2025年11月23日(日)
長瀞駅前140m 10:29-10:43船着き場125m-10:55岩畳
-48沼-秩父赤壁(対岸)-11:33明神の滝(対岸)-11:41断層鏡肌
-11:51小滝の瀬-哲学の道-12:08虎岩(昼食)12:45-宮沢賢治の碑
-養治亭―日本地質学発祥の地-12:56自然の博物館14:03-
南桜通り-14:12ステルブメレンの結晶14:18-14:27荒川橋梁
-14:40親鼻橋-14:47紅簾石片岩の露頭14:59-15:09親鼻駅(解散)
JMSCAの自然保護委員会主催第49回山岳の集い
が埼玉県小川げんきプラザであった。
そのエキスカーションである。
参加者20名。
講師は元埼玉県立自然の博物館館長の本間岳史氏
9:00に埼玉県小川げんきプラザを送迎車で出発。
秩父鉄道長瀞駅前に集合。
長瀞駅は1911 (明治44)年開業。
1997(平成9)年に「関東の駅100選」
に選定された。
渋沢栄一の碑「長瀞は天下の勝地
がある。
駅の南から踏切を渡って岩畳通りを歩く。
いろは通りとの分岐点にある案内板は
先生の指導で建てたものだそうだ。

先生の指導で建てたものだそうだ。
舟下りの発着場の対岸の白鳥島には
石英片岩、横臥褶曲が遠望できる。
2001年白鳥島の岩畳が崩落し岩の上に
いた中学生が、足を切断して救出
されたそうだ。
南には侵食でできた段丘状の岩盤、
「岩畳」がある(幅60m 長さ500m)。
屏風のように折れ曲がった部分が
帯のように伸びるキンクバンド、
結晶片岩(黒色片岩 緑色片岩
滑石片岩 赤鉄片岩)
が観察される。
結晶片岩は約8,000万年前〜7,000万年前(白亜紀)に、
海溝付近に積もった砂・泥・溶岩などが
海洋プレートの沈み込みに巻き込まれて、
地下20~30kmまでもぐり込み、高い圧力と力を
受けて変成岩となり、再び地上に現れたもの。
長瀞が「地球の窓」と呼ばれるのは、
本来なら地下20km〜30kmという深部に
あるはずの岩石が、地表で直接観察できる
世界的にも珍しい場所のため。
岩畳ができたのは地上に
現れた岩石を、荒川が削り取り、
岩を平らに削って、
さらに周囲が削られて
一段高い段丘(階段状の地形)が
残ったため。(岩石段丘)
畳のような岩は、 結晶片岩の
「薄く剥がれやすい」
という性質に加え、垂直方向の
割れ目(節理)に沿って
岩が剥ぎ取られ、まるで畳を敷き詰めた
ような平らになった。
黒色片岩が広く露出している。
荒川の氾濫では東屋の長椅子まで
達した水がでたそうだ。
断層を先生が説明している。
これは正断層か逆断層か。
難しいがよく見ると断層面が圧縮
されているので、逆断層だという。
四十八沼 荒川の流路あとがいくつもの
沼として残っている。
まわりには渓畔林がある。
ポットホールは岩畳の上を荒川が
流れた時代、くぼみに嵌まった
小さな石が川の流れを受けて回転し、
周囲の岩畳を削り円形の穴となったもの。
対岸の切り立った岸壁は
「秩父赤壁」。
高さは最大で50m超、長さ約500mに
わたって続く。
中国の揚子江にある名勝に
なぞらえて「秩父赤壁
(ちちぶせきへき)」と呼ばれる。
これは断層によって
岩が垂直に割れ、その片側が
荒川によって削り残されたもので、
石英片岩を含んだ岸壁である。
対岸の明神の滝、男滝、女滝。
滝と聞いていなければ滝には見えない。
小滝の瀬に近づいた「ノイゾキ」で
断層鏡肌を見せてもらった。
鏡肌は断層の運動によって岩石が
こすり合わされ、砥石で磨かれたように
滑らかで光沢のある岩肌である。
講師の先生達が偶然見つけたという。
小滝の瀬
荒川の流れが直角に変わっている。
南北と東西に延びる断層に沿って
流れが変わったのである。
ここは長瀞屈指の急流で、舟下り客が
歓声をあげている。
手を振って応えた。
中州の川原の石はドミノ倒しのように
一方向に傾いている。
これがインプリケーション。
哲学の道を歩く。
渓畔林が多い。
虎岩
2つの異なる色の鉱物が層を成して
いることでトラの模様に見える。
茶褐色の部分:「スティルプノメレン」という
鉄分を豊富に含んだ鉱物。
白い部分: 石英や長石、方解石といった白い
色の鉱物。
地下深くで、これらが交互に積み重なり、
強い圧力を受けて押しつぶされて、
まるであめ細工のように柔らかくなり、
ぐにゃりと折りたたまれることで
この曲線美が作られた。
横臥褶曲とブーディン構造。
押しつぶされて曲がった跡が(褶曲)。
引き延ばされてちぎれた跡が(ブーディン構造)
「プーディン(Boudin)」とはフランス語で
「血のソーセージ」を意味し、その断面が
ソーセージを並べたように見えることから
こう呼ばれる。
真っ白な方解石の脈は
「引きちぎられた瞬間」を物語る。
ここで思い思いの場所で昼食。
土手に上がると
宮沢賢治の碑があった。
地質学を学んでいた宮沢賢治は、学生時代の
巡検(フィールドワーク)で
この虎岩を訪れ、次のような歌を詠んでいる。
「つくづくと『粋なもやうの博多帯』荒川岸の片岩のいろ」
虎岩の模様を、当時のおしゃれな着物の帯である
「博多帯」に例えた。
「養浩亭」は渋沢栄一による命名
大正11年(1922年)、長瀞を訪れた
渋沢栄一が、中国の思想家・孟子の言葉である
「浩然(こうぜん)の気を養う」から名付け、
自ら筆を執って看板(揮毫)を書いた。
月の石もみじ公園: 紅葉の名所
埼玉県立自然の博物館
メインテーマ
「過去から未来へ 埼玉3億年の旅。そして自然と人との共生」
巨大ザメと海獣は
かつて埼玉が海だった証拠。
全長12mの巨大ザメ
「カルカロドン メガロドン」の復元模型や、
謎の海獣「パレオパラドキシア」の貴重な化石。
地球の窓: 長瀞の地質構造を解説。
東洋一の規模を誇った「秩父鉱山」のコレクション。
秩父(現在の秩父市黒谷)で高品質な銅が発見されて、
元号が「和銅」に改められ、日本最古の流通貨幣「和同開珎
(わどうかいちん)」が誕生した。
秩父には「出牛(じゅうし)-黒谷断層」という大きな
断層があり自然銅が露出した。
「露天掘り」で手軽に良質な銅を採集する
ことができた。
和銅から秩父鉱山へ。
埼玉の自然(生物展示室・ジオラマ)
埼玉の森林と四季の変化を、実物大に
近い迫力あるジオラマで再現、
「生命と環境」を伝える。
秩父鉄道「上長瀞」駅前の川原
上長瀞駅前の通りと南桜通りの分岐を
川原におりると、緑泥石片岩と暗褐色の
スチルプノメレン片岩がみられる。
「スチルプノメレン」とは
見た目: 黒雲母(くろうんも)
に非常によく似た、
褐色〜黒褐色のキラキラした鉱物。
語源: ギリシャ語の「stilpnos(輝く)」と
「melanos(黒い)」を組み合わせたもの。
特徴: 非常に薄い板状や、針が放射状に集まった
ような形で結晶化。
黒雲母よりも低い温度(低温高圧)の
環境でできやすい。
岩石のしま模様(片理)が直線的に曲がっている
部分があちこちでみられる。
このような変形構造を「キンクバンド」といい、
結晶片岩中にしばしば発達する。
緑泥石片岩やスチルプノメレン片岩中には、
黄鉄鉱の結晶がある。
南に荒川橋梁が見える。
ちょうど電車が通過した。
旧親鼻橋南詰
親鼻橋を渡り荒川右岸を下ると、
河床に昔の橋脚の名残がある。
旧親鼻橋跡に降りると足元に
紅簾石片岩(こうれんせきへんがん)
があった。
紅簾石はマンガンを含むチャートなど
からできた深紅色の美しい鉱物。
紅簾石をふくむ結晶片岩の存在は、
今から121年前、初めて日本から
報告された。
ナウマンのあとを継いで帝国大学理科大学
(現東京大学理学部)の教授になった小藤文次郎による、
四国徳島県眉山(大滝山)での発見が世界で
最初のもので、ここ親鼻橋の露頭についても
書かれていた。
川原にでると岩体があり、
その上には、見事な
2つのポットホール(甌穴=おうけつ)があった。
直径2m以上のものと直径50cmの見事なもの。
ポットホールのある岩盤の面は、現在の荒川の
川底より10mも高いところにある。
親鼻駅で解散する。
長瀞地域は地質学的に極めて貴重であり、
今回の観察会はその成り立ちと多様な地形・岩石
を実地で学ぶ貴重な機会となった。