「だから言ってるだろ! 俺達がここに来たのは犯罪者の逮捕のためで、あいつはその仲間。
その証拠に……」
ギルバートがズボンのポケットから青い手帳を取り出し表紙を見せ付けた。右上に一際目立つ装飾。交わる二本の斜め線によって4つに区切られた小さな盾が鈍く輝く。それぞれの区切りごとに魔獣が彫られていた。
上には蛇の尾を持つ玄武。右には青い鱗を持つ青龍。左には白く逞しい体を持つ白虎。そして下には燃え盛る翼を持つ朱雀。
それぞれ北の国、東の国、西の国、ビーストガーズを守護するとされる魔獣だ。
盾は守護、魔獣の描かれた方向や種類は世界そのものを示す。
「ナデシコ! 満喫して無いでさっさとこれ見せろ!」
少し残念そうにしながら短パンの後ろポケットから同じ手帳を取り出したナデシコは、ついさっきまで信者達の目の前を飛んで見せていた。ギルバートが手帳を見せたため一部の村人に翼が偽者では無いかと疑われたからだ。
……だが飛んで見せて容易に疑いを晴らしたことによって神の奇跡だと騒ぐ者まで出始めている。
「ギル様!」
「なんだ!?」
「めっちゃ出しにくいんやけど、どうしても出さなあ……」
「出せ!」
ナデシコがしぶしぶ手帳を見せた。村人達はそれを見つめ……。
「なんだ。勘違いか」
「だが背に翼を生やし空を舞ったのだぞ? ただの人間ではあるまい!」
「これはどうだ!?」
「どうした?」
「ビーストガーズの団員と言うのは仮の姿。天使様は地上で過ごすためそのような形で回りに馴染んでおられるのだ! その証拠に与えられた任務は犯罪者の逮捕。この地に害成す者を追放するためにやってきたんだ!」
……なんだか話がややこしくなっている。
「おおきっとそうだ。つまりあの方はやはり天使様なのだ!」
「そんな訳無いだろ? ビーストガーズに特異体質の戦士が入ったって事なら十分納得できるじゃないか!」
意見は半々だった。おそらく今ナデシコを取り囲んでいる人々は、特に信心深い者達だけだ。あとの半分ほどの人々はゆっくりと離れて行った。特に身綺麗にしていた者たちは商人だろうか? 自分の仕事までほったらかしたのかもしれない。
今離れて行った人達もそれほどに信仰心が強いのだ。
「なんなんだこの国は……」
「これがこの国の特色なのよ。ねー?」
「何やってんだ?」
フィソラを帰したアイリスが、数十人の子供に囲まれながら、混乱するギルバートのもとまで何とかたどり着いた。
何人かの子供はアイリスによじ登っているし、スカートやシャツを引っ張る子供もいる。アイリスは楽しそうに笑っていて、事実本当に楽しんでいるのだが、傍から見ているとなんだか大変そうだ。
「何って……あっ! そうよ! 遊んでいる暇は無いわ! ねえ僕。宿屋ってどこか分かる?」
ずっと片足を掴んで歩きにくくしていた男の子にアイリスが声をかけた。
「うん! あっち!」
隣の建物を指差す。
『広い湖を望む美しい宿屋』と言うわけである。誰も予想だにしなかったが、考えてみれば決まり文句だ。
「ごめんね。お姉ちゃん用事ができたからもう行かないといけないの。
「えー!?」
当然ブーイングが巻き起こる。
「でもみんなもそろそろお家に帰る時間でしょ? お母さんに心配かけないように帰ろうね!」
子供たちがいっせいに顔を見合わせる。しばらく騒いでいたが、
「はーい」
結局はどの子も、アイリスの言うとおりに家に帰って行った。何人か残念そうに振り向く子も居たが、アイリスが手を振ってあげると笑って帰っていく。
「お待たせ! 行くわよギルバート!」
手を振っていたアイリスが振り向くと、その目はすでに真剣な物であった。
だが決して温かさが消えたわけではない。この村で被害を出すわけには行かない。逃して動物を苦しめさせるわけにも行かない。その優しさからくる強さが目に宿っている。
「おう! 行くぞナデシコ!」
「もちろんや! あのアホとっちめたる!」
そうして歩き出そうとしたナデシコが、ふと止まる。目の前には自分を見つめる村人。掻き分けて進む事もできるが、それは正しいのだろうか。少し考えたナデシコはそっと一番近くの村人の手を握り、その場にいる村人全てに届く綺麗な声で猫をかぶる。
「ウチはそろそろ行かねばなりません。すぐそこに逮捕せなあかん犯罪者がおるからです。
さあ立ち上がりその道をお開け下……」
「似合わないことやってないでさっさと来い!」
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