームで、「ちょっと詰めて」という言葉に腹が立って暴行死させた事件は、関東の人の記憶に新しいことではないでしょうか。
 さて、ここで最近の少年犯罪について語ろうとは思いません。ただ、これらの事件に共通していることは、すべて人通りの多い場所で起こった事件ということです。もし、誰かが止めていれば、このように暴行死まで至らなかった事件もあると思います。しかしだれも止める者はいません。それでも、日本に住む多くの人々はこう言います。「暴力はいけない」と。
 これは、自分に危害が及ばなければ見て見ぬふりの「ことなかれ主義」と通じるものです。しかし、もし自分の家族に危害が及んだとき、彼らはこういうでしょう。「こんな人通りの多い道で、なぜ誰も止めてくれなかったのか」と。
 さまざまな差別においても、よく似た現象が起きます。たとえば、「私は差別意識なんか持っていない。私の子どもにもたくさんの朝鮮人の友だちがいる。差別なんて滅相もない」と言っている人が、たちまち自分の子どもが朝鮮人と結婚することになると、「自分の家に禍が起こるのではないか」と差別意識が表面に表れてきます。「差別がよくないことは分かっているが、私一人がいけないと言ったところで、結局、朝鮮人と結婚するとうちが差別される。だから…」というふうに。結局は、'暴力はいけない'とか'差別はいけない'とは知っていても、それは単なる上っ面の知識であるだけなのです。
 先ほども言いましたが、このように「今さえ良ければ」「自分さえ良ければ」「ことなかれ主義」などの価値観が日本社会の基礎を固め、差別が野放しにされているのです。そして、日本社会で暮らす私たちもこのような価値観から自由ではありません。
 韓青ではよく「私たちは差別される経験をもっているのだから、差別される人の気持ちがわかるはず」という言葉を聞きますが、私はそんな簡単なものではないと思います。たしかに差別された経験をもっていれば、社会的弱者の気持ちに接近しやすいでしょう。
 しかし、そのような社会的弱者に接近しようとする意思がなければ、ただ単に「差別された経験のある自分は、社会的弱者の気持がわかる」という免罪符で、差別をしない自分を演出しているだけです。そして「差別はいけない」とか「戦後補償をしろ」とか、「米軍は許されない」と口にすることだけで、自分があたかも'差別を受けながら苦しんでいる人''日本の戦争にかりだされた結果、半世紀以上にもわたってほったらかしにされているハラボジ'、そして'駐韓米軍に暴行され、強かんされた女性'、そんな人たちの本当の気持ちを分かったつもりになってはいないでしょうか。どこまでも、ブラウン管の向こう側の世界になっていないでしょうか。

■1世のアボジを通して見た世の中

 さて、「人生観」「世界観」ですが、「人生観」というのは'人生の価値や目的などについての見方'、そして「世界観」とは'世界や世界での人間のあり方についての考え方'と言われています。
 この日本社会で生きていれば、また世界に目を向けてみれば、山というほど'なんでやねん!'っていうことがあります。人間が人間を支配し、富を持つもの、あるいは力を持つもの、そして権力をもつものが、持たざるものの存在や尊厳、そして命を踏みにじり、はなはだしくはそれが誰にも断罪されないという、ほんとうに世の中は矛盾のかたまりでできています。
 「人生観」「世界観」というのは、そのような世の中や社会とどう向き合い、そしてみずからがどこに立って人生を歩もうとするのかだと言えます。そして、それを根拠に生きていくことが、ほんとうに人間らしい生き方だと私は考えます。
 冒頭でも言ったように、私は韓青に来てからすでに12年半がたちます。はじめは社会に目を向けることなく、なんの矛盾も感じていませんでした。しかし、アボジを通じて、在日朝鮮人として世の中の矛盾に目を向けるようになりました。私のアボジは1世です。14〜15歳まで韓国の済州道で暮らしていたのに、植民地時代に親や兄弟のほとんどが日本で住まなければならなかったため、アボジも解放後に日本で生活しなければならない状況になりました。
 アボジが国で暮らしているとき、李承晩が大統領だったのですが、その李承晩政権の悪政を見ながら、世の中を変えなければならないと思い、アボジは政治家になるために勉強してたみたいです。しかしそんな夢も捨てて、言葉も通じず、地理も分からない、そして直接的な差別が横行する日本に渡って来ざるを得ませんでした。そのときの苦労をアボジは私に多くを語りませんが、韓青で1世の苦しみを学ぶことができた私には、想像することができます。
 日本がウリナラを植民地にしなければ、ハラボジやハルモニ、そしておじやおばを日本に連れてこなければ、日本が植民地支配に対して真に謝罪し、在日同胞に対する差別政策をとっていなければ、または強者の論理による戦争が起こっていなければ、私のアボジはこんな苦労をしなくても良かったのではないかと、痛烈に思うようになったのです。
 そして、こんなことが許される社会・世の中はおかしい、自分が生きていく間にすべてを解決できたらいいけど、そんなことはできない、しかしこのツライ思いをそのまま次の世代に渡すのではなく、すこしでも無くすことはできる、弱者を踏みつける社会に対して、世の中に対して、挑んでいく生き方をしようと心に刻みました。
 そのように私は、アボジの人生を通して、多くの虐げられている人々の姿を実感することができたし、そこに心を寄せることによって、活動していく、または生きていく糧を得たのです。
 私はたまたま1世のアボジをもったおかげで、このように自分の人生を考えるようになれました。1世の世代とのつながりをもつ私より上の世代は、1世の人生とじかに触れあうことで「人生観」「世界観」を養ってきたように思えます。では、1世とのつながりが薄くなってきた最近の青年たちは、「人生観」「世界観」を養えないのかというと、私の答えは「できる」です。実際に私たちが置かれている状況をしっかりと見ながら、考えていきたいと思います。

■最近の韓国ブーム

 最近は私たちがビックリするほど、韓国ブームです。サッカーW杯もあって、昨年の教科書問題や小泉首相の靖国参拝で問題提起された韓日関係はどこにいったのか、という感じですが。
 サッカー以外にも、テレビではドラマ・バラエティ・歌番組と、多くの韓国人が出演しています。また、映画でも韓日合作の映画がつくられています。韓国料理なんて大流行で、韓国料理店があちこちにできるくらいですから。10数年前は、在日同胞に対して「キムチくさい」とか言っていた日本社会が、いまじゃ'キムチは健康食品'となっています。ほんとうにこの数年で韓日関係はすごく変化しました。とくに金大中氏が大統領になってから、「韓日新時代」というキャッチ・フレーズで進んでいます。
 ところが、私はこのような韓国ブームがしっくり来ないのが正直なところです。みなさんの多くもそう思っているのではないでしょうか。
 90年代に入って、日本社会では「国際化」という言葉が流行りました。しかし、日本にもっとも多く居住する朝鮮人のことは無視したままの「国際化」ということで、多くの反発を持ちました。今回の韓国ブームも同様に、在日朝鮮人のことは完全に無視したまま進められています。
 みなさんも「チョナンカン」というテレビ番組のことは知っていますね。このテレビ番組、実はスポンサーが扶桑社なんです。扶桑社というのは、歴史をここまでやるかというほど歪曲した教科書、「新しい歴史教科書」を刊行した出版社なんです。そこが提供する番組ですけど、さすがです。SMAPの草g剛扮するチョナンカンですが、「差別なんかいう時代じゃない」と言ったり、チョナンカンが韓国人の女性と結婚するとき、相手のハラボジやアボジが、「戦争で日本人に弾圧された。仲間を殺された。絶対、反対!」を叫ぶのに、チョナンカンが「韓国の人が自分の国をどれだけ誇りに思っているか、いろんな人と触れあうことで学び、そんな民族を愛する気持ちで、トンバン=相手の子を愛したい。トンバンを、命をかけて守ります」というと、アボジ・ハラボジは「それなら許そう!」という話なんです。もうばかげてるでしょ。
 しかし、それが日本人の気持ちを揺り動かすんですね。韓日合作ドラマの「フレンズ」でも、この前放送された「結婚の条件」でも、内容はよく似ているのです。それが多くの日本人には感動を与えています。自分たちが踏みつけている足元の存在を無視したまま…。

■在日同胞に対する真の戦後補償

 現在の韓国ブームのウラで、実際、何がおこなわれていますか。日本の自衛隊が海外に出て、戦争のできる国家作りを着々と進めながら、在日同胞の切り捨て政策を引き続き推進しているのです。昨年の5月に、与党3党が「日本国籍取得緩和法案」をまとめましたが、日本政府はこれで、在日同胞に対する戦後補償の完全解決を図ろうとしているのです。
 私たち在日同胞は、解放後も一貫して日本政府からありとあらゆる権利を剥奪されてきました。そのため、解放後50数年もたち、1世から2世・3世、そしていまや4世・5世が生まれている現在も、私たちは世代をこえて虐げられつづけているのです。
 まさに植民地時代、日本が皇民化政策−創氏改名や神社参拝の強要などによって朝鮮民族を根絶やしにしようとした政策−が、在日同胞に対しては同化政策という名で日本の敗戦後も生き残っているのです。
 これは、第2次大戦後に米ソ冷戦が激化するなかで、アメリカが日本を自分の側に引きこむために、日本の侵略戦争をしっかりと裁くことなく曖昧模糊にしたからです。最大の戦争犯罪者である天皇の責任をまったく問うこともなく、戦争を指揮したA級戦犯らが戦後日本の政界を牛耳ってきたことは、その証左です。そのため、日本は戦後50年以上になる現在も、過去の戦争が侵略戦争であったことを認めず、誠実に謝罪したこともありません。
 みなさんも1952年のサンフランシスコ講和条約をご存知だと思いますが、当初、この条約の会議に韓国も出席する予定だったんです。しかし、日本が韓国の出席を拒否したのです。
 表向きは'日本と韓国は交戦状態にはなかった'ということですが、実際には「もし韓国の出席を認めれば、100万人の在日朝鮮人が連合国の一員として補償を受ける権利を取得する」というのが理由です。これが日本政府の本音なのです。そのため、日本の侵略戦争によって最大の被害を受けた当事国が出席しないまま、日本の過去清算がうやむやにされたのです。
 その結果、在日同胞は国籍条項を盾に日本国内における補償法の対象から排除され、その後締結された韓日条約においても、在日韓国人の法的地位問題は政治的決着の材料として扱われただけでした。
 このように私たち在日同胞は、日本が植民地支配と侵略戦争に対する清算をしっかり行わなかったために、本来、補償されるべき生存権が剥奪されてきたのです。
 それでは、どのように補償されるべきだったのでしょうか。まずは、何度も言っているように、日本政府が過去の戦争を侵略戦争であったと認め、植民地支配に対して誠実に反省し、しっかりと清算することです。その上で、在日同胞の権利=人間が社会で生きていくために必要なすべての権利を、法的に保障すべきです。
 70年代〜80年代に生まれた私たちの世代は、生まれたときから与えられたものを疑うことが少なく、自分たちの処遇に対しても「しょうがない」的に何の矛盾も感じずに流してしまいがちです。しかし、もっと大きな視野で見れば、おかしなことばかりです。
国際的には、「世界人権宣言」や「国際人権規約」など、すべての国の人がもつ共通の人権基準が定められていますが、それを見てみると、私たち在日同胞が、どれほど人間が生きていく上で当然のこととして認められている権利を虐げられているのかが、よく分かります。
 例えば、私たちの多くが永住権をもっています。しかしこれは、永住権といっても名ばかりです。永住権は法務大臣の許可制で、法務大臣の胸先三寸で永住権を与えるかどうかが決まります。また、永住を認められたとしても、何か事あれば退去強制令が発動され、有無をいわせず国外に追放するのです。日本の戦争遂行のために無理やりつれてきて働かしたあげく、次は日本の利益にそぐわないものは永住者であっても国外追放にするという、名前は'権利'ですが、内容は権利ともいえないのが永住権です。本来ならば、日本政府は在日同胞に対して、権利としての永住権を無条件に保障しなければならないのです。
 その他にも、私たちが本来的に得ることのできる権利はたくさんあります。国籍条項など制度的な差別を撤廃し、権利として日本人に準ずる処遇の保障。すべての社会保障の全面適用と受給資格のない人に対する救済措置。民族学校の地位向上。民族教育を受ける権利の保障。民族教育への経済支援。雇用・就労上の民族差別の禁止。外登法の抜本的改正。再入国許可制度の廃止など、あげればきりがないです。そのような権利をすべて法的に保障する一方、歴史認識の浸透を図る教育、民族名の奨励、差別撤廃の施策、民族性尊重のために必要なすべての措置をとることで、日本社会の差別・排外意識を克服するために努力しなければなりません。

■危険な「簡易帰化法案」

 このような処遇を取ることこそが、在日同胞に対する日本政府の戦後補償なのです。しかしながら、日本はさきほど言った「簡易帰化法案」をもって在日同胞に対する戦後補償を終らせようとしているのです。「簡易帰化法案」というのは、日本全国の市役所の窓口で届出さえすれば、日本国籍を与えようというものです。そして、民族名=つまり'高銖春'という名前での帰化を認めるというのです。
 この法案が国会を通過すれば、民族性の希薄が問題となっている若い世代は、ともすれば目先の利益に惑わされ「権利」という名の誘惑にのって、「帰化」してしまう危険性が大きいと言われています。現在、年間約1万7千人の外国人が帰化申請しているそうですが、そのうちのほとんどが在日同胞で、さらにその多くが20代の青年です。そのため、この法案が成立すれば、現在の倍以上の同胞が帰化するとも言われています。
 当然のことですが、国籍を選択する自由は基本的人権のひとつです。であるため、韓国籍であろうと、朝鮮籍であろうと、日本国籍であろうと、それを選択する自由はだれにでもあるのです。しかし、この法案は「権利がほしければ帰化しろ」と、一貫して主張してきた戦後日本の排外主義の典型です。なぜなら、他の権利保障をないがしろにしたまま、'日本国籍がお得'ということで、'権利を行使するかどうかは各自の自由'とばかりに、個々人の選択に責任をなすりつけ、みずからの選択として外国籍をもつ者は無権利状態を甘んじろというのが、本質だからです。つまり、"みずから社会的に差別される道を選んだのはキミだから、権利がなくてもしょうがない"という論理なのです。
 本来ならば、朝鮮人のまま、日本人と平等あるいは対等の権利を得ながら生きるように保障するべきです。日本国籍をもたなければ「平等」がありえないというのは、ほんとうにばかげた話です。結局のところ、日本が軍事大国になろうとするときに、大きな障害であった在日同胞問題を終焉させることに主な目的があるのではないかと思います。
 この法案に対して、「まだこの法案は通過しないだろう」という意見もあります。しかし、この日本という国は、私たちの国を36年間にわたって植民地支配し、その後57年にわたってその罪科を認めないばかりか、もう一度同じ道を歩もうと、したたかに考える国です。そんなに甘くはありません。自国の利益を得るためには、なんでもします。「簡易帰化法案」の成立には何年か必要かもしれませんし、形を変えるかもしれませんが、遠くない将来、このような法案が成立して、在日同胞の歴史を抹殺しようとすることは間違いないでしょう。
 私は憤りを感じずに入られません。私やここにいるみなさん、そしてすべての在日同胞は、この日本で韓国人として生きることに不自由を感じてきました。直接的な差別は少なくなり、みなさんの多くも差別を受けないで生きてきたと感じているでしょう。ところが、本来であれば、つまり私たちが生きていくうえでの権利が保障され、在日同胞に対する差別がなければ、考えなくてもいいようなことを真剣に考え、心配しなくてもいいことを心配してきたと思います。このような私たちへの処遇に対して反省しないまま、在日同胞の歴史を終わらせようとしているのです。
 さらには、日本の戦争に狩りだされ、人生をめちゃくちゃにされた上、差別を受けながら必死に生きてきた1世の歴史が、だれにもふり返られることのないまま、闇に葬られようとしているのです。私は、自分の尊厳をかけ、そしてアボジ・オモニ、ハラボジ・ハルモニ、そしてすべての在日同胞の尊厳をかけて、日本に 戦後補償をさせるために働きかけようと思います。そして、次の世代が自分のルーツを堂々と明らかにしながら、民族名を堂々と名乗って、いまより豊かな人生を送れるように、一歩でも前進するようにしていきたいです。

■民族的な自尊心を高める活動

 このように、私たち在日同胞の尊厳がふたたび踏みにじられようとしている中で、私たちは韓青に参加し、民族運動をしています。みずからの尊厳を奪おうとする社会に、少しでも反対の意志をつきつける、次の世代に少しでも住みよい社会を残す、そして私たちの両親やハラボジ・ハルモニの人生がもうこれ以上、踏みつけられないようにするために、社会と向きあい、自分の「人生観」「世界観」と向きあってほしいと思います。そしてその現場として韓青を選択してほしいです。
 韓青というのは、'人生の学校'であると冒頭で言いましたが、韓青は私たちの民族的な自尊心を高める場であり、民族とのつながり=ルーツを再確認する場であり、民族の発展のために活動する場です。そのために、楽なことばかりではありません。ウリマルを学ぶことは、ただ単に「朝鮮人だからウリマルを学ばなければならない」でもないですし、「ウリマルは社会的な利益にならないから学ばない」ということでもありません。セミナーなども、「歴史が好きだから」など、個人の好き嫌いで参加するものではありません。韓青での人間関係も同様です。ただ単に'楽しいから'とか'やさしくしてくれるから'形成されるわけではないですし、'つらいから''怒られるから'離れていくのでもありません。
 たしかに、自分と向きあうこと、自分の「人生観」「世界観」そして「価値観」と向きあうことは、大変しんどいことです。先輩との関係、同僚との関係、後輩との関係も、表面的な'快楽'だけを追い求めるわけではないので辛いこともたくさんあります。しかし、それぞれの活動が、そして韓青での人間関係が、自分の成長にとってどのような意味があるのか考えてみてください。目先のことにばかりに目をとらわれず、それが自分の自尊心を育てるのにどのような影響を与え、そしてそれが数年後の自分にどのように反映されるのか、考えてください。

■最後に

 最後に、「人生観」「世界観」のほかにキーワードとして提起した「民族的に生きるとはどういう生き方か」について、私なりの意見を述べて終わりたいと思います。
 「民族的に生きる」ということは、まず最初に、歴史的に奪われてきたみずからの民族性を養っていくことです。つまり、自尊心を育てることです。そして自尊心を傷つける世の中と立ちむかうことです。そのような点から、民族の歴史、在日同胞の歴史、在日同胞の置かれている状況、日本社会、日本と祖国との関係に向きあうことが大切です。
 また、自分だけを尊ぶのではなく、自分と同じくらい他の存在も尊重する民主的な心を育てることも大事です。
 しかし、このように言葉では簡単に言えるのですが、いざそのような生き方をしようと思えばたいへんです。常に、みずからの価値観と向きあわなければなりません。私も、みなさんと10才くらいしか年令が違わず、発展途上中なので、まだまだ自分を高めなければいけないと思っています。自分のふがいなさに腹を立てたり、自分の思う生き方と逆行しておちこんだり、自分の放った不適切な言動で夜眠れなかったりと、悩みは尽きません。
 でも私たちは、修行僧でも聖人君子でもありません。ゴク普通の人間です。等身大の自分から出発し、そのなかでだれに心を寄せ、どの立場に立つのか、追求することが大切です。だから私は、'あれが足りない、これができない'と'足りないこと''できないこと'に苦しみません。反対に、'足りない'ことを気づいた自分に喜びを感じます。なぜなら、'知る'という行為があってこそ、みずからの問題意識を深めたり、次の一歩を踏み出すきっかけになるからです。
 人間の人生には始まりがあって、当然、終わりもあるのです。寿命を全うして約80年の人生、ほんとうに人間らしい人生をおくれるようにしたいです。一歩後退するときもありますが、「民族的に生きる」道を追求しながら、着実に階段をのぼれるように努力していこうと思っています。
 みなさん、ともに悩み、ともに喜び、ともに前進していきましょう。みなさんの助けになる話になったかどうか分かりませんが、長い時間、聞いてくれて カムサハムニダ(ありがとうございます)。