2025年12月16日(火)
十三8:44=(阪急宝塚線)=9:04石橋阪大前9:10=9:16箕面
9:20―箕面観光ホテル前―9:38昆虫館―9:48龍安寺―時習堂―
野口博士像―唐人戻岩―10:30滝見橋―10:34箕面大滝10:39―
頼山陽碑―10:42千本園路登り口―10:46箕面滝展望台―
一目千本―箕面ドライブウェイ―10:53杉の茶屋―11:10百年橋
登り口B6 240m――(自然研究路2号線)-11:44 E8尾根分岐―
(箕面自然歩道)-E7-12:17天井ヶ岳499m(昼食)12:56―
13:21尾根分岐―P380―13:36トイレ―13:46ビジターセンター280m
―14:04登り口―14:12杉の茶屋―千本園路登り口―滝道―龍安寺―
14:44山本珈琲店15:52―16:44箕面駅(解散)
阪急箕面駅に集合した私たちを迎えたのは、
澄んだ空気と、山肌に残る晩秋の光だった。
山は輝いているのに、谷間に入るとひんやり
とした影が濃く、静謐な空気に包まれている。
箕面観光ホテル前から見上げると、
温泉施設が空へ伸びるように建ち、
エレベーターで上がる仕組みだという。
やがて一の橋を渡ると、いよいよ滝道が
始まる。
入口には、母を背負う「孝養の像」。
佐川良一氏の「わが母への賛歌」が
刻まれている。
虫塚を過ぎると、箕面公園昆虫館が
開館準備をしていた。
箕面は高尾山、貴船と並ぶ「日本三大昆虫生息地」。
手塚治虫氏が少年時代に昆虫採集に熱中し、
オサムシに出会い、ペンネームの由来としたという
エピソードは有名。
放蝶園で舞うチョウの記憶がふとよみがえる。
箕面の森は、今も多様な命を育んでいる。
木々の間から小鳥が鳴き、
道端にはコウヤボウキの白い花、
ボタンヅル、赤い実をつけた
サネカヅラ、サンキライ。
珍しいリョウメンシダや
ジュウモンジシダも目に入る。
龍安寺(瀧安寺)に入ると、
鮮やかな朱色の瑞雲橋が目に
飛び込んでくる。
役行者が若き日に修行し悟りを
開いた地である。
時習堂では松下幸之助や鳥井信治郎ら、
近代日本を支えた先人の精神に触れられる。
二宮金次郎の像が懐かしい。
さらに進むと野口英世の像が立つ。
母シカを伴って箕面を訪れた際、
博士が人目もはばからず自
ら箸をとって食べさせたことが、
「琴の家」での逸話に紹介されている。
唐人戻岩は滝道にある巨岩。
「役行者の法力を恐れた唐の役人が、
この岩の険しさと威厳に圧倒されて
引き返した」という伝説が残っている。
「釣鐘渕」、ここは昔、箕面寺(現瀧安寺)に
納める釣鐘を牛の背に乗せて通りかかったところ、
余りに急な道だったので牛もろともに
転げ落ち、牛も釣鐘も二度と浮上しなかった、
と言われている。
今も瀧安寺に釣鐘や鐘楼がないのは
このためだという。
唐人戻岩、釣鐘渕と伝説の地を過ぎ、
滝は近いと思ったところで通行止め。
火事の影響で迂回を余儀なくされる。
川を渡り、ようやく滝見橋まで来て
やっと滝が見えた。
紅葉も少し残っている。
滝の正面まで来て滔々と落ちる滝を見た。
モミジが終わっているのが残念だが、
落差33mの瀑布は圧巻の迫力。
壮観な景色を満喫した。
滝前の頼山陽の碑には、
「萬珠濺沫碎秋暉…横吹紅葉満前飛」
と刻まれ、老母を背負って滝を訪れた
頼山陽の姿が偲ばれる。
孝養の滝と呼ばれる所以である。
「万珠 沫を濺いで 秋暉を砕く」
頼山陽が詠んだ通り、砕け散る水しぶきが
秋の光を反射していた。
ここから千本園路を登り、
杉の茶屋を経て、2018年の台風被害で
崩壊した自然研究路1号線の痛々しい姿を
横目に歩き、百年橋から
自然研究路2号線に入る。
山腹を横切る静かな道が続く。
下方で昆虫を探す人々がいて、
昆虫館の研究者だろうかと想像する。
自然研究路3号線との分岐を過ぎ、
杉林の尾根道に入ると、遠くから
法螺貝の音が響いた。
やがて白装束の山伏とすれ違う。
天上ヶ岳が近い証だ。
山頂には役行者の石像が祀られていた。
ここは、役行者が五色の雲に乗って
母とともに昇天したという伝説の地。
「天上ヶ岳」の名もそこに由来するという。
修行の始まりの地・箕面で人生を
締めくくったという物語は、今日歩いてきた
“孝養”の道と響き合う。
山頂で昼食をとり、来た道を戻る。
ビジターセンターは火曜日で休館だったが、
車道沿いには冬イチゴが赤く実り、
山の恵みを感じさせた。
再び滝道に戻り、山本珈琲店でひと息つく。
温かい店内で今日の道のりを振り返った。
今日の山歩きは、
“老いた母に孝行を”という想定外の
テーマになった。
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