「かくして、全ては一件落着…とね」
ハハと、軽い笑みを浮かべる。
「どうした神父? 私はそろそろ戻らせてもらうが、報告書はできそうか?」
その黒衣には不似合いのスーツケースをたずさえた男が、別れのあいさつにやってきた。
「いやはや、お偉いさんが文句を言いそうなので良かったら、もうできてるんだけどね」
要約すれば、”気がついたら終わってました”という内容のものだが、あながち間違いでもないんだけどね。
「まあ、この件については、あの方に手伝っていただくことにしますよ。ていうか、ぶっちゃけ丸投げしちゃいますわ」
「やれやれ、聞かなかったことにするよ」
彼がしょうがないなと言わんばかりの苦笑を浮かべる。
そんな表情もできたのかと思うと、わずか数日で別れてしまうことになったことに、少しばかり残念な思いになってしまう。
「すまないね、せっかく呼んだのに腕のふるい場所が少なくて」
私がそう言うと、彼は静かに微笑んで…
「私もめんどくさがりでね、仕事がないに超したことはないと思っている口なんだよ」
…そう言った。
物静かな仕事人だと思いきや、なかなかに面白い人物だったようで、ホントにおしいね、こりゃ。
「じゃあね。また会える日を楽しみにしているよ」
「では、また。今度は着いた時には全部終わっているというのを期待しているよ」
そいつは楽でいいね。
「はてさて、戦いは終わった…のかね」
そいつも含めて、遊びに行ったときに聞かせてもらいましょうかね。
〜最終章〜
〜そして、物語は始まった〜
「…さて、一応説明しておこうか?」
凜が懐からメガネを取り出して、そう言った。そんな姿もどこか懐かしくておかしい。
「死ぬよりはマシかね…と、並行世界に逃げ込んだのは私の感覚時間で、大体三ヶ月前ってところかね」
凜のその言葉に、華凜がコクリと頷いた。
「あんたも大変だったろうが、私も結構しんどかったんだよ」
大いばりでそう言い切ってしまえるあたりが、実に凜らしい。
「しかし、すごいですね凜。並行世界の移動は魔法の領域でしょう。魔法使いの仲間入りということですね」
素直にセイバーが賞賛の言葉を述べた。そして事実、並行世界の移動は”第二魔法”と呼称されるように、まごう事なき魔法の領域だった。
そうでしょう、えっへんと返されるとばかり思ったら、凜は実に渋い顔をした。
「…さて、ホントのところはどうなんだろうね。第二のできそこないらしきことはしたつもりだけど、いやはや真相は闇の中ってやつかね」
凜は生粋の魔術師だ。ゆえに誇張も謙遜もしない。事実をありのままに述べているのだろう。
「まあ、実際はあと一歩ってところだろ」
この話はここまでというように、凜がそう結論づけた。
「…ですね、ではそろそろ」
そう言うと、セイバーは一瞬寂しそうな表情を浮かべた後…
「…聖杯を破壊します。手伝っていただけますか、シロウ」
…真摯な眼差しをこちらに向けて、そうお願いをしてきた。
サーヴァントがまだ二体残っていることもあり、今現在の聖杯は安定している。かつての二回の聖杯戦争の結末から鑑みても、聖剣の一振り…つまりはセイバー一人で事足りる話なのだが…
「…わかった。一緒にやるか、セイバー」
…意味のないことかもしれないが、ただ、セイバーの気持ちが嬉しかった。
俺の返事に、セイバーはかすかに笑みを浮かべてうなずいた。
静かに横に並ぶと、セイバーが黄金の聖剣を構え、俺も光り輝く聖剣を投影する。
取りも直さず、聖杯を破壊すると言うことは、こことの繋がりが消えることに他ならない。それが寂しくないかと言えば嘘になる。
しかし、出会いがあれば別れは必然。後を濁したところでその必然を覆せないのであれば、ただ静かに受け入れよう。
静かに聖剣を振りかぶった私を…
「ちょいまち」
…凜が背後から背中をけっ飛ばしてきた。
「なっ!」
「ええっ!」
「り、凜っ!?」
「ふあっ!」
「な…なな、何をするか、凜っ!!」
ガバッと体を起こすと、俺は当然の抗議をする。
「これでおしまい、後は任せたっていうのは、ちょ〜っと無責任じゃないってことよ」
凜は俺を見下ろしながら、大いばりでそう言った。
「セイバー、あんたはこの親子を守るって約束したんだよね、ここで帰ってそれが守れるのかい?」
唖然とした表情の親子を示しながら、凜がセイバーにそう聞いた。
「そ、それは…」
「アインツベルンの連中がこのまま大人しくしていると思うかい? まあ少なくともしばらくは動きはないだろうが、いずれ動き出すね。…遅くても、私が死んだらね」
「…わかります、しかし…」
凜の言わんとすることはわかる。わかるがしかし、聖杯をこのままにしておくわけには…
「大体こんなもん…」
凜はそうつぶやくと、聖杯と化したリーベンダークの首根っこをつかむと…
「ていっ!」
…並行世界の扉を開いたかと思ったら、そのままそこに投げ捨てた。
「なっ、ななななっ、なんてことするんだ、お前は!?」
皆が呆然とする中、いち早く立ち直ると、もちろんそう詰め寄った。
「別にたいしたことじゃないわよ。アレが聖杯なのは、ここにあるからこそ、別の世界ではただの人形にすぎないわ」
「ぐっ、言われてみれば、確かにそうかもしれないが…」
「聖杯がなければ現界はきついけど、壊したんじゃなければ大丈夫。時々これでつないでやれば、現界の為の魔力補充はできると思うわ」
宝石剣模造品を掲げて、凜はニッコリと笑ってそう言った。
「…では…」
それまで固唾をのんで、静かに様子をうかがっていたセイバーが口を開いた。
「そう、セイバーはこの二人を守っていく責任があるんだから、しっかり果たしていかないとね。
…つまりは…
…あんたの夢は、まだまだ終わらないってことよ」
凜のその言葉に、セイバーは一瞬惚けたようになった後…
「…はい。任せてください」
…嬉しそうにそう答えた。
「セイバー!!!」
その言葉に弾かれたようにとびついた少女を、セイバーは抱え上げると再び約束をした。
「モモ、あなたの幸せをこの剣に誓いましょう」
「ありがとう、セイバー」
「で、あんたは私のものということで」
「なにっ!?」
いい光景に目を奪われていた俺に、凜があっさりと聞き捨てならないことを言ってきた。
「ちょっとちょっとお婆ちゃん! 勝手に決めないでよ!
士郎は私のサーヴァントなんだから!!」
華凜のフォロー?も、なんか見当違いというか…少なくとも私の立場的には大差がないというか…
「何言ってんだい。あんたのものは私のもの、私のものは私のものだろ」
「どこのガキ大将よ。私のものは私のもの、お婆ちゃんのものもいずれ私のものよ!」
…もの扱いなのは一緒だな、オイ!
「しょうがないね、間を取ってうちのものってことにしておこうか」
「しょうがないわね、それで妥協しておきましょうか」
こちらの意見を聞こうともせずに、二人の間で結論が出たようだ。…まあ、今更どうこう言うつもりもないがね
「やれやれだな」
「まあ、そう言いなさんな。こんな可愛い女の子に仕えられるんだから、これは喜ぶべきことだと思うんだけどね」
華凜がえっへんと胸をはってそう言った。
「それこそやれやれだな。悲しいかな、その少女の末路はある程度予想できるのだがね」
「ちょっと、それどういう意味よ!」
「…アーチャー、否、士郎、なかなか命知らずになったもんだねえ」
怒りの炎を宿すかつての面影を残す少女と、絶対零度の視線をよこすかつての少女を前に、かすかに肩をすぼめる。
我ながら苦笑するしかないが、かつての自分からの一番の成長は、この炎と氷に対する耐性と思えてならない。
「これから長い付き合いになるんだ、少しくらいの反撃は許してもらわないとな。なるほど確かに困ったことに、私は君たちに仕えるのがしっくりくるな」
本当に困ったことに、それを楽しそうなことだと思ってしまっている心こそ、救いようがないな。
そう、それは苦笑のはずだったのだが、見る者にとっては、そうでもなかったようだった。
「…再会して、その笑顔を見ることができたのは、私にとっては最高のご褒美かもね。
…ありがとう、おめでとう、お久しぶり…いろいろ、言いたいことはあるけれど…」
凜が一瞬、ハッとした表情を浮かべた後、非常に優しい表情をして言った。
「…おかえりなさい、アーチャー。またよろしく」
凜が差し出した右手を、握り返して…
「ああ、お手柔らかに頼むよ、凜」
…物語は終わらない。
…いや、一つの物語は終わりを告げ、その終わりがまた始まりを産んでいく。
「…そういや、あのバカ夫婦は戻らなかったんだね?」
「えっ、父さん達? ああ、まだ帰ってきてないね」
そろそろ締めようという中、凜が華凜にそんなことを聞いていた。
「こんな事件に首をつっこまない連中じゃないんだけど、出遅れたもんだね」
「華凜の両親ということは、凜の子供ですね」
セイバーがモモを抱きかかえたまま、会話に参加する。
「悟郎さん達は、正義の味方だもんね」
満面の笑顔のモモの言葉の中に、なんとなく不穏な文字が混ざっているような感じがしないでもない。
「やれやれ、誰に似たのやらねえ」
そう皮肉げに言う凜がこっちを見ているようだが、すいっと目をそらしたことには、意味などないぞ。
「…そういえば、凜は誰と結婚したのですか? 宜しければ、是非伺いたいのですが」
「セイバー、そういうことを興味本位で聞くのはどうかと思うが」
セイバーの質問を遮ったのも、なんとなく嫌な予感がしたとかそういうのではないはずだ。
「そういえば、私もおじいちゃんの顔も名前も知らないな。というか、結婚はしてないよね?」
華凜、なんで今更そんなことを聞き出すんだ。今まで疑問に思っていなかったのなら、そのまま知らなくてもいいことではないのか。
「いやあ、いろいろあってねえ」
凜、なんだそのニヤニヤ笑いは、言っていいかい?みたいな表情をやめろ。
「なんだか無性に気になるのですが、是非教えてください」
「私もすごく気になりだしたんだけど、孫娘には言う義務があると思うよ」
嫌な汗が背中にぶわっと出てくる。
罠だ、これは諸葛凜の罠でござるよ!!
「衛宮士郎! やはり私はお前を殺さなければ気が済まない!!」
「残念、この世界の士郎は死んでるわよ」
「凜、是非教えてください!!」
「お婆ちゃん!!!」
「やめてくれー!!!」
…そして、物語は始まった…
「始まらなくていいーーー!!!!!!!」
後書き
最後はぐだぐだで終わってしまいましたw
2004年の3月から始まったこの連載でしたが、丸々3年の月日が流れてしまいました。
その間に、ホロウどころか、レアルタまで出てしまいましたよw
いろいろと解説という名前の語りたい部分も多々あるのですが、それは皆様のご要望次第ということでw
それでは、長々とおつきあいありがとうございました!