「まずはとにかく情報よね」
そう言って華凛が向かった先は、懐かしくも…あまりいい想い出のない場所であった。
「教会か」
「そう、仮にも聖杯戦争の監督者なんだから、なんか知ってるでしょう」
ダメもと…あんまり期待していないことは、言葉の内容からもよくわかった。
「…華凛ちゃん、ボクが君よりも知っていると思うかい?」
そのにやけた神父は、バッサリと一言で斬って落とした。
「大体、ボクは君が何のサーヴァントを召喚したのか、いつ召喚したのか、そもそも参加していたのかすら知らなかったんだ。…まあ、予想はできていたけどね」
まあ座りなさいという、その神父の指示に諦めたように華凛が席に着く。
「…誰か保護を求めに来たマスターはいないのかと聞いたね? 答えはノーだ。
こちらでも聖杯戦争がはじまったことは確認できたし、そのための準備も行った」
そう言って神父が示したのは、入り口に立つ男だった。
漆黒の僧衣をまとったその男がそれなりの技量をもっていることは、すぐに見て取れた…おそらくは代行者であろう。
「ボク自身はこんどの聖杯戦争が起こったことに関して、非常に不思議に思っているんだ。もうこの地で聖杯戦争は起きないだろうということを、他ならぬ君のお婆さまに伺っていたからね」
神父のその発言には、私自身思うところがあった。至急に確認すべきことだろう。
「まあ、起こった以上はそれに関して調べもするし、保護を求められれば保護もしよう、またそれなりの準備もしたつもりだ。ただ監督者である以上…」
「…ひいきはできないってことですね」
「その通りだ。特定のマスターにのみ肩入れをすることはできない。無論、等価交換には応じる用意はある。
…ただ、残念ながらこちらにはまだ情報がないというのが実情だ」
「…いえ、ありがとうございました、神父さま」
華凛はそう一礼をして、その場をあとにした。
「どう思う、士郎?」
「嘘はないだろうな」
華凛の簡潔な質問に、簡単に答える。
「…でしょうね。私もそう思う。ヨシュア神父は軽く見えるし、実際軽いけど、嘘をつくような方じゃないからね」
軽く溜息をつきながら、華凛が感想をのべる。
「さて、次はどうしましょうか?」
その華凛の問いに…
「…柳洞寺…のあったところだな」
〜第六章〜
〜時代は、流れる川の様に〜
結論から言うと、そこはもはやただの山の一部だった。
地盤沈下、土砂崩れ、そういったものが起こった跡…それだけを残して、柳洞寺という由緒正しき寺は無惨になくなっていた。
「噂では、地下に棲む龍神様が飛び立ったとされているけど…前回の聖杯戦争が原因なんだよね」
そう、柳洞寺の地下には大聖杯があり、そしてそれをつぶしたのが他ならぬ…
「…そのはずだ」
…だが、はっきりとはわからない。なぜなら、厳然としてただいま現在、聖杯戦争は巻き起こっているのだから。
「喝っ!!」
「わきゃっ!!」
背後からの声に、華凛が驚きの声をあげる。
もっとも、驚いたのは私もだった。華凛がその声に驚いたのとは違い、私はその声の持ち主に対して驚いた。
「このようなところに来てはあぶないぞ、ちび遠坂」
かんらかんらと笑うその爺さんは、華凛のことをそんな風な楽しい愛称で呼んだ。
「ビックリさせないでください! それに私はちび遠坂じゃありません!」
怒った華凛に、ますます楽しそうに笑うその爺さんはまさしく…
「笑い事じゃないです、柳洞和尚!!」
…柳洞一成、その人であった。
「いやいや、しかしながらこの辺が危ないのは事実だぞ、いつまた地盤沈下が起こるとも限らないからな」
「そういう和尚のほうが危ないですよ、もういい年なんですし」
華凛はそう言うが、そうは思ってないだろうということはすぐにわかった。一成がいい年なのは間違いないが、足腰はしっかりしているのが見て取れた。
ただ、こういう口げんかのような会話を、二人とも楽しんでいるのだろう。
「まあな、危険なのは承知しているのだが、日に一度は見に来てしまう…難儀なことだな」
何かを懐かしむように、一成はそう言って目をつぶる。
「ちび遠坂が大きくなったからかなあ、最近あのころのことをよく思い出してしまうんだ。
…いかんなあ、年だな、これは」
「そうですよ、長生きしてください。張り合いがなくなっちゃいますから」
どこかしんみりした空気に、華凛が混ぜっ返すようにそう言った。
「ぬかせ」
ニヤリと茶目っ気たっぷりに笑って、一成がそう答えた。
…時代とは恐ろしいものである、あの真面目が服を着て歩いていたような一成がこんな茶目っ気を持つようになろうとは…
そんな私の感慨はどこへやら、二人はその後なにかの話題で盛り上がったあと、あっさりと別れた。
「…それで、変わったことはある?」
一成がすごく変わっていたが、華凛が聞いているのはそんなことではないだろう。
「変わったと言えば変わったが、これだけ容赦なく潰れているとどうしようもないな。手がかりを見つけようにも、そのとっかかりを探すのにも苦労しそうだ」
「うへぇ〜、やれやれねえ」
華凛があからさまにガックリと肩を落とした。
「まあ、そううまくいくものでもないだろう。今日はこれで帰って飯にしよう」
「そうね」
私の提案に、華凛はすぐにうなずいた。
そして…
「はー、食べた食べた、お腹一杯〜」
華凛はそう満足げにお腹をさすると、我が物顔で大の字に横になる。
「はしたないぞ、華凛」
「えぇー、いいじゃん、別に誰も見てないでしょ」
私の当然の指摘に、華凛はものすごく不満そうな表情をし、態度を改めようとはしない。
「大体だ、よくもまあ、他人ん家で…」
そう、この傍若無人な態度を取っている場所は、華凛の部屋でもなければ、華凛の家ですらない…
「んー、なんというか、私の家みたいなもんだけど」
「はぁっ?」
「私の部屋だって、あっちの離れにちゃんとあるし」
「はぁ〜〜」
…父よ、衛宮邸はよくないものが押し寄せる場所になっています。かつては猛獣が我が物顔でいたと思えば、今度はあかいあくまが居着いていますよ…
「はー、しっかし、藤嗣さんは料理が上手ねえ。どこかのだれかさんに仕込まれたのかしら」
そんなことを言いながら、華凛の目がしぱしぱしている。
なんということだ。他人の家の茶の間で大の字に寝転がったあとは、そのままうたた寝に突入するつもりですよ。飾らないにもほどがある。
「華凛、寝るにしても、その、なんだ…離れの部屋にでも行けばどうだ?」
「ん〜〜」
華凛はごしごしと目をこすると…何かに思い当たったのか、急に目を輝かせる。…イヤな予感がする…
「父と娘ってさ、いくつまで一緒にお風呂に入っても、アリなのかな?」
「…私に聞くな」
現在のこの家の主、衛宮藤嗣とその娘モモは仲良く一緒にお風呂にはいっているところである。
それにしても、華凛のこの家への入り浸りようは、昨日今日でもう理解できた。おそらく藤ねえばりに入り浸っているのだろう…はあ、本当に時代は変わるものだ…
「暇そうね、士郎」
「君ほどではないがな」
「うしっ、なんだったら案内するわよ。勝手知ったるなんとやらってやつよ」
私の皮肉にもびくともせずに、暇つぶしと言わんばかりの提案をしてきた。
なんというか、遠坂のみならず藤村の血もまじっているような感じがする………むむっ、恐ろしい想像をしてしまった。
「それで、どこに行く? 士郎がいたころとは変わってるところもあるかもしれないわよ」
こうなったらもう付き合うしかないだろう。
「そうだな、土蔵を見てみたいな」
そこは、そこだけが時間が止まっているようだった。
懐かしく、様々なものが思い出される。
「なんだかいろいろ危ないものもあるみたいで、私も入ったことはないんだけどね」
華凛がなんとも興味津々な顔でそう言ってきた。
おそらくは、何度も何度もチャレンジしたのだろう。
「さすがに、扉を壊すわけにはいかないしさ」
その直前くらいまでは何度もいってそうだ。
「…勘弁してくれよ」
想い出に浸るつもりはないが、出来るだけ大事にしたい思い出もある。ここで様々なことがあり、そして…
…ここで、聖杯戦争が始まったんだから…
風が出てきた。
…問おう。貴方が私のマスターか…
風に雲が流され…
…これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある…
そして…
「…問おう。そこで何をしている」
月と共に、セイバー…
…セイバー、安倍清明が現れた。