琵琶湖疎水

2025年11月11日(火)


京都9:02=(JR)=9:12大津京―京阪大津京9:20=9:22三井寺90m
9:34― 9:41三尾神社10:11―10:19等正寺―10:36小関峠 210m―
10:56第一堅坑10:59―11:03 161号線下84m トイレ―
11:14第一トンネル11:19―11:27第一トンネル西口―
11:37柳山橋―四ノ宮船場―11:48疎水公園(昼食)
12:31―13:13天智天皇陵 トイレ13:17―第二トンネル東口―
13:35永興寺横トイレ82m 13:45―14:04山科分岐134m左へ―
14:14東山39 185m 14:26―14:52日向神宮前126m―蹴上インクライン―
15:4工事殉難碑(解散)

明治の息吹を今に伝える「琵琶湖疏水」
を歩いた。
今回の例会は、いつもなら5~10名ほどの
少人数だが、この日はなんと20名も
集まった。


2025年8月、琵琶湖疏水の5つの施設が、
明治期の近代土木構造物として
日本で初めて国宝に指定された。
これも一因かな

JR大津京駅から京阪線に乗り換え、
三井寺駅へ。
駅横の疏水の土手には、緑青色の鉄柵が
続いている。
「びわ湖大津」の文字と、疏水を流れる桜と
三角屋根がデザインされている。





北国橋の交差点を渡ると、眼下に
大津閘門(こうもん)が姿を現した。
琵琶湖と疏水の水位差を調整し、
舟を通すためのダイナミックな
仕組み。
水量を操る制水門と通船用の閘門が
並ぶ姿は、まさに水の要衝である。

西の山には三井寺の伽藍が見えた。
鹿関橋を過ぎると、第一トンネル東口の
洞門が現れる。

切妻造りの三角屋根が印象的で、
伊藤博文の「気象萬千」の扁額が
掲げられている。
先ほど見た柵の三角屋根のデザインは、
やはりこの洞門を模したものだったのだ。

長等神社で一度立ち止まる。
サブリーダーが高齢の参加者のために
トイレを探しに奔走し、三尾神社まで
引き返すことになった。

三尾神社(みおじんじゃ)には、
伊弉諾尊が三つの帯を尾のように
垂らして降臨したという伝説があるが、
今では「ウサギの神社」として
親しまれている。



長等神社から、つま先上がりの
坂を登る。

等正寺宋林墓地の入口には
石仏が墓地へ誘うように
立っている。



それを横目に山道を詰めると、
標高210mの小関峠に到着。


お地蔵様が見守る峠で休憩していると、
元気な小学生の団体が登ってきた。
彼らの明るい声に見送られ、
南の道へと下る。



そこには、日本初の「竪坑(たてこう)方式」
を採用した第一竪坑の跡があった。
深さ約47m。山の両側からだけでなく、
上からも垂直に穴を掘って工期を
短縮したという、当時の知恵と
努力の結晶である。
人力の巻揚機で湧水と戦いながら
掘り進めた様子が、明治18年の
絵図に残されているという。

疎水との再会と、山科の彩り
国道161号線の高架をくぐり、
細い道を抜けると、再び疏水の
流れに出合う。



第一トンネル西口には、
山縣有朋による「廓其有容(かくとして
それいるることあり)」の扁額が
掲げられている。
ゆったりとした流れは、
まさにすべてを受け容れる
器の大きさを感じさせる。

柳山橋を渡ると「一燈園」がある。
お便所掃除で知られる施設で、
下座の精神を養う修行の場だという。

疏水沿いには、藤尾橋、測水橋、
熊ヶ谷1号橋などが続き、



やがて四ノ宮船場に至る。
かつて荷物の積み下ろしや
船頭たちの休憩場所として
賑わった場所だ。

四ノ宮船場からJR湖西線の建設で
ルートが変わった疎水の
跡地を歩く。

第二トンネルの試作として
造られた実物大の模型があった。
技術を習得するために試行錯誤した、
当時のエンジニアたちの
真摯な姿勢が透けて見る。



疎水公園で昼食をとる。
ここはかつて瓢箪ダムがあった
場所を整備した公園で、
多機能トイレも備わっている。
また小学生の団体が追い付いてきた。
午後は東山自然緑地を歩き、
諸羽船留で再び疏水と出会う。
諸羽トンネルの出口を覗き込むと、
入口が小さな丸に見えるのが面白い。



安朱三角橋
舟を通すために高くなった
石段が、横から見ると見事な
三角形を描く。

安祥寺水路閣
川と疏水が立体交差する、
知る人ぞ知る土木の妙。

天智天皇陵
近江大津宮で崩御された
天皇を偲ぶ広大な静寂。

本圀寺の正嫡橋
鮮やかな朱塗りの橋が、水面に
映えるフォトスポット。

山を越えて、終着の蹴上へ
第二トンネル東口に掲げられた
井上馨の扁額「仁以山悦智為水歓」
を覗き見て、最後の難所である
山越えに挑む。

永興寺の横にある、鮮やかに
色づいた大きなイチョウの
黄色が目に焼き付いた。
雑木林の細い道を登り、
送電線を越えて東山39地点へ。



京都トレイルのルートを辿り、
日向大神宮へと下っていく。
坂を下りきると、そこには有名な
蹴上インクラインが待っていた。
かつて舟を運んだ傾斜鉄道の跡を歩き、
15時40分、工事殉難碑の前で解散。





















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